第6話 モルトランツ市街戦-4-
市庁舎の中心から繰り出してくる無人機の数が明らかに減ってきた。飛びついて来るそれをヴェルティアで切り払いながら、キルギバートは機体を跳躍させた。
横目に両機を確認する。ブラッド機が跳躍し、レールガンの上に着地した。
『こんなクソでかい大砲なんざ!』
真下にある砲身にディーゼの弾丸を撃ちこむ。
『二つ!』
ブラッドが吼える。その向こうでクロス機がホルドカノックを担ぐなり発砲した。レールガンの砲架に突き刺さった噴進弾が爆発し、砲身を彼方の路地へと吹き飛ばした。文字通りに粉砕された電磁砲は周囲の瓦礫と同化して見る影もない。
『三つめ!』
クロスが吼えた。
「四つ目を―!」
上空でヴェルティアを振り上げる。上段の構えのまま、加速をつけて飛び降りた。動かないだけの標的を守るために機関砲の砲身が持ち上がる。だが、距離が近すぎた。自動制御の機関砲は仰角が足りず、あべこべな方角を向いたままの首振り人形と化している。
こんな時代遅れの大砲など、相手にもならない。だが、その不意打ちで死んだ友がいる。目の前で引き裂かれた見知らぬ戦友がいた。
「はぁ……っ!」
憤怒を吐息に乗せ、着地と同時に切り下げた。
長大な砲身が真っ二つに裂け、そして爆発した。
「まだ来るか!!」
炎の絨毯を踏みしめて、グラスレーヴェンが立つ。そのカメラアイがひときわ赤く輝いた、刹那の事だった。
敵の戦車、自走砲、戦闘機、爆撃機、そして兵士たちがじりじりと下がっていく。
こちらに向かって来ず、ただ相対したまま離れていく。
「これは……?」
キルギバートは、その様子をコクピットで目の当たりにしている。しかし理解が追いつかない。
『キルギバート、無事か』駆け付けた隊長であるデュークも戸惑った。
皆、戦機の判断に一瞬を要した。
『敵が撤退し始めている!』
『モルトランツを、取っちまったぞ!』
モルト軍の兵士たちが歓声を上げた。
「終わった、のか?」
キルギバートは自問した。答えてくれる者はいない。まだ砲声がまばらに聞こえる戦場で、本当に戦闘が終わってもいない空間に立ち尽くす。
『じき、終わる』
間を置いてデュークの声が返ってきた。
「少佐」
『キルギバート、俺達はこの戦場のど真ん中にいる。くそったれな戦場の中心を抑えた以上、敵もこれ以上は戦わない。見ろ―』
デューク機が丘の上の市庁舎を指し示す。キルギバートはその方向へと振り向いた。
『もう終わる』
青い空の下に、白い旗が翻っていた。
それから、数刻の後。
キルギバートは市庁舎地区の警戒に当たっていた。任務自体は簡単だった。市街地のあちこちに立てこもるウィレ軍兵士の武装解除や駆逐を行う歩兵部隊の掩護だ。ディーゼを振りかざすだけで、大凡の敵兵は諦めて降伏する。
呼ばれるたびに、飲食店の給仕のように西へ東へと機体をうろつかせる。
そんな時だった。
キルギバートはモルトランツ市駅(市庁舎の北側にある西大陸交通の心臓部)の前にあるホテル近くで、右往左往するグラスレーヴェンの部隊とにらみ合っていた。正確には、お互いにどう行動したものかわからず、硬直していたとも言える。
聞けば、隊長機を失ってその場に留まっていると言う。
『戦場の迷子っすか、俺たちをこうさせないでくださいよ。少尉』
「泣ける話だなブラッド。お前に気遣われるとは思わなかったよ」
『俺は上官思いなんです』
ヨークを失ったばかりで動揺していたブラッドなりの諧謔だろう。キルギバートは微苦笑で返した。
「さて……」
さすがに放っておくわけにはいかないし、任務を滞らせるわけにもいかない。キルギバートは分隊を一度停止させると、当事者として上司であるデュークに連絡した。
「行軍不能の部隊あり。指揮官は現地において戦死。どうすればよいでしょうか」
これが歩兵であれば「現場の判断」と叱られるのだろうが、グラスレーヴェンはモルト軍の最新兵器にして最重要機密でもある。いつまでも制圧中の街中で遊ばせておくわけにはいかない。
『グラスレーヴェンを歩哨に立たせておくわけにもいかんだろう。お前が率いろ』
キルギバートはうろたえた。
「じ、自分がですか?」
『そうだ。残存機を導いてやれ』
要は、迷子の引率をしろということだ。
『お前は士官だろう』
「分隊以上の指揮を執ったことがありません」
『いいじゃないか。要は経験だ』
キルギバートは目を剥いた。初めての戦闘、それも会戦、野戦、市街戦を経験し、さらに数時間も経たずに集団指揮まで任せられた。思考が現状に追いつかない。
『では、よろしく頼む』
一方的に切られた通信に溜息を吐く。キルギバートは機体を転進させた。
ひとまず集めておいたパイロット達に通信を入れた。キルギバートが待機させたグラスレーヴェンは六機。元は、十機いたらしい。
「自分が、諸君の臨時指揮官となった。よろしく頼む」
隊長を失った彼らの動揺は収まってきている。兵士達にとってもまとめ役がいないと落ち着かないのだろう。しかし、その直後に、キルギバートはさらに驚く羽目になった。
『おい、あのグラスレーヴェンの周りに行ってみようぜ』
「!?」
合流するグラスレーヴェンの周りに、モルト軍の歩兵部隊まで集まり始めた。皆、乱戦で原隊がわからなくなり、散り散りになった兵士達だった。デュークに報告すれば「それもお前が率いるんだ」と取り付く"しま"がない。
全くもって、えらい部隊を率いる事になってしまったものだ。
キルギバートは嘆息した。
と、指揮用の装甲車の中から一人が頭だけを出して敬礼してきた。
「ルヴィオール・リッツェ少尉です。よろしくお願いします、少尉殿」
「よろしく頼む、リッツェ少尉」
えらく声の高い若い男である。この歩兵隊の副官だったらしいが、隊長は不幸にも件の機関砲が掃射された際に、倒れてきたビルに押しつぶされて戦死したという。
しかも、乗っている物が装甲車なだけに歩兵はエスコート出来ても陣地の真っ只中に乗り入れたり、単独行動もできない。キルギバートが士官として臨時に率いることになった戦力は迷子のグラスレーヴェン八機、迷子の歩兵300名、装甲車3台。最終戦争時の戦力区分でいけば中隊規模だ。
どう扱ったものか。案内するにしても、歩兵とグラスレーヴェンでは進軍の速度も違う。
『そこで何をしている。すぐに行動を開始せよ!』
あげく、司令部から急かされるようにしてキルギバートは操縦桿を握った。無茶を言われるのは覚悟の上だが、こんなことになるとは思わなかったと、息をつく。
ふと、キルギバートは自分の腕が震えていないことに気付いた。戦闘の恐慌は、いつしか収まっていた。
結局、今自分が直面している事態を解決する以外に生き残る方法はないのだと、キルギバートは思い、操縦桿を握る手に力を込めた。
「―全員続け!」
こうしてキルギバートは士官として、初めての戦闘指揮を経験した。
『少尉、御出世おめでとうございます』
律儀にそのような事を言ってくるクロスが、恨めしかった。
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