第5話 モルトランツ市街戦-3-
市街地に入って数分、機を前進させる。
キルギバート分隊は再びデュークの本隊と合流して一個中隊となった。キルギバートの役目も、分隊長から中隊2番機へと戻される。
『やっぱり皆揃った方が安心しますね』と、クロス。
『おいウィレオタク、遠足気分か』デューク隊の古参兵、といってもキルギバートらとは同期になる搭乗員が茶化した。
『ヨーク、お前だって降下の時にはピーピー言ってたろ。ちびってんじゃないだろうな?』
ブラッドがはやした。
『無駄口を叩くなヒヨッコども』
デュークが低く鋭い声を挙げ、場を収める。かつて教官だった男の叱責は皆が恐れるところで、部隊は再び静謐を取り戻した。この手の収拾でも隊唯一の正士官であるキルギバートは上官である彼に遠く及ばない。
『市街中枢にはまだどの部隊も到着していないようだ。ここからの作戦を説明するぞ』
デュークが続ける。モルトランツの市庁舎がある中枢部には敵の司令部がある。この地点はなだらかな傾斜がついた丘になっていて、そのために街の中枢だけが、へそのように盛り上がっている。
市庁舎を制圧しない限りモルトランツを陥落させたと言えない。そのためには抵抗拠点となっているこの丘を落とさなければならない。
『丘の中はかつて市庁舎の地下駐車場だった。ここを要塞化している可能性もある』
『街攻めという名の攻城戦をしながら、そのまた攻城戦をやる、ということですか』
はぇー、と間抜けな感嘆を漏らすブラッドにデュークが苦笑いをこぼした。
『そういうことだ。少しは賢くなったかブラッド』
『それは余計です少佐。俺はもともと賢いんです』
『馬鹿が馬鹿言うと本当に馬鹿になるぞ』
ブラッドの言語の体を為していない抗議に一瞬だけ隊が和んだ。その中で、先ほどのヨーク機が建造物から機体を乗り出して、大通りを覗き込む。
『―変だ』
『ヨーク、何がだよ?』
ブラッドの問いに、ヨークは機体をさらに前進させた。
『さっきまでいた敵部隊が通りにいない。砲声が止んだ』
『いかん!!』
デュークの絶叫が聴こえた。
『静かす―』ヨークの呟きに、デュークの声が重なる。
『戻れッ、ヨーク!』
ドン、と凄まじい轟音に次いで、ヘルメットに仕込まれたイヤホンから耳障りな途絶音が響いた。
「な、っ!?」
通りに飛び出したヨーク機の上半身が吹き飛んだ。道路の上に、グラスレーヴェンの腰から下だけが直立している。
「ヨーク!?」
機体の下半身が仰向けにひっくり返り、道路に倒れた。
間髪置かず、腰部にある噴進装置から火の手が上がる。炎は推進剤に回り、そして大きな爆発を起こした。
『ヨーク!!』
ブラッドの絶叫が響いた。直後、ヨークの飛び出した路地で、今までとは比べ物にならないほどの弾雨が吹き荒れ始めた。真昼の路地に紅い飛燕が壁となり、光の尾を引いて飛んでいく。曳光弾だ。
「な、なん、だ、今のは!?」
『くそったれ……!』
向かいのブロックにいた別部隊のグラスレーヴェンが、さらに路地に飛び出した。弾雨に撃たれた機体の上半身が醜く歪み、銃の構えが瞬く間に崩れた。
「駄目だ、下がれ!!」
絶叫した、が、間に合わなかった。腰に弾幕を受けたグラスレーヴェンが真っ二つに引き裂かれて沈黙する。
『戦艦などに積んである対空機関砲だな。あれを喰らったらグラスレーヴェンだってもたないぞ』
「仇を―」
キルギバート機がビル群から身を乗り出そうと足を踏み出す。その機の肩をデューク機が引き掴んだ。
『焦るな、キルギバート。俺達の役目は市庁舎を落とすことだ』
「ヨークがやられたんですよ!」
短い沈黙の後、返ってきたデュークの声に、キルギバートは言葉を飲み込んだ。
『わかっている』
デュークにとって隊員は己が教官だった時代から育てた教え子だ。それを殺された。その心中はキルギバートの想像などきっと及ばないはずだ。
『それでも、俺は士官だ。やられた人間のことより、今生きている人間をどうやらせないか考えなきゃならん。キルギバート、お前は何だ?』
長々と考えるものでもなかった。自分はモルト軍人であり、士官だ。士官としての考えに則り、時には情を排し、現実に従わなければならない。死んだ人間のため、敵に報復を叫ぶのは兵に出来ることだが、自分がすべきことではない。
「……すみません、隊長」
『わかればいい。あのくそったれな弾幕の親玉をやるぞ。ヨークが記録していた頭部カメラの映像を出す』
ヨーク機が最後に見ていた景色が全隊員に共有される。機体がビルから顔を出し、通りを睨んだ瞬間。市庁舎までの直進通りに点在していた建物や道路標識が吹き飛ぶところまでが映し出されていた。この後の映像は記録されていなかった。
つまり、直後に被弾し、ヨークは死んだ。
『なるほど』
デュークの歯ぎしりが聴こえた。
『キルギバート。弾の出所は市庁舎だ』
「どういうことですか?」
『この通り自体がでかい砲身になっているってことだ。丘の近くに馬鹿でかい大砲を置いていて、遮蔽物となる建築物ごとヨークをぶち抜いた』
デュークは街の地図を映し出した。ヨークが立っていた路地、弾が飛来した方向を直線で結ぶ。
『―やはりな。見ろ』
果たして、射線は市庁舎に繋がった。
『これで決まりだ。キルギバート。分隊を組むぞ。迂回して市庁舎を目指せ』
「了解しました」
『どうやら他の大通りでも同じことになっているらしい。急いでここを抜けるぞ』
是非もない。この路地を抜けない限り、モルトランツを手に入れることはできない。友軍兵士を救わなければならないのだ。
「少佐」
『なんだ?』
「モルティ・ファルクロウの起動許可を―」
『馬鹿なことを言うな』
モルティ・ファルクロウはグラスレーヴェンの真の性能を発揮するための安全装置のようなもので、いざと言う時の切り札だ。さすがに切り抜けるために使うことは賢明ではないのだろう、と、キルギバートは黙りこくった。
『今使わずしていつ使う!』
「少佐―」
『行け、お前に任せる』
キルギバートは頷き、深く息を吸い込んだ。拳を鳴らし、腕に電流が走る。緑色の光が腕に回路の複雑な模様を浮かび上がらせる。
「モルティ・ファルクロウ、起動。機動補足」
―友を救え 我が戦友。汝に 軍神の加護あれ
刹那、グラスレーヴェンの背部から光の奔流が迸った。
『行け、キルギバート』
デューク機がヴェルティアを引き抜いた。
『キルギバート機を援護しろ。砲火をこちらに引き付ける!』
デューク機が目の前のビルに向けてヴェルティアを振り抜いた。白刃が構造物にめり込み、そのまま
ビルが横倒しになり、濛々と埃煙が噴き上がった。大通りを横切るように倒れたビルを障壁にして、デューク機を初めとする八機がディーゼを構える。機関砲がビルと瓦礫に突き刺さり、周囲で火炎が沸き起こった。
その噴煙の中から、鋼鉄の騎士が飛び出す。
「跳躍」
轟音をあげてグラスレーヴェンが空へと浮かび上がった。ビルが下へと流れ、そして目の前に青空が広がった。
その目の前で、ループを描くような飛行機雲が、空にさっと白線を描く。
『敵機が来るぞ!』
「―!」
飛行機雲の根元から、二機。三角形の機影をしたウィレ軍攻撃機だ。
グラスレーヴェンの上昇を待ち受けたかのように、低空からウィレ軍攻撃機がまるで隼のように迫っている。キルギバートはディーゼを構える。が、この空中では相手の方が速い。
「プロンプトを―」
駄目だ、距離を詰められる。最初の攻撃を受ける覚悟を決めたその時だった。目の前で敵機が粉々に砕け、爆発した。
「クロス、ブラッド!?」
『一人で戦うおつもりですか?』
『ヨークの仇は、俺が残らず叩き壊してやる』
そうだ。後ろには戦友がいる。前へ進むのも、戦友を助けるためだ。
「ああ。一緒に進むぞ」
ビルの屋上を踏む。天井が砕け、足がめり込むが、機体が沈む前に次のビルへと機を跳躍させる。眼下に街を見下ろし、市庁舎のある中心部を目指す。
市庁舎まで距離にして二跳躍半。
「見えた!」
大通りが八方に広がる、その中心に丘が見えた。夥しい数の戦車、そして無人機がひしめく中に、それはあった。
『あれは……!』
『
四角い檻のような構造物から、八角形の長大な砲身が伸びている。それが市庁舎の側面と表裏口のある路地、四方に伸びている。丘の傾斜には筒形の機関砲が無数に配置されている。
その機関砲が、こちらを向いた。
「クロス、ブラッド、撃て!」
クロス機、ブラッド機がひときわ高く跳躍した。機関砲は熱源を頼りに索敵を行っているらしく、太陽を背にした二機に、一瞬だけ機関砲の照準が狂う。
その二機が、背中に背負ったホルドカノックを発砲する。白煙を引いた噴進弾が市庁舎のある丘に伸びる。
はたして機関砲はすぐに反応した。元々は自艦に向けられた誘導弾などを迎撃するために造られたものだ。噴進弾など、彼らにとって恐れるものではない。
彼らは責務を果たした。噴進弾はビルの高さほどの上空で撃ち落とされ、巨大な火の華を生み出す。
役目を果たした機関砲が沈黙する。
その次の瞬間、炎の中から、グラスレーヴェンが現れた。
「行けぇッ!」
三機のグラスレーヴェンの足が、丘に、正確には丘に座している機関砲にめり込んだ。踏みつぶされた機関砲が派手な炎を上げ、花火のように爆発する。引火した機銃弾が暴れ狂い、曳光弾が空にはじけ飛んで火の玉を作った。
無人機が振り向いた。彼らに感情はない。それでも、背後に回り込んだキルギバートらに対して―理解できぬ―と、明らかに動揺したような挙動で機関銃を向ける。
「邪魔だ!」
プロンプトを発砲し、吹き飛ばす。そのままヴェルティアを抜き、逆手に持った。デュークらのいる路地に向いているレールガンの砲架に向かって、投げた。
空気を裂いて唸り飛んだ白刃がレールガンに突き刺さった。次発を装填していたレールガンが断末魔の青白い稲光を発して、沈黙した。
「一つ目!」
レールガンに突き刺さったヴェルティアの柄に手をかけ、白刃を引き抜く。刃こぼれひとつしていない長剣を構えて、キルギバートは呟いた。
「あと、三つ!」
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