第22話 フォール岬突破戦-2-

「カザト! ついて来てるか!」

「はい、隊長!」


 深紅のラインアット・アーミーは疾駆する。爆炎の中を突き進み、炎をまといながら沿岸の崖道を進んでいく。炎により赤い装甲が磨かれ、濡れるように光った。


「お前と俺が前衛。リックは右、ゲラルツは左。ファリアは後衛。十字に展開する」


 手早く指示を出しつつ、ジストはレーダーを見つめる。南部戦線での反撃は奇襲同然の作戦だ。民間人も退避していない以上、電磁波を放つ索敵兵器の出力は落とさなければならない。そうでなければ強度の電磁波で前に立つ者を無差別に焼き殺してしまう。


「隊長、稜線の向こうに反応。敵の索敵機です」


 振り仰ぐ。モルト軍の棺桶型の小型機プフェナが頭上を旋回している。


「ファリア、落とせるか」

「―やります」


 ファリア機の長砲身が空を睨む。プフェナが蜻蛉のように急旋回し、稜線の向こう側へと急降下する。その豆粒ほどの機影を睨み、ファリアは引鉄を引き絞った。


「―!」


 砲口が轟発し、土埃が巻き上がる。稜線へ消えようとしたプフェナは粉々になり、推進剤の青白い火球をつくって四散した。


「敵の小型機を撃破。このまま一気に―」


 ファリアが呟いた次の瞬間、操縦室に警報が鳴り響く。


「敵砲撃、来るぞ!」


 ジストの声に身体を強張らせた瞬間、空が光った。周囲の地面に次々と砲弾が突き刺さり、爆発により機体が揺れる。


「さっきの小型機は、観測!?」


 カザトの声が上ずった。


「撃ち落とされるとわかって座標を送り続けたんだろう。東大陸を抑える衛星をモルトが持たない今、奴らが頼れるのは己の眼だからな。敵も必死だ」


 小型機のモルト兵たちは、味方の目になるためだけに命を張ったのだ。


「そんな……勝ち目もないのに、どうして―」

「カザト、お前は負けるために戦ってるのか?」


 ジストの言葉に対して、カザトは弾かれるように首を横に振った。


「いいえ! そんなことは―」

「それは敵も同じってことだ。よく覚えとけ」


 カザトは棒を飲まされたように黙り込んだ。ジストの言う通りだろう。モルトの兵たちが勝てないなどと誰が決めたことでもない。ウィレの優位に知らず胡坐をかいていた自分の心が、言葉になって飛び出した。カザトの胸の中に羞恥が沸き上がってくる。


「凹むな。勝つぞ。お前はそのつもりなんだろ?」

「は、はい……!」


 アーミーの推進機の出力を上げ、弾かれたように上り坂を駆けあがる。

 一挙に稜線から跳躍する。


「フォール岬が丸見えだ!」


 空に浮かび上がったアーミーが眼下にある岬と、小規模な集落を睥睨する。


「集落にグラスレーヴェンを3機確認。砲撃の主はアレです」

「どうやら岬の集落はモルト軍の駐屯地になってるらしいな」


 ファリアとリックが分析しつつ、機体は地上目がけて急降下する。


「カザト、一気に蹴散らすぞ」

「了解!」


 グラスレーヴェンが組んだ三角形の陣形に、カザトが突っ込む。ど真ん中だ。灰色塗装のグラスレーヴェンは腰に装備した白刃を抜こうと右腕を伸ばす。


「おそいッ」


 回転鋸が唸りを挙げて抜き上げる。派手な火花と、ジャン、という金属音を立てて右腕を切り飛ばした。


「とどめを―!?」


 グラスレーヴェン隊が一斉に散開する。着地したジストが追いすがるが、さらに跳躍し、距離を離される。ラインアット隊が着地したその時には、グラスレーヴェン3機が遠巻きに彼らを取り囲んでいる状況となっている。


「こいつら……」


 ジストが舌打ちする。数において劣るグラスレーヴェンたちは相手をするつもりがないようで、じりじりと後退し始める。このまま後方の味方の所まで、自分たちを引き込むつもりなのだ。


「これじゃ大陸東部にいた頃と変わんねえよ!」


 リックが不満げな声をあげた。その時だった。


「6時方向、敵反応あり」

「敵は?」

「グラスレーヴェン4機」


 ファリアが告げる声が硬い。レーダー照射の死角を突いたらしい。


「なるほど、これで数は逆転か!」


 ジストの口元が吊り上がった。アーミーへの対抗策をよく心得ているものだ。恐らくは南部を守るシレン・ラシンの指揮の賜物だろう。


「敵が来る、急ぎ散開―」


 背後で爆音が鳴り響き、次いでジスト機を初めとするラインアット・アーミーが"横転"した。


「なんだ!?」

「敵の砲撃、窒素弾!!」


 窒素弾。モルト軍が先んじて兵器化した弾頭で、強烈な爆風効果で広範囲を薙ぎ払える代物だ。最終戦争において各国が核兵器に次いで開発を急いだものの、ついに実現せず、ウィレ軍でも未だに兵器化の目途が立っていない。


「こんな集落で味方ごと吹っ飛ばすつもりかよ!?」


 カザトが呻いた。


「こいつらの武装はぜんぶ窒素弾だ!」


 ジストも鼻を鳴らした。


「数で勝った後は全部吹っ飛ばすってことか。合理的だ」


 四方を囲まれ、背後の稜線からグラスレーヴェンが現れる。包囲網を敷くグラスレーヴェンが擲弾筒を構えた瞬間。


<<レゾブレ、起動>>


 ラインアット隊のコクピットに電子音が鳴り響いた。

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