第6話 猟豹と女豹
「あんたたち、何のつもり?」
ミハイラは険しい表情で見まわした。その両腕にはすでに武器が握られている。
左手に先ほどの回転式拳銃。そして利き手である右手には銀色に輝く半月型のナイフが握られている。
「雇い主を変えるのはご法度だ。そうだろミハイラちゃん」赤や黄色でまだらに髪を染めた屈強な男が間を詰めてくる。その手には二連装の銃身をした散弾銃が握られている。
「何がミハイラちゃんよ、気色悪い!」
アクスマンは見まわした。吊り橋側にいる自分たち二人を、十数人の賞金稼ぎが囲んでいる。先ほど暴れ回った意趣返しと考えるのが妥当だろう。アクスマンも腰の裏にあるホルダーに手を伸ばした。
その足元で銃弾が跳ねた。
「おっと、そっちの軍人の兄ちゃんは動くなよ。また早撃ちされちゃかなわん」
アクスマンの腕が少しだけ泳いだ後、彼は両手を下げて応じた。
「警戒されているだけ光栄だよ」
「ようしいい子だ。殺すのは最後にしてやる」
きつい目で睨み据えるミハイラに対して男たちがにじり寄る。その両手には火器、刃物が握られている。
「こんなくだらない仕事、もう沢山よ。あたしは降りて好きにさせてもらうわよ」
「そうはいかねえ。その男、公都の人間だろ? ちょろちょろされちゃ困るんだよ」
アクスマンはじっと目を凝らすようにして打開の時を伺っている。しかし、包囲は狭まり、そして今の状況はあまりに分が悪すぎた。
「そりゃそうよね。本物の
「なるほどね」アクスマンは頷いた。
「どうやら、賞金稼ぎモドキさんは今回のお仕事がどういうものなのか、少なからず知っているみたいだね」
その言葉に男たちの顔が醜く歪んだ。
「このアバズレ、殺してやる。そこの軍人、てめぇもだ」
「やれるかしらね」
ミハイラはにやりと笑ってみせた。そうして顔の前で銃を構え、胸の前でナイフを水平に構えた。
「蜂の巣にしてやる!」
男たちの銃が一斉に向けられた刹那、ミハイラはアクスマンに向かって囁いた。
「目を閉じて」
アクスマンが言われたとおりにした刹那。彼女の顔の前に上げられていた拳銃が下ろされ、彼女の顔が露わになった。その口元にはゴムで止められた手榴弾の安全ピンがくわえられていた。
口元を離れ、地面に転がり落ちた手榴弾をミハイラが宙高く蹴り飛ばした。騒然となる賞金稼ぎの頭上でそれは炸裂し、昼間の太陽よりもさらに眩しい閃光と爆音を周囲に投げかけた。
ミハイラが弾丸のように駆け出した。賞金稼ぎがその鼻先へと銃口を突き付け、光に目が眩みながら乱射する。だが、銃弾は地面を叩くだけで、その先にいるはずの彼女の姿がない。
「ここよ!」
木の上へと駆けあがったミハイラが、枝から一人の賞金稼ぎの男の肩に飛び乗った。そのまま身体を横に倒して首ごと地面へ引き倒す。柔らかな土の地面とはいえ、全体重をかけて顔面を強打した賞金稼ぎは顔をめりこませたまま動かなくなった。
「ちょっと、殺すのはだめだよ」アクスマンは言いつつも警棒を抜いて、顔面に入れ墨を施した女賞金稼ぎの腕から銃を叩き落とした。
「わかってる!」
「本当に?」
後ろ足で蹴り飛ばし、吊り橋のはるか下、崖下に転がしてしまう。追いすがって距離を詰めてくる賞金稼ぎには容赦なくゴム弾を打ちこんで悶絶させた。
「てめぇらッ!」
先ほど、アクスマンに顔面を膝蹴りされた賞金稼ぎがナイフを抜いて襲い掛かる。
「うっさいわねッ!!」
ミハイラが高々と右足、次いで左足を蹴り上げて宙に舞った。空で一回転し、着地するまでに男は二度も顎をぶち抜かれ、伸び上がったまま丸太のように倒れ込んだ。
倒れるまでにミハイラの横に回りこんだ賞金稼ぎの顔面に、鉄具をつけたミハイラの拳がめり込んでいる。
「この売女……ッ!!」
屈強な男が連装式の散弾銃をミハイラに向ける。その手元にミハイラは照準を合わせて、静かに引き金を引いた。玉葱のような炎の塊が噴き上がり、銃口から親指大もある弾丸が発射される。鋼鉄でできた弾丸は散弾銃の機関部を破壊し、大男の頭上を抜けていった。
「よそ見しちゃ、ダメよ」
ミハイラが大男の肩口に飛び上がった。猫を思わせる敏捷さで男の分厚い肩に飛び乗ると、ミハイラは銃を突きつけた。銃声がした瞬間には彼女の姿は背後へと飛び過ぎている。
一拍遅れて、ボン、と凄まじい音がした。散弾が暴発したのだ。
男の左肩付近がずたずたになり、大男に似合わぬ少女のような甲高い悲鳴が上がった。無数の鉛弾を肩と腕にめり込ませて泣きわめく"賞金稼ぎモドキ"の口にミハイラは熱の残る銃身を押し込んだ。
「勝負ありよ。口ほどにもなかったわね」
泣きわめくのも忘れて青ざめる大男に、アクスマンは歩み寄った。
「待ってくれるかい、ミハイラ」
そうしてミハイラの銃を持つ右手に手を添えて、押さえるような仕草を見せた。制止してくれるのだと大男は思った。
次の瞬間。アクスマンはがちりと撃鉄を引き起こした。ミハイラは男の胸を踏みつけ、燃えるような目を向けている。
「さてと―」
「ほふぁぁ!?」
賞金稼ぎを騙った大男は後悔した。自分たちは見えぬところにいた何者かの怒りを買っていたのだ。そして、その者が放った猟犬は、実は犬ではなく豹の類だったらしい。金欲しさに飛び込んだ半端者の自分たちが勝つこと自体、最初から無理な話だったのだ。
民間人が立ち入るべきでない場所で、好き勝手に振る舞った。数多の無抵抗の者を殺傷した。そのツケを今まさに支払わねばならないのだ。
"死ぬほど後悔"する大男に、アクスマンがかけた声はどこまでも優しかった。
「大丈夫だよ」
みっともなく小便を漏らした大男はアクスマンを見て悲鳴をあげた。アクスマンの顔に貼りついているのは恐ろしいまでの笑顔だった。敵に回してはいけない人間を敵に回していたのだと、骨の髄まで理解させつつ、アクスマンは「言う事さえ聴いてくれたらね」と前置きして口を開いた。
「君の雇い主について、話してもらおうか」
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