第4話 モルトランツ市街戦-2-
『各機、聴け。攻撃開始まで5分となった。機を前進させよ』
デューク少佐の声を受けて、機を前進させる。
キルギバートの後ろにはブラッド機とクロス機が続いている。
キルギバート分隊の役目は都市の東部にある環状道路から都市部に侵入し、市庁舎までまっすぐ西進する。モルトランツを包囲する他の部隊と合流して、市街にこもる敵を袋叩きにするのだ。
『敵部隊を確認。多数の戦闘車両、無人機です。すごい、蜘蛛みたいな無人機だ』
『お前、この
クロスの感想に呆れかえるブラッドの声は、心なしか硬い。市街地に引きこもっていた防衛部隊が最後の抵抗のために郊外へと溢れ出てきている。
『師団本部より各機、本方面の敵戦力は膨大。注意せよ』
キルギバートは手元のコンソールを操作して本部へと通信を繋いだ。
「こちら2番……第二分隊長機より本部へ、東の第二ブロック前、5カンメルの位置にある。敵無人機と装甲車部隊の規模を教えていただきたい」
『キルギバート機。先鋒だけで一個大隊規模だ』
「了解」
通信を切り、そろりと息を吐いた。先鋒部隊だけで一個大隊規模とすれば都市部に展開している戦力も含めば一個旅団(※)か一個師団(※)にはなる。あれと激突するのだ。
『無人機、数を増やしています』
『ウィレの奴ら、持ってるやつを全部投入するつもりかよ……!』
ぞろぞろと、自動車ほどの大きさの四足無人機がモーターの唸り声を上げて現れる。それらはちょうど蜘蛛の口にあたる部分に回転式の機関砲がついていて、胴体にも何やら鋼鉄の箱を背負っている。擲弾発射機だ。人が乗っていない兵器にも関わらず、その無人機から溢れるような殺気を感じる。
息が苦しくなる。酸素は十分なはずなのに、喉の奥に鉛を流し込まれたかのように、呼吸が思うようにならない。
「―、デューク少佐、位置につきました」
『いいぞキルギバート。時間通りだ。何が見える?』
キルギバートは機体の頭部カメラから送られる映像を凝視した。高層建造物の密林の合間に、無人機やら、ウィレの兵士がひしめき合っている。
「都市高速道路に、それと高層ビル群です。都市高速付近に夥しい数の敵―」
その刹那、光が見えた。それが発砲炎だと気付くまでに数瞬を要した。
ガン、と凄まじい音がして機体が揺れる。被弾したと気付くまでに、今度は時間はかからなかった。雨が窓を叩くような音をいくらかひどくした音が鼓膜を刺し始める。
「敵部隊発砲! 繰り返す、敵部隊発砲!」
『キルギバート、都市の敵が仕掛けたんだな』
「こちらはまだ撃っていません!」
くそったれ、時間通りだな。とデュークの声が聴こえた。時計の時刻は攻撃開始予定時刻を指している。つまり、都市部のウィレ軍が先に仕掛けた。打って出てくる、ということだ。
敵戦車、自走砲の大口径砲がこちらを狙い、火を噴いた。グラスレーヴェンの操縦桿を右に左に操り、機体を跳躍させて回避する。足元の地面が砕け、濛々と土煙が上がった。
さすがに主砲弾を喰らうことだけは避けたいな、と、キルギバートは汗を拭った。
「敵部隊、猛烈に撃って来ます」
『こっちもそうなりつつある。全機、突入を開始せよ。勢いづかせるな。捻り潰―』
デュークの声が途絶える。不吉な予感が胸をよぎった。
それでも、キルギバートは前進していた。無人機が次々に繰り出てくる。数を何十、何百と増やし続ける。無人機は同じ動き、同じコースをたどり、列を成してそろそろと地面を耕しながら進んでくる。まるで虫の群れだ。
『うわっ、気持ち悪っ』
『やっとすごい以外の感想が出てきたな』
クロスとブラッドの両機がたじろいだように前進を止める。
「無駄口叩くなブラッド! クロス、効力射!」
先に喋ったのはクロスだろ、と抗議の声が聴こえた気がしたが、無視した。いや、それどころではなかった。クロス機が腰部に止めていた鋼鉄の筒を取り出した。機体の全長の半分ほどもあるそれを、腰の横で構える。
ホルドカノック―無反動砲―と至極簡素な名前を付けられたそれが、火を噴いた。人の体ほどもある巨大な噴進弾が砲身から飛び出し、加速し、容赦なく地面を這う敵の群れのど真ん中に突き刺さった。
閃光、爆発、炎と猛煙が周囲を総なめにする。砕け散ってバラバラに吹き飛ぶか、爆風で姿を保ったまま宙高く吹き飛ぶ無人機が複数確認できた。遅れて、無人機の手足やら破片やらがばらばらと降ってくる。
それでも無人機の勢いは止まらない。まるで巣から飛び出す蜂のように無人機は後から絶えず湧いて出てくる。
『こちらブラッド機。少尉、肩の機関砲とヴェルティアとクロスの砲だけじゃ潰しきれないっすよ!』
ブラッドの切羽詰まった声に、キルギバートは頷いた。
「ディーゼの使用を許可する」
キルギバート機の腕が、右腰にマウントされた鋼鉄の塊を掴んで引き出す。細長い箱のようなそれを機体の右腕で保持する。
「兵装、使用許可。対象、グラスレーヴェン用対装甲兵器機関砲―
鋼鉄の箱の下から、ストックが飛び出し、上部から砲身が突き出した。グラスレーヴェン用の小銃だ。腰部装甲の後ろからさらに小さな鋼鉄の箱を、銃の下部に装着する。ゴン、と鈍い音が鳴った。
『弾種榴弾、装填完了!』
「撃て!」
その瞬間、砲声が立て続けに轟き、グラスレーヴェンの持つ小銃が暴れ回った。砲口から矢継ぎ早に撃ち出される砲弾が地面を鞭のように叩き、引き裂いていく。弾は列を成して地面に襲い掛かり、無人機の進む隊列をなぞるように穿ちながら吹き飛ばした。榴弾で粉々に破砕された無人機の姿を見てたじろいだ戦闘車両が市街地へと後退しようとする。
「弾種、徹甲弾―」
自走砲らしき車両が建造物の陰に隠れ、建物と重なる。
「それで、隠れたつもりか!」
引き金を引いた。音の速さを優に超えて撃ち出された徹甲弾は、ビルを貫いて後ろにいた自走砲を吹き飛ばした。車両の弾薬庫に誘爆したのか、猛烈な火炎を噴き上げて沈黙したかと思うと、数秒後には花火のような爆発をあげた。
怒り狂った戦闘車両部隊と歩兵部隊が、市街地から猛烈な返礼を浴びせてくる。強烈な弾幕の中に機体を立たせつつ、キルギバートは後ろを振り返った。
「ブラッド、クロス、煙幕を使うぞ」
『『了解』』
機体の足に取り付けたドラム缶のようなものを取り出し、それを建物に向けて思い切り投げる。
空中で放物線を描きながら、それらは市街地に近付くと空中で破裂音を立て、炸裂した。灰白色の煙が周囲に撒き散らされる。
「煙が充満するまで待て」
やがて、弾幕も煙に隠れて見えなくなる。
「突撃用意」
機を、全力で走らせ、煙の中へと突っ込ませる。
キルギバートは一ブロック向こうで戦っているであろう隊長のデューク機の姿を探した。当然、この煙で見つかるわけがない。
砲声が煙の向こうで轟く。
白い煙幕の中にいるのは己一人。
もしかすると、自分を除いて全て、あの機関砲に撃墜されているかもしれない。
恐怖がキルギバートの心を捕える。だが、立ち止まっている暇はない。この街の外に残るのは傷つき死んだ者だけだ。そして、これから死ぬ者も。キルギバートは声を励まして叫ぶ。
「いいか。煙の中でも常に動き回れ。とにかく絶対に止まるなよ!」
ビル風に一瞬、煙幕が晴れた。ブラッド機が右方に見えた。ディーゼを連射しながら突っ込んでいる。敵の弾幕が機の周囲を掠め飛んでいくが、彼は動じていない。
「全機突入ッ!」
一斉に煙幕の中を突っ込んでいく。キルギバートも熱源探知のセンサーを起動させると、前の見えない煙幕の中に突っ込んでいく。
その煙幕の中から、四本の腕を伸ばして無人機が飛びかかってきた。
「ちっ!」
ヴェルティアを抜き打ちに横に払い、斬り飛ばした。擲弾発射機を両断し、爆発が機体を揺らす。その炎の中から、さらに無人機が取り付く。細い四本の腕を起用に絡ませ、グラスレーヴェンの胸部、右腕、両足にへばりつく。
「邪魔だッ!」
腕を振り抜いて右腕に貼りついた無人機を振りほどいた。宙高く引き剥がされて空を舞う無人機を左腕で殴り飛ばした。あっけなく、その胴体が左腕に打ち貫かれる。右足に取り付いた無人機が機関砲を撃ち上げてくるが、装甲でそれを弾きながら、ヴェルティアで頭から胴体まで刺した。胸部に残っている無人機は肩口の機関砲で粉々に吹き飛ばす。
「全機―」
左足に貼りついた無人機を、ディーゼの弾が一発で粉砕した。
機体の頭部を持ち上げる。いつの間にか、分隊は市街地への侵入を果たしていた。
「このまま進むぞ」
(※)旅団・・・軍の部隊単位。「師団」の下。兵員は大体5,000名。戦術で動く部隊としては最大規模。作戦において参謀部のえらい人たちが広げている地図の上で勘定される部隊は大体ここから。師団を動きやすくコンパクトにしたもの。
(※)師団・・・軍の部隊単位。「軍団」の下。補給、支援、戦闘の全般的な機能を備えている。長期間にわたって独立した行動が可能。兵員は旅団以上の規模から最大で20,000名ほど。
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