第32話 ベルクトハーツ決戦-戦戟の応酬-

 ゆらりと踏み出した"白鷹"が上体をもたげ、踏み出した瞬間。ジストは機を突進させて回転鋸を振るった。甲高い唸り声をあげた凶刃が傷ついた敵を両断するかと思われたその時、"白鷹"は白刃を胴の横に立てた。回転鋸を防ぐつもりなのだ。


――弾き飛ばす。


 超高速で回転する鋸刃に比べ、グラスレーヴェンのそれは頑丈ではあっても細く軽い。アーミーの重々しい機体がまるごと回転した勢いで叩き付ければ、苦もなく弾け飛ぶ――はずだった。


 ガツン、と凄まじい音がした。しかし、直後に起きるであろう金属を削る、ギャリギャリという不快な音がついてこない。


「なん、だと」


 "白鷹"は回転鋸の刃を苦も無く受け止めた。しかも、その根元に、己の刃を合わせて鋸刃の回転そのものを停止させていた。戦慄を覚えたジストはすぐに後方へと飛び退いた。その判断は正しかった。ジストがいたところ、ちょうどコクピットがある高さを"白鷹"の刃が薙ぎ払った。


「うそ……!」ファリアが鋭く、低く呻いた。

「アーミーの刃を受け止めるなんて」カザトも同じだった。


 だが、ジストは何も言わない。こいつが化け物だということは既にわかっている。

 ただ斬り結んだ。禍々しい回転鋸の重たい一撃を、"白鷹"は軽々と受け、弾き、切り返した。ただの一度も窮することなく、手に持つ機関砲を撃つこともなく、身の丈にやや届かない程度の、長い白刃をくるくると回してジスト機の斬撃を受け流す。


「……すごい」


 すぐ傍にいるカザトも、圧倒的に優位であるはずのファリアも手が出せない。これはジストと白鷹の戦いだ。割り込める余地などどこにもない。心臓の鼓動のような規則正しく乱れない拍子に従って、応酬は続いた。それが止まる時こそ、どちらかの命が潰える時だ。


 ジストは"白鷹"の足を払った。跳躍すれば軽々と避けられる一撃は、白い機体の膝を僅かに抉った。確かに抉り取った。がくりと膝を折る白い機体にジストは吼えた。


「推進剤が尽きかけてるな。もう何度も飛べないだろ」


 回転鋸を振り上げた。肩を切ろうと叩き下ろした刹那、白い機体は頭からジスト機の懐へ飛び込み、そのまま脇の下へと抜ける。その腕の白刃が差し込まれていた。


「ちっ――」


 "白鷹"は後方に抜けながら、ジスト機の左腕をもぎ取り、ジストは"白鷹"の左足を叩き斬った。両者の左腕と、左足が宙高く千切れ飛んだ。アーミーは苦悶に似た鋼鉄の吼声をあげ、グラスレーヴェンは大音響と共に膝を折った。


「とどめを――」


 その時だった。


「オヤジ、新手だ!」


 ゲラルツの言葉にジストはゲートへと振り向いた。鋼鉄の門扉を飛び越えながら、新たな白い影が雪崩のように押し寄せている。観測したファリアが敵の襲来を告げた。


「白いジャンツェン8機!」


 新たに襲来した編隊は手にした機関砲を構えると、ジストに向けて容赦なく撃ち下ろした。統制の取れた射撃の前に、ジストは残る右腕で頭部とコクピットを庇いながら後退を余儀なくされる。


「ちっ!」


 仕切り直しだ。だが、先ほどよりも分は悪い。


「リック、ゲラルツ、そっちはどうなってる」

「向こう側にはもう何も残ってない。宇宙港まで一直線だ」


 リックの声に確信する。こいつらが最後の増援だ。

 これを撃破すれば西を抜くことができる。


「よし、お前たちは宇宙港へ行け。ここは俺とカザト、ファリアでなんとかする」

「やれんのか」


 ゲラルツの言葉にジストは口の端を吊り上げた。


「心配する暇があったらぶちのめして来い」


 言葉を容れたゲラルツとリックが門扉の向こうへと消えていくのを見届け、ジストは残る片腕を軽く振った。まだ動くことを確認すると、回転鋸を持ち直す。


「片腕じゃ振り遅れるかもな」


 そのジストの前に、カザトが割り込んだ。


「大丈夫です、隊長」

「カザト」

「俺がやります」


 向き直った"白鷹"と白い編隊が一斉にこちらを向いた。





 相対するシレン・ヴァンデ・ラシンは歯噛みしていた。推進剤さえ尽きなければ、補給が行き届いてさえいれば、機の足をもがれることなどなかっただろう。推進剤が尽きれば戦闘の継続も困難となる。だが、それよりも――。


「若様」

「ヴィート、何故ここに?」

「西は我らが引き受けます。若様はお退きを」

「馬鹿を言うな! 敵を前に退くなど、ラシン家の男児としてできるか」

「もはやラシン家の男児としてではなく、軍人として大局を御覧じられませ」


 ヴィートの声は静かだが、有無を言わせない迫力がある。シレンは一つ息をつき、戦場の様子へと目を移した。


「……これは」

「おわかりになりましょう。中央で戦う兄君お二人が苦戦の由。司令部が落ちては撤退戦そのもの、ひいてはこの大陸での戦闘の帰趨に関わりましょう。シレン様はすぐにここより立ち退かれ、兄君を援護なされませ」

「お前たちは?」

「我らはここで時を稼ぎます。……これを」


 背に手を回したヴィートが、取り付けられた増槽を取り外し、シレンへと投げ渡した。


「ヴィート、お前は?」

「時を稼ぐだけの役割に、増槽など不要です。さあ、行かれませ」

「ヴィート」

「はっ」

「……すまぬ」

「我ら近習、若様の血路みちを切り拓くためにこそ、この生を受けたのであれば詫び言は無用に。ラシン家の武名を挙げられませ」

「相わかった」


 "白鷹"は背に増槽を取り付けると、片足を失ったと思わせない軽快な挙動で虚空へと躍り出て、そのまま北の空へと飛び立った。たじろぐ赤い鋼鉄の怪物たちの前に、白い機体に乗り込んだ近習たちが立ちはだかる。


「――おさらばにございます」


 ヴィートは噛みしめるように言うと、敵を見た。相手は赤い機体。ウィレ・ティルヴィア第一軍の遊撃機甲小隊。かつてノストハウザンで大主たるゲオルクに痛手を負わせた因縁の相手だ。


「相手にとり不足なし。同輩ども、良いか」

「「応」」


 宙を舞う白い機体が一斉に急降下する。赤い三機の機体を食い破るべく、戦場を駆ける鷹となった戦士たちが、怪物へと襲い掛かった。


「ラシン家が近習衆、御相手仕る!」













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