第35話 武神推参
対決が、始まる。
白のグラスレーヴェン、そして肩口と頭部が抉れて今にも朽ちんとする黒のグラスレーヴェンは街の四方から集結する大街路を塞ぐように立ちはだかる。
ラインアット・アーミーは中央の広場にある富と権力の象徴を背にし、凶悪極まりない回転鋸、威圧的な長砲身をかざして威嚇するような構えを取った。
「―!」
二機のアーミー ―隊長機とゲラルツ機― が左右に散る。ゲオルクは注意深く左右に目を走らせ、深く沈み込むように長剣を構えた。建造物の陰を縫い、確実に迫ってくる深紅の化け物を迎え撃つべく、呼吸を整える。
「父上、援護を!」
シレンが吼えた。
「無用! 己が敵に集中せい!」
ゲオルクは振り向かない。穿つような叱咤を息子へと与え、そのまま目の前にある高層ビルへと長刀を振りかぶった。
「とああぁぁッ!!」
裂帛の気合い一閃、長刀は石と鉄で造られた建造物を、いともたやすく両断した。その建造物の向こうに、深紅の装甲が透けて見えた。
『なっ―!?』
「隊長機ではない。ならば―!」
ゲオルクは機と共に振り返る。その背後の建造物がぶち破られた。回転鋸を唸らせ、深紅の装甲を巨大な砲弾に変えて、隊長機のアーミーが突進する。
「鈍い」
ゲオルクはフットペダルを踏み込んで機を跳躍させた。重力下の跳躍力では兵器において最強のジャンツェンは、いともたやすく凶悪な怪物の突進を避けてみせる。
『こいつ……』
ジストとゲラルツは同時に唸った。この敵は明らかに、強者揃いのモルト軍とわかっていても他とは違う。
白い機体が長刀を旋回させて防御の形を取りつつ、再び沈み込むような構えを取った。
「参り候え、怪物共」
ゲオルクの言葉に応じるかのように、回転鋸が轟音を上げる。2機の怪物を相手に、業火の中で剣舞が再開される。
背後ではキルギバート機がヴェルティアを引きずるように身構えていた。しかし、その操縦室の中は最早血まみれだった。キルギバートは痛みと失血の悪寒に喘ぎながら、呼吸を整えようとしている。
「う、く……っ」
操縦桿を握る手が血で滑る。眩暈を振り払おうとした。どれもこれもうまくいかない。
「―大尉、いや、キルギバート。もういい」
声がかかった。シレン・ラシンの声だった。
「もうよいのだ。そなたは充分戦った。退却しろ。退路は我らが切り開く」
「いい、や。まだ……まだ、戦えます……!」
抗弁がごろごろという血の音で濁った。恐らく肋骨が折れている。最悪の場合、肺に突き刺さっているかもしれなかった。
「馬鹿を言うな。その負傷で何ができる! すでに機体も限界ではないか」
「しかし隊長の仇を討たずに―」
前へと進み出ようとするキルギバート機を、シレン機が腕を伸ばして制した。
「ならばその仇。我らが討つ。お前の分も合わせてな」
その腕と肩越しに見えた光景に、キルギバートは絶句した。
「な、に―」
シレン機の前面に、あの鋼鉄の化け物が炎に照らされて現れていた。それが、四機、五機と増えている。色は赤だけではなく、灰色や黒色のものもある。
「理解したかキルギバート。敵はこの部隊だけではない。ウィレの新兵器は既にここに集まりつつある。お前の機体では戦にならぬ」
「なおさらです。兄弟子を置いては―」
「心配いらぬ」
シレン・ラシンは朗々と告げ、機を浮上させると長刀を振り回した。たったの一振りで、周囲にある建造物が薙ぎ払われ、倒れ伏した。恐れをなしたのか、建物の後ろに隠れていたガウストアーミーが鉄杭を繰り出した。それを長刀で軽く受け流しつつ、空中から剣先をかざして濛々たる埃煙の中に突き入れる。
「私はお前より強い」
「な―!」
面食らったように目を見開くキルギバートに、シレンは頷いてみせる。その剣の先に、頭頂から股下まで串刺しにされたガウストアーミーが断末魔の炎を上げていた。
「文句があるならば、生き延びてから抗議に参れ。私はお前を待つ」
ガウストアーミーを真っ二つに断ち割り、シレン機が滑空を始める。
「……早く行け。ここは我らラシン家が受け持つ!」
キルギバートはその背を見送りながら後退を開始した。背後ではゲオルクのジャンツェンが縦横に飛び回りながら2機のアーミーをいなし続けている。オルク・ラシンとライヴェ・ラシンも一歩も退かず、かえって赤いアーミー部隊を圧倒する様であった。
「あれが、ラシン家の武勇―」
キルギバートがその武威に気を取られた刹那。振り返ることで疎かにしていた真正面から回転鋸の唸りが上がった。
「……ッ!?」
機体を後ずさりさせる。間一髪で、元いた場所に鋸が振り下ろされ、路面が粉々に撃ち砕かれた。
「貴様……!」
『逃がさない!』少年の響きに近い、若い男の声が聴こえた。
「どけ……!」
『どかない。ここで一機でも多く撃破しなければ、お前たちはまた故郷を侵略する。そんな事はさせない!』
機体は紅い化け物。あの部隊の隊員だ。
『お前はここで仕留める!』
「いいだろう」
肚を括る。途端、目路が開けた。
「ここで死ぬわけにはいかない。相手をしてやる」
最期の力を振り絞り、キルギバート機が白刃を抜き、構えた。
「来い!!」
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