第31話 ベルクトハーツ決戦-ラインアット対"白鷹"-
ボン、と凄まじい音がした。ジャンツェン背部の推進ユニットが噴火的な勢いで炎を上げる。機体は空高くへと上昇し、塩粒ほどの大きさになってしまう。ジストは煙草を吹き捨て、足でにじり消した。
「カザト、準備しろォ!」
「はいっ」
「来るぞォッ」
バン、バン、バン、と立て続けに音が鳴る。それが空を奔り、遠雷のような音に変わった瞬間、白いジャンツェン―"白鷹"―が急降下した。すでに頭部と胸部が目一杯に見える距離だ。
「速ェッ!?」
「リックびびんじゃねぇ!!」
「いいぞゲラルツ、行けリック!」
リックとゲラルツの機が"白鷹"の真下を掻い潜るようにしてゲートへと走った。突破の気配に"白鷹"が振り返ろうと急旋回した瞬間、その鼻先を真っ赤に焼けた砲弾が引き裂くようにして飛んだ。
「ちっ!」
ファリアが舌打ちする。長砲身を脚部に乗せ、折り敷くようにして構えている。第二射を撃つ頃には、空中で宙返りした"白鷹"は突破を試みてゲートへ走るリック機に狙いを定めた。
「こっち来るんだけど!? なんで!?」
"白鷹"は既にディーゼを取り出している。振り向こうとして足を止めたリック機を突き飛ばし、ゲラルツ機が立ちはだかった。
「ゲラルツ!!」
「止まんなってオヤジが言っただろうがァ!!」
ゲラルツ機が腕部プロンプトを掃射する。曳光弾が空に放射線を描いて弾幕を張る。だが"白鷹"はその中を泳ぐように飛来し、ひとつの被弾もなくディーゼを応射しながら掠め飛ぶ。
「なんで当たらねぇんだよ……!」
「ゲラルツ、避けろ!」
リックの言葉にゲラルツは目を見開いた。ディーゼを持たぬ左手にヴェルティアが握られている。それが地面を抉り取りながら間近に迫っている。
「上等だァテメェ!」
"白鷹"の股下から左脇への切り上げに対し、ゲラルツは持っていた回転鋸を起動させると、その場で一回転した。独楽のようにスピンしたアーミーの腕から、鎖砲丸投げのように回転鋸が投げ飛ばされる。
"白鷹"が錐揉みしてかわした。そこへすかさず腕部プロンプトで攻撃を加える。
「当たった―」
空中で火花が散り、火球が膨れ上がった。
「やったァーッ!」リックが手を叩いた。
「いや、まだだ!」カザトがそこへ合わせた。
火球の中から再び白い機体が現れる。背部に取り付いていた推進剤の増槽が切り離されているだけで、機体は相変わらず無傷だ。
「バケモンかよ……!」
「知らなかったのか」とジストが低く笑った。
「俺たちが総がかりで相手している時点で化け物だ」
リックは息をつき、初めて後ろを振り返った。一進一退だが、先ほどの地点よりも前へは進んでいる。他隊のアーミーは恐々と遠巻きに見守るだけだ。無理もない。"白鷹"ただ一騎による一方的な殺戮を目の当たりにして突撃できる方がどうかしている。
ああ、なるほど。リックは初めて悟った。
「気付いたかリック」
ジストは首を鳴らした。
「そんな白鷹相手に出張ってきた俺たちもなかなかのイカレ野郎だ。わかったら、お前は馬鹿みたいに走ってあの
「ゲラルツ」とジストが呼んだ。隊の特攻番長はシレン機に投げつけ、地面に突き刺さった回転鋸を引き抜いているところだった。
「ゲラルツ、お前はリックのケツを守りながら突っ込め。奴以外のグラスレーヴェンが出て来たら追っ払え」
「あァ? 叩き殺せの間違いだろ」
「やれるか」
「オレを誰だと思ってやがんだ」
「よし任せた」
"白鷹"がゆっくりと旋回を始める。狙いを定めているところなのだろう。
「ファリア、仕切り直しだ。いいか」
「はい、隊長」
「ファリア、これを見ろ」
ジスト機が後ろ手を回した。それを見たファリア機が排莢機構を作動させて砲弾を排出した。そうして装弾に取りかかる。
「いいな、俺の示した通りに撃て」
ファリアは装填を終えることで応じた。
と、ほぼ同時に"白鷹"が緩やかなループを描いて降下を始める。ジストが目を凝らした。
「カザト、お前に来るぞ!」
「――っ!?」
カザトがひゅっと息を呑んだ。それでも慌てず、腕を上空へと突き出す。察知した"白鷹"は避けようともせず、頭を下にして急降下した。
「走れ!」
リックとゲラルツが駆け出す。ジストが機の腕を空へと上げた。
「カザト、撃て!!」
機銃弾の弾幕が撃ち上がり、それをかわした"白鷹"が錐揉みする。
「ファリア、やれ」
折り敷いていたファリア機の長砲が轟発した。撃ち出された砲弾は白い機体の真正面で炸裂し、炎幕を作り上げる。
「――気化弾頭!?」
「窒素弾には及ばないけれど、これなら……!」
「よしファリア! 次弾撃て!」
二発目に散弾を、そうして三発目に炸裂弾を撃ち放つと白鷹はたまらずに高度を上げようとして滑空に入る。その軌道にジストが割り込んだ。
「逃がすかよ」
"白鷹"が刃を抜き打ちに切って落とすのに合わせ、ジストも回転鋸を合わせた。唸りを上げた鋸刃が白刃とかち合うと同時、"白鷹"が上空へと飛び上がるべくジストの前でホバリングに入った。
「今だカザト、やれ!!」
ジスト機とカザト機が両腕を突き出した。その手首の下から、鈍色に光る何かが射出される。それは空中へと鋭い直線を引き、"白鷹"の脚部へと巻き付いた。
鋼索だ。
ジストが絞るような声で叫んだ。
「捕まえたぞ!」
"白鷹"がこの時、狼狽えるように刃を持ち上げたのをジストは見逃さなかった。ジスト機は鎖を自機の胴に巻き付けると、そのまま全速後進に入った。推力に合わぬ負荷がかかった"白鷹"が足を下にして急降下する。土埃が上がった。
今度はカザトが思わず叫んだ。
「落ちた、"白鷹"が落ちた!!」
その土埃の中で赤い光がふたつ煌めいた。
ジストの叫びはほぼ同時だった。
「カザト、離れろ!!」
轟くようなモルト語が聴こえた。
「「グラスレーヴェン」」
鎖が弾け飛び、土埃の中で銀色の光が走った。
「「汝に軍神の加護を」」
戦慄を覚えたカザトは思わず機身を捻った。
そのすぐ脇を届くはずのない斬撃が掠め飛んだ。
「……っ!?」
その圧に推されるようにして土埃が晴れる。ゆらり、と、"白鷹"が姿を現した。その両眼は深紅に光り輝いている。迸る怒りと殺意を湛えた白刃が赤い光を照り返していた。増槽を全て脱ぎ捨て、翼を生やしただけの姿となった鋼鉄の鬼神はカザトを殺そうとにじり寄っていく。
「くそったれ、まだ本気じゃなかったというわけか」
ジストはカザトと"白鷹"の間に割り込んだ。白い機体はジストの方へと首を向け、そちらに刃を向けた。
「――今しかねぇな。手ェ貸せ」
レゾブレ。その声にアーミーが雄叫びを挙げた。
「これで五分だ。覚悟はいいか"白鷹"」
グラスレーヴェンに軍神の加護があるように、アーミーには機械仕掛けの女神の加護がある。
「テメェの首、ここで刈り取ってやる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます