第3話 夕焼け、その胸中


「奇妙な縁だな。お前とは―」

「はい、そう思います。まさかこうして、同じ戦線で肩を並べるとは」


 握手を解いた二人は、互いに外の夕焼けを見つめている。

 シレン・ラシンは今年20歳。キルギバートよりも二つ年上で、軍人になる以前の頃は国技であるモルト剣術の兄弟子だった。国技大会においては三度優勝し、ブロンヴィッツより武術の位で全十五あるうちの上五位にあたる武公(キルギバートは"武卿"。これより三つ上)の位を戴いている。後にシレン・ラシンはモルト・アースヴィッツで初めてのグラスレーヴェン搭乗員となり、まさしくモルトの武を体現する若手として名を轟かせている。


「アーミーを仕留めたと聞いたが」

「はい。少佐に指南いただいた通りに実践し、これまで何機かを仕留めました」

「いい腕だ。……連中の装甲は分厚いが、構造において生物的に過ぎる。弱点を見定めれば、殺すは容易い」


 キルギバートはやや深い苦笑を浮かべた。そう思えるのはシレン・ラシンだけだ。キルギバートがアーミーの殺し方を、撤退戦の中で会得するまで四か月を要した。


「ノストハウザンから、すでに四か月も経ってしまったのだな」

「……少佐。御用は?」

「……ん、実はな」


 シレン・ラシンはキルギバートを手招いた。"耳を貸せ"という。その通りにした。


「東大陸方面軍の総退却が決まった」


 キルギバートは耳を寄せたまま微動だにしない。


「来るべき時が、ということですか」

「そうだ。我らは、東大陸より撤退する」


 「シュレーダーめ」。シレン・ラシンが低く呟いた。親衛隊長官にして、モルト軍の現参謀総長ということだけはキルギバートも知っている。


「私に明日にも西大陸に発てと言ってきた」

「少佐は、なんと?」

「将兵を置いて行けるかとはねつけておいた。それに―」


 シレンの表情が辛いものに変わる。夕焼けを見つめる瞳の上にある、整った太い眉が下がった。


「我が兄二人は未だベルクトハーツへの撤退戦の最中だ。兄を置き捨て、ひとりおめおめと退けるわけがないだろう」


 キルギバートはノストハウザンの戦いの後を思い出していた。


「今の自分にならば、少佐の言っていることがよくわかります」

「そうか―」

「私もいつか味わったことがあります。何とも苦しいものです」

「ああ、そうだな。苦しい」


 父は幽閉され、兄二人は常に死線を潜り抜けている。血を分けた家族が苦境にある中でラシン家の後継者たらんと気を張り続けているシレンに、キルギバートはどのような言葉をかければよいかわからない。


 シレンは後ろ手を組んだ。若年だというのに、そうした所作のことごとくが父のゲオルクに似てきている。


「キルギバート。このベルクトハーツに包囲を敷いている敵将を知っているか」

「アーレルスマイヤーでしょう?」

「ああ。総大将はな。作戦参謀は誰か知っているか」

「いえ……」


 シレンはふっと息を抜いて微笑した。


「シェラーシカ・レーテだそうだ」


 えっ、と思わず声を出してしまった。キルギバートもその名前は知っている。ラシン家にゆかりのある人間として、その名前がどのように関わったのかも、見て来た。


「奇縁よな」

「……少佐は、どう思っているのですか?」

「彼女のことか」


 シレンの言葉にキルギバートは頷いた。


「無論、今でも忘れたことはない。……時折愛しく思う事もある」


 「だが」呟いて、シレンは夕焼けから目を反らした。


「私にそう思う資格はないのだ」


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