第18話 "大陸路"を越えて-3-

 アーレルスマイヤーらは司令部の外へと出た。周囲にある軍事施設からの装甲車の出入りが激しく、平穏な公都でさえ戦況が動いていることをまざまざと見せつけられる。


 一行は司令部の一角にある格納庫へと入った。薄暗い、巨大な倉庫のような建物の中に、数十に及ぶ灰色の鋼鉄の塊が並んで鎮座している。すべて―戦場への出撃を待つ―ラインアット・アーミーだ。


「騒がせたな」


 それはこちらの台詞だと苦い表情のジストらに対して、アーレルスマイヤーは飄然としている。底知れなさに身震いしながら、カザトは踵を合わせた。


「本題に入ろう」


 アーレルスマイヤーは閉まりゆくシャッターの向こう、外へと目を向けた。快晴の秋空の向こう、2500カンメルまで遠のいた戦線を見据えている。そうして、周囲は薄暗闇に包まれた。


「南部戦線に突出部をつくってもらいたい。期限は10月末まで」

「つまり、敵の防備を突破せよ、と」


 ジストの言葉に対してアーレルスマイヤーは頷いて答えた。


「南部戦線に貼りついているモルト軍部隊は少ないが、守将が優秀なようでな。なかなか突破できん」

「敵の指揮官は?」

「シレン・ラシン。モルト機動軍最高司令官であったゲオルク・ラシンの息子だ」


 この夏にモルト本国に送還されたゲオルク・ラシン元帥は最高司令官の地位を解任され、今はアースヴィッツにて待命となっていた。


「この男の守る戦線に一つの穴でも空けられれば、南のモルト軍は殲滅できる」

「モルト軍の勇将の息子相手ですか」

「何か不服か?」


 いえ、と首を振ったジストは隊員らに振り向いた。


「我々はこのところの体たらくです。なかなかモルトとは役者が違うと思いまして」


 ジストなりの諧謔であったが、アーレルスマイヤーは笑わなかった。


「作戦が上手くいかない原因を技量と考えているのなら、それは分析不足だ。我々はアーミーが何たるか、その運用の何たるかを掌握していない」


 暗い格納庫の中で、アーレルスマイヤーは振り向いた。


「貴官らに問いたい。ラインアット・アーミーとは何か?」

「うちの機械兵器だろ」リックが答えた。「グラスレーヴェンより強い」


 閣下に対して何という口の利き方だ、と怒鳴るロペスをアーレルスマイヤーは手で宥めつつ頷いた。


「そう、そこだ。それがいけない」


 カザトは首を傾げた。アーレルスマイヤーは肩を竦めてみせる。


「我々はグラスレーヴェンを凌ぐ鋼鉄の怪物と答える以外にない。それほどあの兵器を理解している者はほんの一握りだ」


 アーレルスマイヤーは眉間を抑えて続けた。戦線の停滞はラインアット隊だけでなく、全軍共通の課題であり、これを克服するには―。


「―ラインアット・アーミーの運用を根底から見直す必要がある、と」

「その通りだ、アーヴィン大尉。そのための手立ても用意してある」


 ジストは顎を引いた。アーレルスマイヤーは本気だ。最後の機会を与えるとしているが、本当の狙いはそこではない。もっと別のところにあると、この時ラインアット隊々長である大尉はようやく悟った。


「ラインアット小隊に、ラインアット・アーミー最大の理解者を配置する」

「最大の、理解者ですか」


 ファリアが怪訝そうに眉をひそめる。


「ラインアット・アーミーを生み出したサムクロフト重工社の人間をな」


 アーレルスマイヤーの言葉に、ジストは顔をしかめた。彼は今、ウィレ・ティルヴィア軍総司令官である男が何を考えているのかを"正確に理解"した。


「閣下、それはまさか―」

「君も名前だけは知っているだろう」


 アーレルスマイヤーは、ジストの背後に佇む中佐を一瞥した。にたりと笑った"魔女"は格納庫の出入り口へと振り向いて声を飛ばした。


「お許しが出た。入りな」

「はい、失礼します!」


 響いた声は、女、いや、少女特有の高い声だった。


 コツコツと軽く高い足音が駆けてくる。カザトは振り向こうとした。その横をすり抜けるように、何かが通り過ぎる。あわてて彼は再び前を向いた。


 そこには、長い黒髪をなびかせながら、細身で小柄の少女がアーレルスマイヤーの隣についていた。


「君たちラインアット隊の秘密兵器となるだろう。自己紹介を」


 暗闇と同化する黒い作業服を着た少女はざっくばらんな敬礼をすると後ろ手を組んでお辞儀をした。


「エリイ・サムクロフトです!!」


―女の子!?


 カザト、リック、ファリアは驚きに口を開き―。


―またガキのお守りか!!


 ジストは白目を剥いた。

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