第20話 "大陸路"を越えて-出撃-
「"彼女"とはいったい誰なんですか?」
ポーピンズ中佐とも違う女性の存在。ジストだけではない。アーレルスマイヤー将軍も、ポーピンズも、ロペス少佐も皆、ジストを承服させる際に切り札のように"彼女"の二文字を出している。それほどの権威がある人物をカザトは思い当たらない。
『……なるほどな。お前にはまだ話してなかったか』
ジストは顎元に手をやり、無精ひげをちりちりと撫でていたが、やがて頷いた。
『いいだろう。彼女ってのは―』
カザトが身を乗り出したその時、甲高い電子音が響いた。
『司令部からだ、ちょっと待て』
《アーヴィン大尉、ラインアットのガキンチョども、聴こえるかい!》
「ポーピンズ中佐!」
通信画面に魔女のような初老の女性の顔が割り込んでくる。押しやられたジストは煙草をくわえたまま苦い表情を浮かべている。
『中佐、どうし―』
《すぐに発進しな。北部でモルト軍が大規模な攻勢に出た》
「なんですって?」
《だいぶ早い反撃だが、参謀部は対応済みさ。北部戦線には主力軍を向ける。お前たちラインアット隊の南部到着が遅れれば戦線突破作戦が実行できなくなる》
『承知した』
ジストは答え、アンとの通信を終えた。火を揉み消した煙草を脇にあるポーチの中へ押し込みながらヘルメットを被る。カザトもそれにならった。
『カザト、"彼女"の話は後だ。作戦が上手く行ったら教えてやる』
カザトは頷いた。動き始めた戦線で、ラインアット隊を待つ人々がいる。赴くべきところへ赴かねばならない今、有無を言っている場合ではない。
『リック!! 起きろ!!』
『―にゃっ?』
ジストの怒鳴り声と、リックが頭をコクピットの天井にぶつける音が通信から聴こえる。静かと思っていたが、居眠りをしていたとはとファリアは呆れた様子で苦笑いしている。
『聴いてたか?』
『出撃だろ! わかってるよ!』
『察しがよくて命拾いしたな。敵との陣取り競争だ。遅れずについて来い』
格納庫の鋼鉄製のハッチが開き始める。アーミーが両足で立ち上がり、地響きを立てて外へと歩き出す。
《本部より各機。あたしらは空路で南部へ先回りする。ヒルシュ軍港北300カンメル。経緯座標268-14地点だ。そこに第十師団の陣地がある。お前さんらの居候先だ。遅れんじゃないよ》
『エリイ・サムクロフト、同道します!』
《いい返事だチビスケ。お前さんの技術とやら見せてもらおうじゃないかい》
カザトはやり取りを聴きつつ、ヘルメットの留め具を固定し機体の最終チェックに入った。機の状態を示す灯りは全て青色を差している。
「カートバージ機、異常なし。スラスター点火準備よし」
『よし、カザト。お前は次鋒だ。先導は俺がやる。全機聴け。毎時300カンメルで南部へ突っ切る。いいな』
各機から了解の言葉が返ってくる。
『ラインアット隊、出動する』
ジストの言葉と共に、コクピット内が朝日により白く染め上げられる。一瞬の眩しさにカザトは目を細めた。すぐにカメラアイの補正がかかり、適切な光量を得たモニターが外の景色を映し出す。
『いつ見ても―』ファリアが呟いた。
『すげぇよな、この道路』リックが欠伸交じりの声をあげる。
「これが、東大陸中央高速道―」
目の前に広がるのは道路だった。しかし、ただの道路ではない。
重戦車師団が走行しても崩落しない強靭な高架と分厚い舗装面で強化された大陸を駆け巡る主要道。
ラインアットアーミー1機が楽々通れる、その道路をウィレに住む人々はこう呼ぶ。
『これが、"大陸路"……!』
カザトは目の前に張り巡らされた幾重もの道路を見て、立ち竦んだ。確かに、この道路網を使えば軍部隊はどこへでも進軍できるようになるだろう。もう鉄路を使って幾度もの中継を経て移動する必要はなくなる。そうなれば、ウィレ軍は数時間で戦線を組み替えられるようになる。
『ここを、アーミーで通るってのか? 車じゃないんだぜ!』リックが素っ頓狂な声を挙げた。
『参謀部が議会から分捕った道だ。有り難く使え』
当惑するリックに対して、言うまでもない様子でジストはヘルメットのバイザーを降ろした。
『それともリック。お前だけ下道通ってくか?』
『冗談だろ!』
リック機も格納庫を出る。ゲラルツ機の背後につき、ファリア機が最後尾へと位置を取る。
『これも、あのお嬢様の差し金か。やれやれ、無茶しやがる』
「……大尉?」
『帰ったら話すっつったろ。行くぞカザト』
バイパスを改造した格納庫から路面へと躍り出たアーミー隊は、路面を滑り始める。滑走状態に入り、そのまま速度を上げていく。100カンメル、150カンメルと速度計はなめらかに数値を上げていく。
「カザト・カートバージ少尉、発進します!」
カザトは操縦桿を握りしめ、機体を加速させた。その上空を、轟音を立てて大型機が飛び過ぎていく。ポーピンズら、ラインアット隊上層部の機体だ。自分たちは戦線に赴くのだと、急に実感が沸いてくる。
『すげぇ……!』
リックの声が聴こえた。カザトも同感だった。機はシュトラウスを抜け、数分でウィレ湖畔を通り、そのまま南下を始める。反対車線(公都シュトラウスへの上り車線)に張られた規制車線を通る民間車輌の運転手たちがこちらを呆然と見つめている。
余談だが、ラインアット・アーミーが戦地でない所で一般市民の目にさらされるのは、この日が初めてのことである。
『ヒャッホーウ!!』
リックの機体がくるくるとスピンする。
『リック、それ以上回ったらここから突き落とすぞ!』
ジストの怒鳴り声が響く。隊はすでにデイロ山地を抜けようとしている。
『どうだ、カザト。大陸路を貸し切りで使っている感想は』
「すごいと、思います!」
ジストはにやりと笑った。口元に新しい煙草を持ち上げ、くわえた。
『グラスレーヴェンをぶちのめしに行くぞ』
ラインアット隊。戦線を穿つべく集められた戦士たちの、第二次反攻作戦の幕が開けようとしている。
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