第22話 白鷹と戦乙女
シレン・ヴァンデ・ラシンは砂浜を睨んだ。
ウィレ・ティルヴィア軍の大部隊上陸を許した。戦機を失った。
「御屋形様ッ」近習たちも敵波の前に刃を脇に構えた。
「私の咎だ。最早言うべきことは何もない」
「このままでは、包囲されます! ここはお退きを!」
「ならんッ、グレーデン閣下が南部での反攻を成功させるまでは――」
そこへ一機のプフェナが飛来した。モルト兵の斥候だ。
『報告します。ホーホゼにてグレーデン閣下率いる機甲軍団とウィレ・ティルヴィア北方州軍が激突。夜戦となり、午後十時までにグレーデン軍団は後退中の由!』
報告に対してシレンは呆然と腰を浮かせた。
「なん、だと――」
『敵軍は新兵器を投入。物量差もあり、圧倒的不利としてグレーデン閣下は、軍団に深刻な打撃を受ける前にモルトランツへ向けて後退を開始しました!』
シレンは切歯した。ぎりぎりと歯を噛み、敵陣を睨み据える。
「御屋形様、お退きを!」
「ならん。閣下が後退されるとあれば、少なくとも時間だけは稼がねばなるまい。西を抜けられれば、閣下はわき腹を突かれる羽目になる。そうなれば、ここまで温存してきた戦力を全て失い、我らはモルトランツを無抵抗に失うこととなろう。モルトの武威は地に落ちる……そうであってはならぬ!」
「ならば――」
「夜通し戦い抜くまで! 朝までは退き口相成らぬ!」
近習たちが応の声を挙げて四方へ散開する。
シレンも敵陣へと機体を乗り入れた。アーミーは次々に白い機体目がけて殺到する。この夜陰に、白く塗装されたグラスレーヴェンはあまりに目立ち過ぎた。
だが、シレンの機体は飛行型のジャンツェンであり、虚空を縦横無尽に舞い、飛びかかる者がいれば空へと舞い上がってやり過ごしては機の首を打った。撃ちながら掛かってくるものがいれば、その目を潰してから操縦席をへし斬った。
どれほどそうして戦っていたかわからない。およそ数時間、ようやくシレンは機体を地に落ちつけた。砂浜に刃を突き立てる。敵の波は全く途絶えず、シレンもついに息が上がった。
「ここで果てるか――」
「御屋形様、お退きを――!」
「ならぬ、まだ……ッ!」
シレンは刃を引き抜いた。そこで、前を見た。
夜の闇の中に白く輝くものがある。目を凝らした。それはウィレ・ティルヴィア陸軍、公都シュトラウスの部隊を示す、白い百合の紋章が描かれた軍旗だった。アーミーの肩口に、その軍旗が翻っている。それを仰ぐウィレ軍兵士たちは恐れも知らず、シレンや、僚機に向かって突っ込んでくる。
「……、ッ!?」
その肩口に留まる人影を見て、シレンは息を呑んだ。亜麻色の髪を翻し、先陣に立つのはシレンが最もよく知る女だった。いや、ただの女ではない。戦乙女だ。踏み躙られ、それでも可憐に咲き誇った"公都の華"が鋼鉄の怪物の肩先で咆哮をあげている。
――前へェーッ!!
「おおおおおぉぉーッ!」
シレンは叫んだ。迸る激情に駆られた。負けてはならないと思った。退いてはならないと思った。口を大きく開き、目を怒らせて「前進」と咆哮しようとした。だが――。
「は……ッ!」
声が出なかった。ふたりの兄を失ってから、休みなく、相次いだ連戦と、夜通しの戦闘で、意思に対し身体がついて来なくなっている。
「声、が、声さえ、声さえ出ぬか……っ!! ふふふ……っ、見事!!」
シレンは刃を下ろした。僚友、近習たちが周りに集う。潮時を察したのだろう。
「御屋形様……」
「退くぞ。一刻も稼げば、グレーデン閣下が退かれるに充分だ」
「御意」
意を承った近習たちの機がグラスレーヴェン隊を取りまとめるべく、戦場の各地へと散って行く。シレンは刃を収めた。そして敵陣を見つめた。鋼鉄の怪物の上に立つ、戦乙女と瞬間、目が合った。
シレンは微笑んだ。
「
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