第7話 公都シュトラウスの急報


 大陸暦2718年、1月1日。夕刻。


 ウィレ・ティルヴィア公都シュトラウスの軍最高司令部に、急報は伝わった。


「モルトランツが、陥落しただと?」


 豪奢な執務室の机の向こう側でウィレ・ティルヴィア陸軍大将の制服を着た男が腰を浮かせた。中年を越えかかった熊のような顔は青ざめ、薄くなった黒髪を乗せた額には汗が滲み出ている。


 ベルツ・オルソン。ウィレ・ティルヴィア軍大将にして、この惑星に存在する全軍を率いる総司令官であった。

 ベルツの副官を務めるセルゲイ・ガンドロフ中佐も鷲頭に汗を浮かべている。


「未明からの攻防により15時過ぎ、市街地中央は完全に制圧されました」

「西大陸各軍の戦力だけでも、モルト軍の総戦力を凌駕していたはずだ!」

「敵の戦闘力が上回っているとの報告を各軍から受けております」


 ベルツは執務机を殴りつけた。西大陸の心臓部が占領されたとなれば、東大陸の安全は保証できなくなった。惑星の資源生産や経済は減退するだろう。特に鉄鋼工業や精密機器に関しての補給ラインは壊滅的な打撃を受けることになる。


「それほどまでに敵の新兵器は強いと? バカな、機械人形なぞにウィレの精強なる総軍が敗れるはずがない」

「最高議会は、制圧されつつある西大陸への派兵増員を承認する方向で動いているようです」

「西大陸の無能どもめ。どの都市もろくな抵抗もなく陥落するとは! 議会も議会だ。今になって焦りおって。こうなる前に209便の一件で暴動を起こして勢いづくモルトの害虫どもに制裁を科すべきだった!」


 ベルツ・オルソンは顎髭に覆われた口元に手を当てた。彼が物事を考えるときの癖であった。しかし、思案は短かった。


「閣下、どちらへ?」


 副官の問いに、ベルツは口元をゆがめた。


「派兵は行う。議会の承認が必要だろう」


 副官が頷き終わったかという頃、ベルツの横顔に醜悪な笑みが刻まれた。


「モルトに降った都市は焼き払わねばな」


 時間は刻々と過ぎ去っていく。西大陸制圧の報告は、瞬く間に全軍の間に広がっていく。シュトラウスに司令部をおく首都防衛部隊―公都近衛連隊―もそのうちの一つであった。


「何ですって?」


 連隊指揮官執務室に定められた部屋には見目、十代程の若い少女が座っている。その少女は執務用に掛けていた視力保護用の眼鏡を外した。


「本当です、大尉。まずい事になりました」


 大尉と呼ばれた少女は、静かに目を伏せた。額に浮かんだ汗が見る見る間に玉に変わっていく。


「モルトランツが陥落……。友軍は?」

「北部に撤退し抵抗線を張り、依然交戦中とのことです」

「よろしくない、ですね……」


 報告に訪れた士官は、状況に合わないながら、指揮官である大尉の美しさに嘆息していた。可憐。その一言に尽きる。この近衛連隊を率いる少女の美しさは士官だけでなくシュトラウスに駐留する将兵の間でも長い事話題になっていた。

 眉間を押さえ、目を瞑る少女に対して、若い士官は状況報告を続ける。


「最高議会では、動員令を法律化しようとの動きもあります」

「開戦初日に動員令ですか!?」


 大尉は思わず椅子から腰を浮かせた。士官はその剣幕に仰け反っている。


「わかりません。しかしオルソン大将が議長を恫喝していることは複数の議員から明らかになっております。かねてより和平を望んでいる議長が抵抗し、現在は取り下げられているらしいのですが……」


 動員令を使えば、ウィレ・ティルヴィアの惑星に存在する成年から、軍は思いのままに動員をかけることができる。最終戦争でシュトラウス陣営が使った最後の禁じ手だ。それは軍が、惑星に存在する市民の守護者たる存在意義を放棄することに繋がる。


 西大陸が落ちた今、国土の防衛は急務だ。だが、動員令を発動するには何もかもが不確実だ。情報も、戦備も、まして新たに現れた人型兵器、荷電粒子兵器に対する戦術も、何もわかっていない。


 総動員はいずれ必要になる。しかし、その時は今ではない。


「ここから、オルソン大将のいる執務府までは、それほどかかりませんね」

「それは、同じ区画ですから自動車でも数分で……。まさか、大尉?」


 凍りつく士官に、大尉はにっこりと笑って頷いた。


「ちょっと、オルソン大将の所へ」

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