第30話 ベルクトハーツ決戦-返り血のグラスレーヴェン-

 カザトたちが西の防衛線に到着したのはほどなくしての事だった。幾らかのアーミー部隊がベルクトハーツ宇宙港のゲートの前面を右へ左へとうろついている。そのゲートの前面には既に何機かのアーミーが"死骸"となって転がっていた。


「こいつはひどいな」


 ジストがぼそりと呟いた。首を飛ばされたもの、腰から真っ二つに断たれたものなど破壊の痕跡が凄まじい。それでいて、美しいまでに両断されている。生半可なグラスレーヴェンの搭乗員ではできない芸当だ。


 ジストが通信機を耳に押し当てた。


「第一軍遊撃機甲小隊、ラインアットだ。何があった」


 ラインアット隊から見て2カンメルほど前方、呆然と立ち尽くしていたアーミーから返信が入った。その機の傍らにはゲートの直前で上下真っ二つにされた残骸が転がっていた。


『白いやつだ。白いやつらが飛び出してきて、みんなやられた』

「白いやつ……だと?」

『そうだ、全部白い――』


 その刹那、ジストも、話していた兵士も、そしてカザトたちも押し黙った。音を立てず、沈黙し、ゲートへと振り返る。巨大な鋼鉄の塊が地面を叩く甲高い音がした。そうして、それはゲートの真裏で止まった。


「くるぞ」


 ジストが低く唸った瞬間、ゲートが開いた。


「――?」


 ジストは目をすがめた。鈍く、低い金属音を立てる門扉から出てきたグラスレーヴェンは赤い塗装を施されていたからだ。


 ここにいるのは、白い機体のはずだ。


『あ……あ……』


 先ほどの兵士が声にならない呻きをあげた。


『あいつだ……!!』

「おい、待て、すぐ行く」

『いやだ、助け――』


 ジストが回転鋸を抜き、前進しようとした時。目の前で大爆発が起きた。

 その爆炎から、一機のグラスレーヴェンが満身を燃やしながら飛び出してきた。赤い色をしていた。


「なるほど、そういうことか」

「――ッ!?」


 ジストが言い、カザトはそこでようやく気付いた。赤い塗装のようなものは、すべてオイルによる"返り血"だ。ラインアット隊の前に立ちはだかったグラスレーヴェンがゆっくりと上昇し始め、宙に浮かんだそれを見たリックが叫んだ。


「敵はジャンツェン、飛ぶやつだぞ!」


 返り血が燃える。冬空に浮かび上がったジャンツェンの頭が、胴が、全て白く塗り替えられていく。あるべき色に戻ったその機体は、禍々しいまでの純白だった。磨き上げられた装甲には傷一つない。


「各機、聴け。奴だ。ノストハウザン以来だ」

「まさか――」ファリアが呻いた。

「そうだ。シレン・ヴァンデ・ラシンだ」


 モルト軍史上初のグラスレーヴェン搭乗兵にして、白鷹の異名を取るモルト軍最強の戦士が、目の前にいる。


『敵よ聴け』


 モルト訛りのあるシュトラウス語が響いた。


『この場はモルト軍元帥ゲオルク・ラシンが一子、シレン・ヴァンデ・ラシン少佐が預かっている』


 カザトは燃え盛る機体の手に何かが握られていることに気付いた。それと同時に、ジャンツェンの右手が掲げられた。


『ここを攻めた不運を知れ』


 その手には先ほどの兵士のアーミーの頸が掲げられていた。


「うっは……強烈……」


 リックが呟いた。


「ゲラルツ、モルト人ってのは皆ああなのか」

「うるせぇ。……アレは特別だ」

「ジダイサクゴってやつだな。やっちまおうぜ、オヤジ」


 リックの言葉に、ジストは前へと出ることで答えた。


「そのつもりだ」


 白い機体がゆっくりと上昇し始める。


「ファリア、奴が少しでも動きを止めたら、その長砲身で撃ち抜け」

「了解です」

「カザト、お前は俺と奴に当たるぞ。俺が引きずり下ろすから、お前は降りて来た奴に仕掛けろ」

「わかりました!」


 ジストたちも武器を構え、空を睨んだ。


「この門は、絶対に越える」


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