第6話 撃たせる責任
キルギバート機は緩やかに空中へと乗り出し、足から"飛び降りた"。
「―!」
やがて下になっていた足が後ろへと浮き上がった。機は胸部コクピットを下にして斜めに空中を降下していく。
『降下、降下』
声が追いかけるようにかかる。後ろを見るゆとりはない。
『警告、
眼下から白く尾を引いた何かが迫ってくる。あれだ。
キルギバートは右手の指を鳴らした。パイロットスーツに包まれた肘から右手の先が淡く光を放った。
「ディーゼ、プロンプト起動。迎撃開始」
キルギバートが愛機に命じるかのように声を発する。間髪入れず、機体の手が腰にマウントした機関銃を取り出し、撃ち始める。全て自動だ。
足元で爆発が起こり、その爆炎の中に突っ込む。炎の中にいるというのに、視界が暗闇になり、そしてまた青空へと飛び出す。
「こちらの技術だって絶えず進歩している!」
今度は腰部に取り付けた円筒形の物体を放り投げる。手から離れた円筒は急に空中で回転を始めると、さらに分裂して空中で青白い光を放った。こちらに向かっていたミサイルが急に噴進を止め、そのまま地面に向かって落下を始める。
『大尉、今のは?』クロスから通信が入る。背後ではブラッドが奇声をあげ、カウスが悲鳴を上げていた。
「ウィレから分捕った弾道弾用の妨害装置を小型化したものだ。今は俺しか装備していないが、そのうちお前たちにも行き渡るようになる」
『アルスト機関の新兵器ですか。さすが、モルトの大砲屋は優秀ですね』
「あまり喋りすぎるなよ。舌を噛むぞ」
落ちていくミサイルを凝視する。落下速度はグラスレーヴェンの方が上回る。このままでは空中かつ至近距離で暴発しかねない。キルギバート機が白刃-ヴェルティア-を抜いた。
そのまま、空中で弾頭を真っ二つに切って捨てた。空気抵抗に従って、二分割された鉄の筒がバラバラに上へと飛び過ぎていく。
「……次だ」
地面が見る見るうちに迫ってくる。突然、機体を横殴りの振動が襲った。対空砲だ。
『どうします!』
「砲弾は切れん! クロス、あれを使え!」
『今使うんですか?』
「地上で使ったらどうなるかわからん。使うなら今だ」
クロス機が腰に装備していた無反動砲を取り出し、地面に向けて撃った。雷のような砲声が轟き、クロス機が制御を失い、空中でやや揺れ動いた。
しかし誘導弾であればウィレ・ティルヴィア軍にも迎撃は可能だ。瞬く間に光の鞭のような迎撃機銃が殺到し、弾頭を捉える。
その瞬間、眼下でガラス球のような光が膨れ上がり、そして透明な球体となって地面を押し潰した。誘爆の絨毯が地面に広がっていく。
「―これは……」キルギバートが息を飲み―。
『すっげぇな……』ブラッドが呻いた。
「クロス。これは技術部に報告が必要だ」
機を襲う対空砲火は目に見えて減っていた。
『窒素弾か。こういうまで出てくるとは、好きになれないね』
「言うなブラッド。
『でも、今のでどれだけの人や動植物が死んだんでしょうね……』クロスの声は重たい。そうだ、この男はウィレの自然を愛している。撃たせるべきではなかったかもしれない、とキルギバートは悔いた。
「だがクロス―」
『わかっています。今は人間でいるより、軍人でいなきゃいけない』
「すまんな。撃たせる責任は俺が持つ」
ドン、とキルギバート機の腰部近くで次の砲弾が炸裂した。そして真下から吹き荒れる"鉄の雨"は、地上の兵士たちがキルギバート機を指揮官と認識してさらに激しさを増した。
「クロス―」
キルギバート機が、まるで死神のように地上を指差した。
「敵特火点、二射目だ」
クロスは迷わず引き金を引いた。そして、地上に新たなクレーターが生まれる。
「二機戦より司令部、二機戦より司令部。敵対空砲火沈黙。降下ポイントを確保。高度を下げられたし」
『二機戦へヴァンリル。了解した。貴隊はそのまま降下し、着地後は一戦隊と合流せよ』
長々しい指示の間に、もはや地面までは数十秒の間隔となっていた。キルギバートは腰部、脚部スラスターの噴射をかけて減速しながら、今度は肩にあるバックパックを起動させた。
「―!」
がくん、と機体が揺れる。次いで首根っこを掴まれて引っ張り上げられるような感覚が襲い掛かった。
空にパラシュートの花が開き、そのパラシュートに取り付けられたスラスターがさらに機体を減速させる。
ふわり、と、鋼鉄の巨体に似つかわしくない柔らかさでグラスレーヴェンが地上に降り立った。
「キルギバート機、降下完了」
地上に目を向ける。すでに燃える地面は死と破壊が充満する地獄と化していた。だが、その中でも一握り、たった一握りの生き残ったウィレ兵たちがこちらを絶望しきった表情で見つめている。機体の目と、人間の目が合った。
「降伏しろ」
キルギバート機が、巨大な砲口を兵士に向ける。だが、兵士たちは両手を上げなかった。歯を剥いて持てる火器を掲げて、キルギバート機に何かを叫んだ。
「勝てないと、なぜわからない!」
機体の肩―まだパラシュートを切り離していない―に敵の対戦車ランチャーの砲弾が突き刺さる。
だが、たった一発のそんなものが何になるというのだろう。無傷のグラスレーヴェンがディーゼを持ち上げ、構えた。
「馬鹿どもが―ッ!」
地面を食い尽くす砲弾の群れが、巨大な火柱の列を上げ、立ち向かう兵士を文字通り吹き消した。
そうして、夢に見た火と灰の山を築き上げていく。
一時間も経たず、夢に見た景色は現実のものとなった。
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