第6話 約定

 呼集が終わって後、ベルクトハーツ司令部の構築は恐るべき速さで進んだ。

 ラシン家近習の働きは目覚ましく、戦闘員であるにも関わらず即席の幕僚団(……司令部において作戦を統括する頭脳集団)を結成し、乱れかかっていた戦線をすぐにまとめ上げた。


「キルギバート大尉!」


 ブラッド、クロス、カウスといった普段の面子と合流し、解散しかかっていた銀髪碧眼の青年を呼び止めたのは、シレン・ラシンだった。


「長兄……いや、オルク・ラシン大佐が貴官をお呼びだ」

「私を?」

「そうだ。早く行け」


 促されたキルギバートは会議室の端に目を向けた。大佐の制服を着た、長身の男はすでにこちらを向いていて、見つめられるだけでも喉首が絞まるように緊張した。


「ウルウェ・ウォルト・キルギバート大尉、参集しました」


 距離にして数歩。律儀に名乗ったキルギバートは踵を合わせる。背後では覗き込もうとするブラッドとクロスがシレン・ラシンに追い立てられていた。カウスは、追い立てられる前に逃げ出している。


「久しいな、キルギバート大尉。無事で何よりだ」

「ノストハウザンではお助けくださりありがとうございました。命拾いして今日まで生きていられるのも、大佐のおかげです」

「おいおい、俺の事を忘れてるんじゃないのか?」


 ライヴェが横から首を突っ込み、キルギバートはぎくりと身を竦ませた。


「む、無論、ライヴェ・ラシン中佐にも感謝しております……!」

「よーし、よし、わかりゃいい」


 ばしばしとキルギバートの肩を叩くライヴェに、オルクは少しだけ眉根を寄せた。


「馴れ馴れしいぞライヴェ。ラシン家の男子の振る舞いではない」

「硬いなぁ長兄上は。そう思わないか大尉?」

「い、いえ、そのような……」


 オルクは肩を竦めた。


「あまり大尉を困らせるな。……キルギバート大尉、貴官に伝えたいことがある」

「私に、でありますか?」

「貴官の原隊……グレーデン師団の行方についてだ」


 言葉に、キルギバートの目が丸く見開かれた。


「彼らは無事だ。先々週まで、我らと行動を共にしていた」

「……よかった」


 言葉の終わりを待たず、キルギバートの肩が震えていた。


「よかった……!」

「……泣いている暇はない。大尉。彼らは西大陸へ向かっている」

「西、大陸へ?」


 オルクは頷き、続きを語る。

 グレーデン中将以下、師団の生き残り3万名は北方州での攻勢が失敗に終わるとウィレ・ティルヴィア軍の追撃を交わしながらノストハウザンの戦いで主戦場の一つとなったマールベルン東部をかすめ、そのまま東大陸北部の"氷海"で水軍と合流した。


「その後、西大陸へ向かったそうだが……大陸間の通信が断たれている為に、その後の安否はわからぬ。だがグレーデン中将のこと。必ず無事に西大陸へ到るはずだ」

「はい……、はい。私もそう信じます」


 キルギバートは突然、オルク・ラシンに深々と頭を下げた。


「どうした大尉」

「ありがとうございます、大佐。グレーデン中将と師団の安否を確かめられた今、これで私も安心して戦えます。最後まで―」


 最後まで、と繰り返すキルギバートに対してオルクは歩み寄った。


「殿軍はならぬ、大尉。貴官は明日、シャトルで西大陸へ脱出せよ」

「大佐!?」

「この戦場は我らが引き受ける。元より東大陸の戦線を任されていた身。撤退戦の責は我らが負うべきだ」

「しかし―」

「グレーデン中将から託されたのだ。もしも貴官らに会う事があれば、どうか導いてやってほしいとな。これは私と中将の約定であり、命令だ」


 キルギバートは涙をこらえて黙り込んだ。ここで抗弁すれば、不服従であるだけではなく、未だに生存を信じているグレーデンら戦友の思いに背くことになる。


「命令だ、大尉。明朝、発つのだぞ。よいな」

「……承知、致しました」


 キルギバートは何度も袖で涙を拭った。その肩を励ますようにライヴェが叩き、オルクは静かに頷いた。


 刹那、警報音が鳴り響いた。


『敵襲! 本港より全方角、それぞれ50カンメルより敵部隊が進軍中!』


 ラシン家の三兄弟は顔を見合わせた。オルクの顔に、薄く、僅かに笑みが乗った。


「一つ、目にものを見せてやるか」


 オルクの言葉にキルギバートも顔を上げ、頷いた。


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