第36話 キルギバートとカザト-邂逅-

「―!」


 キルギバートは機の右腕にヴェルティアを握らせ、目の前の化け物と対峙する。怪物との距離は長く見積もって20メル。グラスレーヴェンならば半歩で最適の間合いを取れる。

 だが、あの装甲はヴェルティアで断ち切れない。初手でこちらの攻撃は弾かれ、相手からは必殺の斬撃が来る。真っ向勝負で勝てる相手ではない。


 キルギバートは素早くコクピットの表示画面モニターに目を走らせる。上半身の三割が損傷、左腕部切断、頭部は辛うじて右側の視覚カメラだけが生きている。背部推進は爆発炎上。ディーゼはすでに弾切れ、カジノの地下深くで瓦礫となった。


 目を覆いたくなる有様だ。それでも、機体下半身に損傷はない。あれほどの無茶にもかかわらず両脚部も腰部も未だ健在だ。


 手は、まだある。


「―これしかない」


 キルギバートが覚悟を決めた瞬間、滑るようにアーミーが突進してくるのが見えた。全てがゆっくりと動いているように見え、15メル、12メルと迫ったその時。


「行けッ」


 キルギバートはフットペダルを踏み込んだ。グラスレーヴェンは最後の力を振り絞るように跳躍し、さらに両脚部のブースターを使って天高く舞い上がった。


『な、っ!』


 アーミーが足元を掠めて行き過ぎる。その背後に着地し、すぐに機体を振り向かせ、突進した。ヴェルティアの剣先を深々と沈め、体ごと突き出した。


「届け!!」

『させる、か!!』


 化け物の脚部と腰部から噴射炎が上がった。振り向く速さはほぼ互角。

 であれば、もう間に合わない。攻めの手を中断することは叶わない。行くしかない。


「ならば―!」


 キルギバートは吼えた。そのまま白刃を脇構えにし、武装のない左肩から突っ込んだ。激突の衝撃に揺さぶられ、意識を失いそうになりながらフットペダルを押し込む。


『う、ああっ!』

「貫けぇッ!」


 右腕に持ったヴェルティアをアーミーの装甲に突き立て、背後にある高層ビルに向けて、機を押し込む。ビルの外壁が大きく歪み、割れ、崩れた。ハッチが引き裂かれて剥き出しになったコクピットに瓦礫とガラス片が襲い掛かる。


「ちぃっ!!」


 キルギバートは呻いた。白刃は胸部装甲の継ぎ目に突き刺さりはしたが、切っ先の中ほどで食い止められていた。あと一枚、たった一枚の装甲板が貫けない。キルギバートは絶叫した。


「ぐ、アァァァッ!!」


 グラスレーヴェンの右腕が軋み、アーミーのパイロット―カザト―は戦慄した。機体を犠牲にしてでも、グラスレーヴェンのパイロットは自分と刺し違えるつもりだ。

カザトは意を決し、手元のコンソールの操作にかかった。


『頼む!! もってくれ!!』


 軋む装甲。時間を喰えば、グラスレーヴェンの白刃は装甲板を抜けて機体の内部に到達する。そうなれば頑強なアーミーでもただでは済まない。


 カザトの指がコンソールの上で跳ねる。


―ラインアット・アーミー システム起動。


―武器管制、姿勢制御、推力管理、


―反応速度、人為形体マニュアル自律形態オートに移行。


―方針、眼前の脅威を排除。


 カザト・カートバージはそれまで機体にかけられていた全ての制限を解き放った。


『頼む!! "レゾブレ"!!』

<<了解シマシタ>>


 刹那、アーミーが反撃を開始する。グラスレーヴェンの生きている眼に頭突きを食らわせ、そのまま白刃を腕で弾くと、全身での体当たりをぶちかまし、元の路地まで弾き飛ばした。


 アーミーが両腕を伸ばす。腕に仕込まれた砲身から徹甲弾が連射され、グラスレーヴェンを蜂の巣のように穴だらけにしていく。あと一撃で、グラスレーヴェンを爆発炎上させられると、カザトが確信したその時だった。その腕が沈黙した。


『弾切れ!?』

「―ッ!?」


 キルギバートが機体の右腕を振るった。ヴェルティアが伸びたアーミーの両腕を弾き飛ばした。


『まだ、生きていたのか!』

「ここで死ぬわけには、いかないんだッ!」


 グラスレーヴェンは立ち上がると同時に、刃を返して振り下ろした。その一撃は、伸びきったアーミーの右腕関節部に正確に叩き込まれると、そのまま地面まで振り抜かれる。


 アーミーの右腕が、飛んだ。驚愕にカザトが息を飲んだ。しかし、それよりも驚いたのはキルギバートの方だった。


「な、んだ……こいつは!!」


 腕の断面を見る。灰色の内部構造……いや、そのようなものではない。黒々とした肉のようなものが脈打ち、関節の中央からは油に似た赤黒い液体が噴き出している。


「こいつ……!?」


 間違いない。キルギバートは確信した。こいつは間違いなく、グラスレーヴェンのような機動兵器ではない。鋼鉄で出来た怪物クリーチャーだ。アーミーが右腕をかばうように左半身を押し出して構えた。銃口がこちらを向いている。


「しまっ―!?」


 左腕に持った回転鋸が唸り声を挙げ、グラスレーヴェンの頭部が削り飛ばされた。コクピットの画面が全て死に絶え、視界は切り裂かれたハッチからの目視だけが頼りになる。


『投降しろ! 視界のない兵器でどうやって戦うんだ!』


 カザトは苛立つように叫んだ。どれほど打ちのめしても、目の前のグラスレーヴェンは戦いをやめようとしない。理解が出来なかった。


『もうやめろ! 何でそうまでして戦うんだ! ウィレはお前たちの故郷じゃない! 侵略しに来て、そこまで意地を張って踏みとどまる理由がどこにある!?』

「黙れ!!」


 キルギバートは吼えた。


「お前たちの故郷だと!? モルトおれたちから奪うだけ奪い取って、我が物顔しているだけのウィレ人おまえらに何がわかる!」


 グラスレーヴェンの脚部が唸り、ラインアット・アーミーの左腕を蹴り上げた。


「俺たちはウィレに帰ってきたんだ! 本当なら、家族と一緒に帰ってくるはずだった。なのに、お前たちが全部、奪って行った!」


 ヴェルティアをかざし、アーミーの頭部に振り下ろした。


『だからって!!』


 ラインアット・アーミーの左腕が振るわれ、グラスレーヴェンの右腕が切り飛んだ。両腕を失ったグラスレーヴェンが膝をつき、擱座する。


『そんな事を理由に、大勢の命を奪っていい理由なんかになってたまるか!』

「それだけではない! なら、お前が戦う理由は何だっていうんだ!」


 カザトは一瞬、ほんの一瞬だけ口ごもった。まさか英雄になりたい、などと言うわけにはいかなかった。言えなかった。


『―戦争が続けば、よりたくさんの命が失われる。それを終わらせ、平和を取り戻すために、俺たちは戦うんだ!』

「はっ」


 カザトは凍り付いた。キルギバートはせせら笑っていた。


「教科書の見本のような回答だな」

『なん、だと!?』

「俺は違う」


 キルギバートは自分の胸を叩きながら、目の前のアーミーに叫んだ。


「戦う大義も、理由も、全て、この中に、自分の中にある。そんなうわべだけの理由で戦う奴に、死んでも膝を屈せるものか!」

『違う、俺は!』

「違わない。お前には何もない。お前が戦う理由など、嘘っぱちだ。お前はそのアーミー以上に空っぽだ!」


 瞬間、カザトは回転鋸を回していた。

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