第34話 猛き獅子、舞い降りるもの
黄金の水面にグラスレーヴェンが突っ込む。ジャラジャラと凄まじい音を立て、金貨の滝がグラスレーヴェンとアーミーの装甲を彩った。
「が、は……っ!」
すでに、キルギバートの方も限界だった。
今の加速圧と半日以上に及ぶはじめての長期戦で目が霞み、身体は極限状態だ。意識や感覚がはっきりとしない。失血がそれを酷にしていた。
眩暈を振り払い、キルギバートは叫んだ。
「貴様諸共、ここで潰れてやる!!」
ジストはすでに声も出ない。短時間、いや一瞬の間に敵の急加速を受け、さらにビルに叩きつけられている。新兵であれば気絶するかショック死しているところだ。だが、ジストは生きている。さらに、キルギバートが押し込んだ。ビルの中へとジスト機が埋没する。
キルギバート機の背部が加熱に耐え切れず爆発する。
「ぐあッ!?」
それでも、まだ機体は生きている。背部の内部がむき出しになったグラスレーヴェンの中で血塗れになったキルギバートが叫んだ。
「終わりだッ!」
キルギバートは加速をやめた機体の、残された右腕でジストを封じていたヴェルティアを取り去った。
そして、その切っ先を一直線にジスト機の胸部に向ける。
だが―。
相次いで、機体に凄まじい衝撃が走った。機体の出力が急低下し、推進が止まる。
「なに……!!」
機体の胴体に表示された幾つもの被弾警告に、キルギバートは愕然と頭上を仰いだ。抜けたカジノの建造物外縁にアーミーが立ち、こちらを見下ろしている。その腕には火器と、回転鋸が握られている。
「ブラッド、クロス!?」
『お前の僚機は撃破した!』
「……! クロス、ブラッド!!」
応答はない。それが全てだ。
キルギバートは歯を食いしばり、頭上の敵機を睨みつけた。額、頬を伝う流血が口に流れ込んだが、もはや味すら感じなかった。
その足元でアーミーが起き上がり、キルギバート機を地下壁へと殴りつけた。
「ぐ、う……っ!?」
叩き付けられ、朦朧とする意識の中で、キルギバートは撃破寸前まで追い詰めた敵機が腕の銃口をこちらに向ける様子を見つめることしかできない。
コクピットハッチが剥ぎ取られ、キルギバートは己の眼で敵機を見た。機械で造られた赤い瞳孔がこちらを睨みつけている。心臓が縮んだ。
―死ぬ。俺が、死ぬ?
『投降しろ。もうお前に勝ち目はない』
「断る……!」
『死にたいのか』
―そうか。死ぬのか。
キルギバートは笑った。途端、口から鮮血があふれ出た。
「死ぬだろうな。だが―」
牙を剥いて吐き出した。
「お前たちも一緒だ……!」
手元のパネルを操作し、さらに足元にある樹脂製のカバーを踏み壊した。
座席横に、赤いスイッチがスライドして現れる。
『自爆スイッチ……!!』
顎から血を垂らしながら、キルギバートは吼え、腕を振り上げた。
―死に急ぐな。猛き獅子よ。
朦朧とする意識にも関わらず、やけにはっきりとした声が聴こえた。
頭上を振り仰ぐ。火花が暗闇に散り、視界一杯に白い影―死の影と呼ぶには明るすぎる色―が差した。
『ぐはっ!?』
自分に銃口を突き付けていたアーミーが、パイロットの悲鳴と共に視界から消えた。敵機がさらなる地下に転落したとわかるまでに数秒かかった。
血で赤く濁った視覚に鞭打ち、キルギバートは顔を上げた。
目の前に、純白の飛行型グラスレーヴェン―ジャンツェン―がいた。
『待たせてすまなかった。大尉、いや、キルギバート』
その声を、キルギバートは知っていた。彼にとっては馴染みあるが、久しく聴いていない懐かしいものだった。
「……シレン・ラシン、少佐!?」
シレン機がキルギバート機の手を取り、推進器を稼働させる。簡単に、機が浮き上がり、地下から地上へと連れ出された。
その地上にも、3機のジャンツェンがいる。
『父上、救い出しました』
『……よくぞ成し遂げた、シレン。よく耐えた、キルギバート』
「ゲオルク・ラシン元帥!?」
眩暈から覚めた。キルギバートは背筋を正した。
『今は元帥ではない』
ゲオルクは言いながら、機の長剣を抜いた。
『今は一介の武人、ゲオルク・ラシンとしてここに在る』
『俺たちもいるぞ。なあ兄上』
『無駄口を叩くなライヴェ。敵はまだ生きている』
『貴官の部下も無事だ。よく耐え抜いたな』
ライヴェ・ラシン、オルク・ラシンの声に、ただキルギバートは目を白黒させるしかない。彼らはキルギバートにとり、剣の兄弟子であり、軍人としての道を開いた先達だ。家族のつながりを断ち切られたキルギバートにとり、第二の親とも言っていい。そのうち、キルギバートの血で赤く固まった眦に涙が浮かび上がり、流れ始めた。それが安堵によるものか、懐かしさによるものかはわからない。一つ言えることは己に最も縁ある人々が駆けつけ、ここにいるという事だ。
「因果なものよ」
ゲオルクが呟いた。
「ここにいる者は皆、モルトの武威を示す剣技の同門だった。今は戦場にて見えるとは。これぞ―」
それがいま、剣折れ矢尽きる戦場で、こうして出会おうとは。
「武人の本懐よ」
ゲオルクらは抜かりなく周囲へと目を配りつつ、武器を構え直す。弾き飛ばされたアーミーたちが、彼らを囲むように再び集結する。
「キルギバート大尉」
シレンは長剣を構えながら弟弟子に振り向いた。
「貴官の機体は損傷が著しい。早く脱出せよ。ここは我らが―」
『敵反応真下! シレン、気を抜くな!』
オルク・ラシンの鋭い叫びが飛んだ。その背後で倒壊したカジノを揺るがす轟音が轟き、数瞬遅れて瓦礫と土埃を舞い上げて紅い怪物が地上へと躍り出る。
「まだ動くのか!」キルギバートは驚愕に目を見開き―。
「さすが怪物といったところか」―シレン・ラシンが吐き捨てるように唸った。
『……カザト、ファリア、リック、ゲラルツ。無事か』
キルギバートは混線する隊長機の言葉に耳を澄ませた。敵兵たちの名前が、明らかになる。
『こいつらを甘く見るな。今までのグラスレーヴェンとは違うぞ』
「……我が精鋭の一撃を喰いながら、すぐさま地上へ躍り出るとは見事。敵兵よ、名を名乗れ」
『ウィレ陸軍大尉、ジスト・アーヴィン。名のある軍人とお見受けする。貴官の官姓名は』
「モルト・アースヴィッツ機動軍総司令官にしてモルト国元帥だった男だ。名をゲオルク・ラシンという」
驚愕、疑念、畏怖、あらゆるものを内包した静けさを破ったのは、ジストだった。
『モルトの総司令官がこんな所にいるだと。ふざけるな』
「大真面目だ。今は一介の武人として
『なるほど。ならば―』
ジスト機が回転鋸を構えた。
『貴官を撃破してこの戦争を終わらせる。ゲラルツ』
『……なんだよ』
低い声で唸る少年の声には、上官に従おうと言う気配がまるで感じられない。構わず、ジストは続けた。
『お前の機は損傷が浅い。俺とこいつに当たれ』
『俺に指図すんじゃねえ。俺は一番強い奴とあたる』
『なら、こいつだ。元帥というのはな、軍隊で一番偉い奴だ。つまり、そういうことだ』
『ハッ、おもしれえ』ゲラルツ機が回転鋸を展開させる。ゲオルクはその禍々しさに眉をひそめた。
「少年兵とは、軽く見られたものだ」
『ガキ、だと……?』
青筋を立てるゲラルツをジストは制しつつ、矢継ぎ早に指示を飛ばし、陣形を立て直していく。
『はやるなゲラルツ! リックは右、ファリアは左だ。カザト、お前は手負いのグラスレーヴェンを確実に仕留めろ。こいつらを一機残らず逃がすな』
「ウィレ・ティルヴィア軍の新兵器部隊。相手にとり、不足なし」
ゲオルク機が長剣を構え、三方をその息子たちの機が守護する。対峙の時は終わりに迫り、炎と煙が濃くなった。ノストハウザンが炎に沈むまで、そう時間はかからないはずだ。
『燃え盛る街一つ。モルト軍の墓標に捧げてやる』
「汝らに成し遂げられるものか。……モルトに名高き軍神、ラシン家が御相手致す」
ゲオルクは長剣を脇構えにし、息を整えた。整った息の下、気炎を吐く。
「いざ参らん!!」
モルト最強のグラスレーヴェン部隊と、ウィレ最新のアーミー部隊の激突が炎の中で始まった。
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