第3話 モルトランツ市街戦-1-


 1月1日午後。冬の空を照らす恒星フロイムの光は、早々と傾き始めている。


 西大陸、モルトランツ郊外では、駐機したグラスレーヴェンが整列し、戦いを待っている。機体の足元では身体をぴったりと覆った特殊樹脂膜製のパイロットスーツに身を包んだ兵士たちが小休止を取っている。


「ブラッドさん、停戦、ですって?」


 長く艶のある黒髪に、吸い込まれるような藍色の瞳。モルト軍、グラスレーヴェンのパイロット、クロス・ラジスタ准尉は隣にいる金髪の僚友に声を掛けた。


「おうよクロス」


 色素の薄い金髪を短く切り揃えた青年―ブラッド・ヘッシュ准尉も赤い瞳をクロスに向けた。


「あと一押しでモルトランツを攻略できるからってんで、お偉いさんが"降伏か否か!"って殴りこんでるらしい」

「また、お上は見栄を張るのが好きですねぇ」


 その傍で、轟音と地響きを立てながらグラスレーヴェンが歩いて来たかと思うとかがみ込んだ。胸部のコクピットハッチが開き、中にいた搭乗員がハッチから身を乗り出した。


「クロス、ブラッド。こんな所にいたのか?」搭乗員が、頭全体を覆い隠す鉄面兜フルヘルムのようなヘルメットに手をかける。

「キルギバート少尉」ブラッドとクロスは、目の前の"分隊長"に対して肘を曲げて敬礼を送った。


 銀髪碧眼の青年、キルギバートは機上から敬礼を返した。さっと風が吹き、硬い銀の髪を風が撫でて行った。


「お前たちも聴いたな。停戦交渉中だ」

「まどろっこしいっすね」


 キルギバートの言葉に、ブラッドが口をとがらせる。


「殴りこんでねじ伏せれば終わりじゃないっすか。ウィレの兵器なんて屁でもなかったでしょう?」

「よく言うな。敵が早々に引っ込んだからよかったが、あれだけ数が多いと厄介だ」


 初戦から、ぞっとするような戦いだったとキルギバートは振り返った。敵の無人機も、戦闘車両もその火力でグラスレーヴェンの装甲を撃ち抜くことはできなかった。だが、どれほど薙ぎ払ってものように湧いて来るのだ。


「それに市街戦になれば市民に犠牲が出る」

「あれ? 少尉は、ウィレ人が大嫌いなのでは―?」

「ブラッドさん!」


 聞き咎めてブラッドの口を塞ぐクロスをしげしげと眺めながら、キルギバートは頷いた。


「……嫌いだとも。大嫌いだ」


 クロスはそれ以上を聞こうとはしなかった。目の前にいる上司であり、僚友であり、軍学校の同期であるキルギバートが2年前の"209便事件"で両親を亡くしたことは、その当時から知っている。全て見ていた。


「だが、西大陸の市民は元は旧モルト国に属していたモルト系市民だ。できるなら、先祖が同じ人たちを巻き込みたくない」

「そういうもんですかね。それこそ、ウィレ軍の狙いなんじゃないですか? 市民を盾にして、入ってくるなら巻き添えにしちまうぞー。ってやつ」

「であれば―」


 キルギバートはグローブに覆われた右手を、左掌に打ち付けた。 


「街にいる敵はだ」


 静かな声は、思ったよりも冷え冷えと響いた。

 クロスとブラッドは、背を正した。キルギバートは切り替えるように首を振って、僅かに笑みを浮かべた。


「休んだら、機体に戻るんだぞ!」

「少尉もどこかで休んでくださいよ!」


 キルギバートは二人に手を振り、コクピットハッチを閉める。すぐに彼の上官の顔がコクピットモニターに現れた。ヘルメットに覆われた顔だけが出ているが、中年を過ぎた分厚い男の顔が、画面に映っている。


『キルギバート、伝達の時間は忘れてなかったようだな』

「はい、デューク少佐」

『間もなくグレーデン少将から説明がある。そのまま待機しろ』

「了解しました」


 はかったように、司令部からの通信が入る。


『全員、聴け』


 コクピットの通信画面に壮年の男の顔が映る。灰色髪の壮年の男で、その襟元には将官を示す三日月、一つ星、長剣の階級章が取り付けられていた。ヨハネス・クラウス・グレーデン少将。キルギバートらが所属する旅団の司令官を務めている。


『決裂だ。モルトランツ総攻撃の命が下された』


 総攻撃、という言葉に、キルギバートは唾を呑んだ。


『市街戦を長引かせれば、守る敵が有利になる。今夜中にモルトランツを落とす』


 ここからが、本当の戦争だ。

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