第19話 "大陸路"を越えて-4-

 大陸歴2718年10月15日払暁。


《ウィレ・ティルヴィア軍全将兵に告ぐ》


 通信から流れるアーレルスマイヤーの声により、カザト・カートバージは目を覚ました。"コクピットで夜を過ごせ"と隊長の命令が下った際に、このような朝が来ることは覚悟していた。


《私は、本作戦の総司令官にして陸軍大将、アーレルスマイヤーである。聴け》


 ほんの数日前に言葉を交わした、気さくな将軍とは思えない重々しい声だった。覚醒と同時に心身が緊張状態に入り、全身の血が泡立つような嫌な感覚に襲われる。


《本時刻をもって第二次反攻作戦を発動する》

『全員聴こえるな』


 アーレルスマイヤーの声明にすかさず直接通信のジストの声が割って入る。


『全機起動。ラインアット隊始動!』

「了解」


 カザトの承知の声にファリア、リックの声が続く。


『おい、ゲラルツ、聴いてんのか』

『……ウゼェ』


 カザト機のモニターに、格納庫が映し出される。真向かいにいるゲラルツ機のカメラアイがゆっくりと、気だるげに点灯した。アーレルスマイヤーに殴りかかって鉄拳を喰らったゲラルツは五日後に重営巣から引きずり出された。

 重営巣はどの軍においても兵にとっては恐怖の象徴だ。ぶち込まれた人間以外、その内部を知ることはない。彼とつるむことの多いリックが興味本位でどんな場所だったかを聴こうとしたが、ゲラルツに殴り飛ばされるのみに終わった。以来、重営巣の話は隊員内で禁句となっている。


『今度の作戦で失敗ミスったら後はない。何としても成功させる。ゲラルツ』

『……ンだよ』

『お前がモルト人だろうが、半端者だろうが―』


 舌打ちが聞こえた。また空気が凍り付くとカザトが嘆きの溜息を吐こうとした瞬間だった。


『俺にとってそんなことはどうでもいい』

『ああ?』

『―何だかんだでお前は今ここにいる。この数日で任務を放り出して軍から逃げ出そうとすれば逃げることもできたはずだ。だがお前はそうしなかった』


 強くなりたいんだろ、とジストは言った。言葉の発音は少し不明瞭で、いつものように煙草をくわえながら語っているのは明白だった。遅れて金属音が響いた。彼が愛用している着火具ジッポだ。


『……お前の身の上なんかどうでもいい。俺はお前を信じる。強くなりたいお前の心の根っこを信じる。なあゲラルツ、強ぇ男になりたいんだろ?』

『俺は強ェんだよ、見くびんじゃねえ。クソオヤジ』

『そうか。なら、それを戦場で証明してみせろ。やれるか?』


 ゲラルツ機の前腕が持ち上がり、格納庫の横壁を殴りつけた。ガァン、と凄まじい音が響いて格納庫が揺れた。整備員の悲鳴があがる。 


『コラァーッ!!』


 甲高い少女の声が響いた。遅れて通信画面に膨れっ面の黒髪の少女の顔が映し出された。


『アーミーで壁殴りなんて何考えてンすか!!』

『ああ? 景気づけだよクソチビ』

『アーッ!! 降りて来い! ぶん殴ってやるから覚悟しろッス!』


 カザトとジストは頭を抱えた。


 エリイ・サムクロフト。ウィレ・ティルヴィアの重工業界の頂上に位置するサムクロフト一族の長女。そして機械工学の神童であり、ラインアット・アーミーを生み出した張本人だ。


『ウッセェ』

『オメーの機体にだけ自爆装置つけてやろうかこの不良少年!!』

『おうやってみろや』


 兄はサムクロフト重工社長にして、生命工学の権威という何とも「―ジスト談―」少女であった。しかし、最も点はそこではなかった。


 彼女の年齢は、14。しかもこの夏に誕生日を迎えたばかりだ


 ジストもこれには困り果てたようで上層部に人員交代を掛け合ったものの無視された挙句、アーレルスマイヤーから「不服か」の一言で黙らされた。十七、八の自分たちが言えたことではないが十四の軍属とはまともな人選とは思えない。とはいえアーレルスマイヤーの抜擢に異議を唱えるわけにもいかず、アン・ポーピンズの意地の悪い手回しにより"ラインアット隊専属技術者"として任務に同行することが決まっている。


『黙れクソガキども』


 ジストの低い唸り声を聞きつつ、カザトは手元のコンソールを操作して個人通信を繋いだ。


「ファリアさ、いえ、ファリア少……いえ、フィアティス少尉」

『なに、カザト少尉』


 2度も呼び名を間違えて赤面するカザトをからかうように、ファリアの返答が返って来た。


「……大丈夫なんでしょうか、これ」

『……そういうこと言わない』


 隊務上、抑え役にならねばならない二人はこの数か月で意気投合し、仲が良い。ファリアはカザトを兄弟のように接し、カザトもファリアを尊敬している。軍人としての在り方について影響を受けていると自覚することも多い。


「どう見たって女の子ですよ」

『見ればわかるわね』

「天才とは言ってもこれは―」


 と、そこに赤い文字で―通信回線開放―の文字が浮かび上がる。ジストが割って入ったのだ。


『おいお前ら、何こそこそ話してる』

「ああいや、その!」

『作戦前に不安要素を解消すべく懇談していただけです』

『殊勝だなファリア。だが、それは出撃までにやっておけ。今やることじゃない』

『……大尉、真面目な話です。本当に大丈夫なんですか?』


 ファリアの語気は静かだが、そこにある懸念の色は険しい。


『無論、任務においては後衛の責務を果たします。ですが、事態は―』

『よくなるどころか、悪くなってる』

『……そう思えてしまって』


 ジストは黙り込んだ。しばらくして、ぶち、と音が聞こえた。新しい煙草を噛み切ったのだ。


『あのチビは本物だ。この春には頭の中で設計図を完成させ、あのノストハウザンまでに、俺たちが乗ってるこの怪物を生み出した。あのチビのおかげで俺たちはモルトの機械人形をぶち殺してる。あの人柄キャラはどうあれ、結果が全てだ』

『そんな人物を、アーレルスマイヤー将軍が隊に送り込んできた理由はどうして―』


 ファリア、とジストの声が飛んだ。低い声に叱責の色が混じっている。


『士官であれば指揮官にしか知らされない情報を訊き出せるとでも思ってんのか、お前は』


 通信画面の向こうでファリアがはっとし、少しだけ項垂れるのが見えた。


『……すみません隊長、踏み込み過ぎました』

『テメェら加減ってもんを知らねえ。だから若い連中のお守りは嫌なんだ』


 ジストは胸いっぱいに煙草の煙を吸い込み、 『ま、の命令なら仕方ないが』と呟いた。カザトはふと、何かに気付き、ジストの顔を見つめている。


『どうしたカザト。推理小説読んでる高校生みたいな顔してんぞ』

「大尉、一つだけ質問があります。よろしいですか?」

『一つだけならな』


 一瞬の静寂の後、カザトは切り出した。


「""って、誰なんですか?」

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