第37話 カザトとキルギバート-邂逅の終着-
初めて怒りの感情、そして殺意が理性を上回った。
目の前の敵が言った言葉が許せなかった。少なくとも、カザトにとってその言葉は「自分に言ってはならない言葉」だった。
見抜かれたような気分になった。あこがれと衝動だけで軍隊に入った自分の本質を見透かされたようになり、恐ろしかった。
唸る回転鋸を手に、敵機に迫る。目の前のグラスレーヴェンの敵兵の顔が、初めて見えた。衝突する。
「―!」
赤く染まった血まみれの顔面に真っ青な瞳が覗いていた。髪は薄汚れているが、灰色かそれに近い、色の薄い髪をしている。初めて目にした敵兵の姿に、一瞬だけ目を奪われた時だった。グラスレーヴェンが砕けた頸を上にして頭突くような体当たりを浴びせてきた。
「まだ、戦うのか!?」
片腕を失ったアーミーがバランスを崩して横に倒れた。だが、相手は最早両腕がない死に体だ。できることは―。
「なっ!?」
機体を踏みつけられる。グラスレーヴェンの腰部から円筒形の何かが落下した。
『この至近距離で爆発すれば、ただでは済まない!』
「死ぬ気か!?」
『いいや、殺す気だ』
カザトは戦慄した。敵はこの瞬間まで、最後の最後まで武装を隠し持っていた。
『消し飛べ!!』
零距離での爆発を覚悟したその時。砲声が轟き、目の前のグラスレーヴェンの腰部が砕け散った。
『な、にっ!?』
カザトは砲声のした方向を見た。長砲身を構えた赤いラインアット・アーミーが滑り込むようにしてこちらを見ていた。カザトはその機体の主が誰かよく知っていた。
機体の主は隊唯一の女性士官にして優秀な射撃手の―。
「―ファリアさん!?」
「カザト君、早くっ」
我に返ったカザトはグラスレーヴェンから離れ、ビルを盾にするように後退した。
『ぐ、ああぁッ!?』
瞬間、建造物の密林の向こうで紅蓮の爆発が噴き上がった。三度続いた爆発の後、派手な火柱が上がる。
「助かりました、ファリアさん」
「……危なかったわね。でも、まだよ。撃破確認ができていない」
通信画面に現れたファリアの姿に安堵するのもつかの間、カザトは頷いて、元の路地へと踏み出した。路地は全て火の海と化していた。
その路地の奥で何かがうごめいた。カザトは目をこらし、そして見開く。
胴体だけになったグラスレーヴェンが、爆発によって生まれたクレーターの縁で仰向けになって擱座している。
カザトは生体センサーを起動した。黒焦げになった残骸の中に、僅かな反応が表示される。
「まだ、生きてる……!」
その時、通信が鳴った。
『カザト、ファリア。とどめを刺せ』
隊長機からの声だった。
「ジスト隊長、ですが、敵はもう戦えません」
『そんな事はどうでもいい。この混線で捕虜を取る余裕はない。必ず止めを刺せ』
「なぜです!? もう彼は死にかけてます! それをわざわざ!」
通信の向こうでは銃撃音、回転鋸の唸り声が聴こえている。ジストは戦いながら指示を下しているのだろう。殺気立った返答は瞬時に返ってきた。
『そいつが生き返って、二度と俺たちの前に現れないようにするためだ!!』
カザトは絶句した。それでは、何が何でも自分を殺そうとしたモルトと同じではないか。勝負がついた相手を殺すなど、それはもはや戦争ではない。殺人だ。
「……カザト君、どいて。私がやる」
「ファリアさん、いいんですか!?」
「隊長の言うとおりよ。そうやって今日までみんな、生き延びてきたの」
やらなければやられる。そう言ってファリアは長砲身を構え、残骸の中心部に照準を据えた。引鉄に指を掛ける。
「待って!!」
「!?」
カザトの声にファリアは指を離した。彼女もまた、カザトの制止の理由に気付いていた。モルト兵がふたり、残骸をよじ登ってハッチをこじ開けている。一人は明るい金髪で、もう一人は黒髪。どちらも煤で真っ黒に汚れ、どこか怪我をしているのか身体を庇いながら、機体の主を救い出そうとしている。
『どうした、ファリア、カザト、なぜ撃たない!!』
「敵兵が救助活動中です。大尉、救命活動中の発砲は戦時協定で禁じられています」
敵兵たちがこじ開けたハッチに身を乗り入れて、パイロットを引きずり出している。引きずり出されたパイロットは赤く染まった身体をぴくりとも動かさない。遠目にも凄まじい手傷を負っているとわかった。
『撃て、少尉』
返答は無情だった。
『一人ならまだしも、そこに三人も敵兵がいるなら尚更だ』
「大尉! それでは―」
『お前もウィレ・ティルヴィア士官ならわかっているだろう。こいつらに俺たちの仲間が何人、いや何百何千、何万人殺されたと思ってる。ここで殺し損ねたら、こいつらは必ず戻ってくる。あくまでやらないと抗命するなら、俺がお前たちを殺す』
ファリアの苦悩に満ちたため息が聞こえた。銃身が掲げられ、再び照準が定まったその時だった。
地面が揺れた。
『地震、いや、さっきの射撃か!』
「ではありません、大尉、これは地面が揺れてます!」ファリアの切羽詰まった声が聴こえた。
同時、カザトは仰け反った。背中から何かに引っ張られるような感覚に襲われる。
目の前のビルや、道路が音を立てて崩れ落ちていく。地面へと沈んでいく。
直感で悟った。ノストハウザン全体が崩落していく。
「ノストハウザンが!?」
『カザト、ファリア、ゲラルツ、リック! 逃げろ―』
直後、道路が砕け、真横にあった高層ビルが自機の上へと伸し掛かってくる。奈落の底へと落ちていく寸前、機体の残骸から飛び降りる二人のモルト兵-と、彼らに抱えられたパイロット-の姿が見えた。
その姿を瞼に焼き付けながら、カザトは落ちて行った。
☆☆☆
ゲオルク・ラシンはウィレ・ティルヴィア軍の新兵器部隊と切り結びながら取り残された味方部隊を逃がしにかかっていた。乱戦だった。戦える者はゲオルクの下に集い、ウィレ新兵器部隊と混戦を繰り広げている。
ゲオルク機の足元に、灰色のラインアット・アーミーが転がっている。彼は激しい戦闘のさなかに、この怪物三機を長刀による一撃で仕留めていた。コクピットハッチを刺し貫いた刃を引き抜きながら、モルト軍最強の元帥である男は護衛者を振り仰いだ。
「オルク、ライヴェ、シレン、無事か」
「父上、そろそろ手持ちの武器が心もとない」
ライヴェが苦り切った表情で答えた。オルクと共に、彼らも二機を仕留めている。
「シレン、お前は?」
「父上、もはやこれまでかと」
シレン・ラシンの足元には、アーミーの頸が四つ、確かに転がっている。
「無念だが是非もない」
ゲオルクは頷いて息を吐いた。散々たる敗戦だ。この戦争の形勢は、大きく変わってしまった。だが、事ここに至った以上は何としても生き延びねばならない。生きて次に繋げるのだ。
その時だった。
『ゲオルク・ラシン元帥とお見受けする!』
ゲオルク・ラシンは振り向いた。そこにはジャンツェンではなく、白いグラスレーヴェンが十機ばかり、市街地に突入していた。
「親衛隊か、御苦労」
白い機体は一斉に、火器をゲオルクへと向けた。彼は驚きもせず、こうなるとわかっていたように顎を引いた。
『閣下には、未だ元首閣下への反逆容疑がかけられています』
「無礼者ッ!!」
シレンが吼えた。
「父はモルト軍部隊の撤退のため、自ら殿軍を買って出たのだ! これを忠義の道と言わずになんという。それでも元首閣下は、元帥を御疑いか!」
『独断で本営を抜け出した咎は免れない』
「愚かな……元首に妄信するしか能のない連中め」
オルクが吐き捨て、その言葉に親衛隊員たちが殺気立った、その時だった。周囲で爆発が噴き上がり、遠くで摩天楼が傾き始めた。地下に沈み込んだ金貨が空中へと噴き上がる。ゲオルクは髪を逆立てて咆哮した。
「逃げよッ!!!」
直後、足元が崩れた。ゲオルクらがジャンツェンを機動させ、空中へと浮かび上がる。しかし、飛行できないグラスレーヴェンや兵士たちは、そのまま地下へと真っ逆さまに落ちていく。
ゲオルクらは、それを見ている事しかできなかった。
次の瞬間、ノストハウザン全体が街の中心部へ吸い込まれるように崩落した。
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