第30話 激突、衛星軌道上
立ちはだかるはグラスレーヴェン三機。対してこちらは周辺の僚機、友軍を含めても二十数機。圧倒的にウィレのアーミー部隊こそが有利だ。それなのに――。
『敵の前衛を相手してやれ』
キルギバートは悠然と告げた。まるでこちらの手の内を明かしてやるというように。
「舐めてやがんのか――ふざけやがって!!」
ゲラルツが青筋を立てて敵の僚機に襲い掛かる。
「待てよ、ゲラルツ!!」
そこをリックが追う。その刹那、ジストとワイレイが敵の狙いに気付いたらしい。
「まずい――」
「戻れゲラルツ、リック! 敵の狙いは――」
だが手遅れだった。まんまと陣形を分断され、ゲラルツとリックは二機によって引き付けられ、翻弄される。そうして一番獰猛な機体がジスト、ワイレイ、カザト、ファリアへと襲い掛かった。
「こんの、クソ化け物め!」
ワイレイが毒づきながらプロンプトを応射する。全てかわしながら黒い機体はその手にあったディーゼを猛射して応じる。互いに同心円を描きながら射撃しあう。その砲弾は互いにすれすれをかすめて、なお決着がつかない。
『――やるな。これほどの奴がいたとは』
「ち、男に褒められたって気持ち悪ぃんだよ!」
軽口交じりの毒づきだったが、ワイレイの機動は鋭く、しかも射撃は高速戦闘とは思えないほど正確だ。これが数少ない開戦時からの空軍の精鋭搭乗員の実力なのだとカザトは息を呑んだ。
「ワイレイ、そのままだ、俺とカザトで突っ込む」
「わかった!」
「カザト。いいな」
「了解!」
「ファリア。少しでも隙を見つけたら撃ち込んでやれ。発砲は全部任せる」
「了解しました」
撃ちあいの火花によって形作られた同心円。その只上にジスト機が飛び込んだ。グラスレーヴェンも気付き、そちらにディーゼを向ける。ジスト機が頭部と頸部を庇うように腕部を突き出した。無論、防御だけではない。プロンプトを掃射する、攻守一体の突撃だ。
「蜂の巣にしてやる」
『ちいっ』
グラスレーヴェンは跳ねるように回避し、徐々に同心円の軌跡を乱していく。地上では小口径の防御火器に過ぎなかったプロンプトも、この宇宙ではいともたやすく致命傷となり得るからだ。ついに同心円上から黒い機が逃れるように外れた。
「今だ! やれ、カザト!」
「はあぁっ!」
ジスト機の陰からカザトが飛び出した。その手には大口径火器と一体化した最新型のバズソウが握られている。接近戦に持ち込めば、動きは停まるはずだ――はずだった。
黒いグラスレーヴェンはまっすぐにジストとカザトへと突っ込んできた。プロンプトをものともしない。それどころか、あえて発砲に飛び込むかのようにすれすれのところでかわしながら、ディーゼを振りかざした。ジストが即応し、バズソウを取り出した。
だが――。
『遅い』
敵機が急上昇し、ジストの斬撃は虚空を薙いだだけに終わった。黒い機体の脚部が赤いアーミーの背部を蹴りつけ、背後へと抜ける。
「なんだと――」ジストが呻いた。
「蹴った……!?」カザトが驚愕したのもつかの間、黒い機体は彼の眼前にある。
『隙だらけだ』
キルギバートの鋭い声音と同時、アーミーの頸筋に長剣が突き付けられた。
「――あ」やられる。瞬時に悟った。
「カザト君っ!」ファリアの声が聴こえた。
だが、その刹那。黒いグラスレーヴェンの鼻先を砲弾が掠めた。
「隙だらけなのはお互いさまだ!」ワイレイだ。
黒い機体はすぐに距離を取り、後ろへと飛び跳ねるように下がった。
『やるな。手ごわくなった』
キルギバートの声に険しさはない。ただそこには純粋な賞賛がある。
『周囲を見渡せる人間が一人増えただけで、こうも変わるとはな』
「ガキの集まりなもんでな」
ジストが応じた。それに対してキルギバートは一瞬だけ、低い笑い声を漏らした。そうして戦場を見渡した黒いグラスレーヴェンは背を向けた。
『敵が集まってきたか。これまでだな』
「キルギバート!!」
グラスレーヴェンは周辺の僚機をまとめて急加速による離脱を始めた。ファリアが狙いをつけるが、そこに周辺から急行したアーミーや宇宙艦艇が横切って、射線を塞がれてしまう。
「待て!!」
『焦ることはない。この衛星軌道、いや宇宙にいる限り、また出会うだろう』
「キルギバート」ジストも僚機を制して口を開いた。
『なんだ』
「俺はお前らを殺る。それを忘れるな」
『――ああ。覚えておくとも』
モルト軍宇宙艦隊とウィレ艦隊がぶつかり合い、戦場に新たな砲火が満ちる。両者は隔てられ、波間にたゆたう木の葉のように引き離されていった。
カザト・カートバージは呆然とそれを見届けていたが、やがて自分の全身が震えていることに気付いた。その震えが宇宙空間で初めての熾烈な戦闘を経験した緊張から来るものなのか、それともキルギバートとの決着が着かなかったことへの悔しさなのか、すぐにはわかりそうになかった。
「くそ――」
『カザト君……』
ファリアの声すらまともに聴こえない。カザトは砲火の向こうを凝視して呻いた。
「キルギバート――」
今の俺じゃ、お前に勝てない。
☆☆☆
キルギバートは砲火の中を縫うようにしてモルト艦隊側へと引き揚げる。元々弾薬が不足し、戦闘続行が覚束なくなっていた。そこに、あの"紅の部隊"が現れた。
「第二機動戦隊長より全機、無事か?」
『ブラッド機、右腕に被弾したが異常なし』
『クロス機、腰部被弾。電気系統、推進部異常なし。戦闘継続可能です』
キルギバートは安堵したように息をつき、しばらくして眉をひそめた。やはり紅の部隊の練度は上がっている。彼らにとって不慣れな宇宙だからとたかをくくるべきではない。
そして戦場全体を見渡した。モルト艦隊は数に勝るウィレ軍を相手に粘り強く戦っている。戦いは予想通り長引くだろう。だが、本国の増援も見込める。宇宙での補給線が構築できていないウィレ軍に対して、同盟国すらあるモルトは圧倒的に有利だ。衛星軌道上の戦いはモルトの勝利だと、キルギバートは確信した。
その時、通信が鳴った。
『隊長――』
「カウス、無事だったか」
一班を預けているカウス・リンディからだった。通信信号によれば彼の機体も健在だ。戦友の安堵に胸を撫で下ろす一方で、そのカウスの声音は少し強張っていた。
『ヴァンリヴァルから信号弾が上がっています』
「なんだと――」
キルギバートは背後にある艦隊へと向き直った。ヴァンリヴァルの上空に当たる宙域に、光点が瞬いている。その意味に気付いた時、キルギバートは操縦桿をきつく握りしめて叫んだ。
「馬鹿な!!」
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