第8話 勝者の振る舞い
厄介な現場を見られたと思いつつ、ベルツは杖を打ち振って北方州兵を己の周りに招いた。何かあればアーレルスマイヤーを撃ち殺してでも己を守らせようとするつもりだった。
「オルソン大将、ここで何をしている」
「見ての通りだ。モルト兵が騒ぐので引き据えていたところだ」
「にしては、穏やかならん様子だな。……それに」
アーレルスマイヤーは北方州兵の陰に隠れるようにして佇む何人かの男たちに目を向けた。
「あれは兵士ではないな。何を雇った」
「公都にモルトの敗残兵が逃げ込んでは困るのでな。この手に通じた賞金稼ぎを使った。この事は議会……シュスト副議長も承知済みだ」
胸を反らせるベルツに対して、アーレルスマイヤーはいかにも納得したように頷いて見せた。それからベルツに向かって手を差し出した。総司令官である彼の手が発光し、中空に立体映像が映し出される。
「その命令は無効だ、オルソン大将」
「なんだと?」
「アウグスト議長は捕虜に対し、人道に基づいた寛大な処置を希望された。議会もこれに従い、戦時協定に従った戦後処理案を提出する」
ベルツの顔が一気に強張った。彼が差し出したそれは議会が発布した軍に対する命令書だ。あらゆる権力者の強権を封じるウィレ・ティルヴィア最大にして最強の宝剣だ。
「貴様いつの間に―」
「オルソン大将。貴官がへそを曲げ北部に座り込んでいる間、私が何もせず見守っているだけだと思ったのか」
ベルツは唸り声を上げた。
「平民出身の貴様だけでここまでの根回しはできまい。まさか―」
「先に言っておく。"彼女"は今回は無関係だ」
彼女は、との言葉に対しベルツの眼が零れ落ちんばかりに見開かれた。その顔は激昂により赤黒く染まっていく。
「シェラーシカ・ユル元帥か!!」
アーレルスマイヤーは静かに頷いた。その口元が時を置いて吊り上がっていく。議長、副議長を輩出したシュトラウス家の後見人であり、ウィレ・ティルヴィア軍の元勲である"シェラーシカ元帥"は病床にあっても惑星の重鎮であることに変わりはない。
「閣下はこの事態を深く憂慮しておられる」
―戦争に他者を付け入らせるべきではない。それは戦後の宇宙に混沌をもたらすことになるだろう。
元帥の言葉を伝え終わったアーレルスマイヤーはそれが全てと言わんばかりにベルツに背を向けて歩き出した。泥の中に突っ伏している老少将の元へと向かっていく。
「貴様、それでも陸軍大将か。虎の威を借る狐め、目上の者の尻にかじりついて賢しらに振る舞う気か!」
背中に浴びせられる暴言に対して、アーレルスマイヤーは振り向かずに朗々と告げた。
「貴官がそれを言うか。副議長の権威を笠に着て、己の縄張りにある私兵を用いての狼藉。元帥と議長が知ればなんとする?」
ベルツの赤黒い顔が、さっと青ざめていく。
「最高司令部の命に従う気がないならば、さっさと北方州に引き揚げて奪われた領地とやらを己の力で取り返すのだな」
アーレルスマイヤーが泥にうずくまる老将の腕を掴み、助け起こした。
「貴君がアーレルスマイヤー大将か……?」
痣のできた目を凝らして呟くバラーステット少将に、アーレルスマイヤーは頷いた。
「部下が済まぬことをした。許されよ」
「貴様!」
ベルツが絶叫し、拳銃を抜いた。引き金に指をかける。アーレルスマイヤーが銃口に立ちはだかるように向き直った。
「―!」
次ぐ銃声の後、そこには拳銃を取り落として呻くベルツの姿があった。
「そこまでです、大将閣下」
拳銃を構えて立っていたのは黒髪紫瞳の青年将校だった。
「貴っ、様……大将に銃を向けおったな。何者だ!」
「ウィレ・ティルヴィア陸軍公都近衛大隊長、エルンスト・アクスマン少佐です」
アーレルスマイヤーが目を見張って叫んだ。
「アクスマン少佐! 貴官は賞金稼ぎの抑えに回っているはずでは?」
「もう済みました。迅速が信条ですので」
アクスマンの言葉に呆気にとられていたアーレルスマイヤーだったが、やがて微笑を返した。アクスマンは続けて踵を合わせ報告する。
「賞金稼ぎはデイロ山地登山口から一掃しました。大隊から特別捜索隊を編成して、敗残兵の確保と、命令に従わない賞金稼ぎの制圧を行っています」
「見事だ、少佐。戦闘の活躍と同じほどの賞賛に値する」
「反逆者め」オルソン大将の叫びが木霊した。
「少佐ごときが大将に銃を向けて、タダで済むと思うか!」
「大丈夫です、閣下。拳銃を撃っただけで、閣下の手、指、腕に一切の危害は加えていません」
「貴様に問いたいのは、将帥たる私に銃を向けたことだ! 反逆罪だ、銃殺だ!」
その言葉に対してアクスマンは笑みを絶やすことなく頷いて見せた。
「であれば、総司令官アーレルスマイヤー大将に銃を向けた閣下も銃殺ですね」
怒声を飲み込んだベルツはぎょっとした様子でアーレルスマイヤーを見た。彼は周りを憲兵隊と近衛大隊員で固めている。自分の方は北方州兵で数は揃えたものの、総司令官たる彼と比較してみればなんとみすぼらしいことかと恥ずかしくなってくる。
同時に、つい先日までの自分の姿こそが目の前のアーレルスマイヤーのそれだったのだと気付き、猛烈な怒りがこみあげてくる。だが、これ以上打てる手はなかった。惨敗だ。
ベルツ・オルソンは完敗したのだ。
「これで済むと思うな」
ベルツは言い置くとホテルの中へと引き下がった。北方州兵たちも主の退散を見て、すごすごと四方へ散っていく。アクスマンは額を静かに拭った。
「少佐、助かった」
「いえ、閣下が御無事で何よりでした」
「しかし、何故私がここにいるとわかったのだ」
「"シェラーシカ少佐"のおかげです」
アーレルスマイヤーは声を立てて笑った。「君たちをあの日、迎えに行ったのは正解だった」と言いつつ、彼は背後の捕虜たちへと向き直った。不信と警戒の視線を向けられながらも、本物の陸軍大将は背筋を正した。
『諸君』
アーレルスマイヤーの口から飛び出したのは流暢なモルト語だった。
『重ねて非礼をお詫びしたい。貴官らの善戦に対して、私はウィレ・ティルヴィア軍総司令官として心からの敬意を抱いている。諸君の身柄は私が責任をもって預かる』
ただし、とアーレルスマイヤーは付け足し、表情を険しくした。
『先ほどの振る舞いのように、故郷を破壊した諸君らに良い感情を持たない者がいることもまた事実だ。しかし私は、貴官らを軍人としての礼節を持って遇すると誓う。ここは私を信じ、また諸君らの矜持に従って虜将の身に甘んじてもらいたい』
捕虜たちは互いに顔を見まわしたり、困惑した様子であったが、先ほどのような悪意や敵意は幾分か抜け落ちた様子だった。
『気をつけ!!』
声が響いた。助け起こされたバラーステット少将のものだった。
『敵軍総司令官、アーレルスマイヤー大将に敬礼!』
全員が号令に従い、挙手の礼を取った。その姿は精鋭で知られるモルト軍のまさにそれであった。
「アーレルスマイヤー将軍」
バラーステットは訛りの強いシュトラウス語で呟くように言った。
「我らモルト・アースヴィッツ軍将兵は、貴君に降伏する」
アーレルスマイヤーは頷き、その手を両手で取った。
「英断に感謝する」
アクスマンらウィレ軍将兵が、そしてモルト軍将兵の視線が、将軍たちの握手に注がれていた。この瞬間、アーレルスマイヤーは真の勝者となったといえる。そして、この日の出来事は(ベルツ・オルソンの蛮行を除いて)陸軍官報、ウィレ・ティルヴィア報道に載せられ、アーレルスマイヤーの名を"勝利者"として轟かせたのだった。
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