第21話 フォール岬突破戦-1-

 大陸歴2718年10月15日13時30分。ウィレ・ティルヴィア陸軍は南部戦線において三か月ぶりの大規模な反攻作戦を開始した。"大陸路"を走破したラインアット隊もこの侵攻部隊の中にあり、モルト軍機動部隊との交戦を目前に控えている。


「この反攻作戦の肝心はヒルシュの奪還だ」


 東大陸南部に位置する軍港都市ヒルシュ。かつてはウィレ・ティルヴィア海軍牙城の一つであり、惑星ウィレ最大の軍港として知られている都市は、大陸歴2718年春以降、モルト水軍及び機動軍の占領下にある。


「最短距離でヒルシュに突っこめばいいんじゃね?」


 作戦を確認するジストに対して、落ち着きのないリックが言った。


「こっからハラウィール(ヒルシュ北部の砂礫地帯。ヒルシュ軍港からは最短距離)までなら50カンメルだ。アーミーでグラスレーヴェンを弾き飛ばせば一気に―」

却下だめだ」ジストは即答した。


 むくれるリックに対し、ジストはコクピットのコンソールを操作し、モニターに地図を映し出した。赤い線で矢印を書き込む。


「衛星からの情報だ。ハラウィールに敵主力が集まってる。シレン・ラシンもな」

「こっちの方が数は多いんだし、一気に捻り潰せばいいんじゃね?」

「俺たちの役目は戦線に穴を開けることだ。任務を忘れるな、リック」


 「へえへえ」と呟くリックに対して、ファリアが地図にマークを入れる。ジストの赤に対して、彼女は青色だ。


「ということは、反対側のフォール岬ですか?」

「そうだファリア。北から攻める俺たちにとって、戦略的に価値のない場所かもしれんが、そこはヒルシュ軍港の勝手口。正面に気を取られているモルト軍のわき腹を突っつけば、連中は飛び上がって驚くだろう」


 カザトは頷き、作戦画面へとマーカーを加えていく。カザトの色は緑だった。


「陸軍第十歩兵師団は、このフォール岬に開けた"穴"から進軍するそうですね」

「わからねえんだけどさ」


 リックが大雑把にヒルシュとラインアット隊の現在位置を線で結ぶ。彼の線は黄色だったが、邪魔になるためすぐにジストに消されていく。


「おい何すんだ!?」

「お絵かきの時間じゃねえんだ。で、お前は何が言いたい?」

「こっからヒルシュまでは大体80カンメルもある。大回りな上に、戦車の少ない第十歩兵師団じゃ追い返されないか」

「あ、確かに」カザトも声を挙げる。「裏手から奇襲をかけるなら機甲師団か、あるいは自分たちと同じようなアーミー部隊が向いていませんか?」


 ジストはそれに対しては何も答えず、煙草を口に挟んだ。


「ま、やってみりゃわかるさ」


 一同は黙り込んだ。「やればわかる」、「じきにわかる」はジストが問答を終わらす際によく使う言葉だと、彼らはよく知っているからだ。


「おいサムクロフトの。聴こえるか?」

「エリイ・サムクロフトです。なんスか?」


 カザトはやや半目になった。通信画面に現れたのは、どう見ても少女だ。アーミーの生みの親のひとりとは到底思えない。それはカザト以外の隊員も同じだろう。


 ジストが切り出すまでに、半瞬。歪な間が生まれた。

 カザトは空気がちりちりと肌を刺すような感覚を覚えた。


「アーミーに何をした?」ジストの声には表情がない。

「何のことッスか?」エリイの顔に笑みが浮かんだ。

「ふざけるな。レゾブレの起動に制限がかかってる」


 その言葉に、カザトは我に返った。レゾブレ―ラインアット・アーミー搭乗員を補助する自動機能―のガイド音が一度も聴こえなかったことに気付いた。


「レゾブレ。……本当だ、動かねえ!」リックがぞっとした声を立てた。

「レゾブレ起動! ……あなた、何をしたの?」ファリアは眉をひそめている。


 エリイ・サムクロフトは首を横に振ってから軽く肩を竦めた。


「それが本来のラインアット・アーミーの姿ッスよ。レゾブレは、パイロットが好き勝手に発動するものじゃないッス」


 本来の姿、という言葉にカザトは身を乗り出した。


「どういうことなんだ?」

「レゾブレをクルマの運転補助機能カーナビのような姿に変えたのは陸軍のお偉いさんッス。でも―」

「……元はそうじゃなかった。ってことかよ」


 ゲラルツが初めて口を開いた。エリイは爛漫そのものの笑みを浮かべたが、今の状況ゆえに寒気が走る。考えが読めない。目の前の彼女は間違いなく"怪物を産んだ"その者だ。


「答えに気をつけろよクソチビ。場合によってはテメェの頸をねじ切ってやる」

『クソチビ、クソチビうるせぇッス! 馬鹿のオメーにもわかるように説明してやるから耳ほじくって聴きやがれ!』


 エリイは続けた。


『レゾブレはアーミーの搭乗員を補助アシストするものじゃありません。ラインアット・アーミーそのものの性能を最適化し、するための機能だったのに、それをあのイジワル魔女やらイケオジの司令官シレーカンやら参謀部サンボーブのおねえさんが手を加えて今の形にしてしまったッス。あれじゃアーミーの性能は十二分に出せないッス』


 まくし立てたエリイがぜえぜえと息を吐く間に、カザトはレゾブレの起動を諦め、目の前の少女に尋ねた。


「それじゃあ……今までのラインアット・アーミーは本来の性能を発揮できてなかったということなのか?」

『御明察ッス。軍のエライ人達は"誰でもすぐ乗れて動かせる状態"がお望みだった―』

「―でも、それじゃいつまでもアーミーが優位に立てるわけじゃない。ラインアット・アーミーの凌ぎ方を覚えつつあるモルト軍に対して、今の私達ではなおさら苦戦する。そういうことが言いたいの?」


 エリイは目を輝かせた。


『お姉さん頭良いね! そこの脳ミソがなさそうなアホ2人とは違うとお見受けしたッス』

「なんだとテメェコラ!」

「テメェ、ぶっ殺すぞ」


 リックとゲラルツがいきり立つのを、ゲラゲラと眺めるエリイ。指名されずに安堵しつつ、カザトは頷いた。ともかく、目の前の少女に対する認識を少しだけでも改めねばならなかった。


「エリイ・サムクロフトだったな。言いたいことはわかった。2つ確認させてくれ」

『どうぞ?』

「1つ。レゾブレは封印されたわけではないんだな」

『そのとおり。"その時"が来れば発動するッス』


 ジストが煙草を吹かせた。既に火は根元近くまで来ており、大部分が灰になって崩れ落ちようとしている。


「2つ。お前の細工は、上層部に許可を取って行ったんだろうな」

『正確に答えると、否』

「だろうな」


 ジストは煙草を吐き捨てた。


「お前にとって、今日までのレゾブレは違うものだったとしても。俺たち兵士にとってはそれこそが"本来のもの"だったんだ。いい加減な措置をしてみろ」


 ジストは通信画面を軽く小突いた。


「納得のいく措置チューニングでなければ、テメェをラインアット隊から追い出してやる」


 刹那、轟音が鳴り響いた。

 砲声、そして弾道・巡航ミサイルの突入音だ。

 攻勢が始まる。


『ふふ、数時間後には感謝することになるッス』

「ほざけ。そうなったとしても礼など言わん」


 ジストはヘルメットのバイザーを降ろした。


「時間だ。ラインアット隊、行動開始」


 南部戦線反攻の開始を告げる爆音の中で、深紅のアーミーが次々に唸り声を挙げる。持てる武器を掲げ、砂塵を巻き起こした鋼鉄の怪物が爆進する。


「突入する!」


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