第29話 宿命の再会

 キルギバートはフットペダルを踏み込んだ。両手に火器を持ったグラスレーヴェンは加速し、ウィレ宇宙艦隊の猛烈な火線を突き破って進む。その行く手を軌道に乗った巡洋艦が塞ぐように横切る。


「邪魔だーッ!」


 右手のディーゼを艦橋に向けて乱射する。その砲口から射出された無数の弾が、宇宙空間の恩恵を受け、一切勢いを衰えさせずに構造物に食らいつき、引き裂き、かみ砕く。たった数秒でウィレ軍が誇る宇宙艦艇の艦橋は粉々になった。


「――どけぇっ!」


 そのまま左手のそれで砕けた破孔に新たな掃射を叩き込む。青白い炎が上がった。大気のない宇宙空間。だからこそ推進剤への引火は即死を意味する致命傷となる。巡洋艦は火だるまになって燃え上がった。


「次は――」


 艦から発進したアーミーがこちらへと迫ってきている。アーミーがその腕に備えた機関砲<プロンプト>を乱射する。飛燕よりも速く、そして鋭く、曳光弾が次々にグラスレーヴェンをかすめた。キルギバートは舌打ちし、あえて機を後退させると、敵機はグラスレーヴェンが押されたと見たようで次々に加速し始める。火だるまになった巡洋艦をこちらとの間に挟んだままで。


「かかったな――!」


 キルギバートは艦の後部にある推進部を狙ってもう一度斉射を加えた。アーミーが停止すべく急制動をかけるが、手遅れだった。巡洋艦は大爆発を起こし、その猛火の中にアーミーを呑み込んで消滅した。艦の動力部と、推進剤を最も多く溜めこんだ部分を射撃しなかったのは、このためだった。

 艦一隻、そしてアーミー数機を一度に撃破し、さらにキルギバートは戦線の中央で暴れ狂った。それは行く手に見えた宿敵とまみえるべく、彼らをおびき寄せるためだ。そして、彼の狙いは間もなく叶う事になる。



 ☆☆☆


 閃光、そして巨大な青白い火球を見た。直後、機内の通信回線が一気に騒がしくなった。


『巡洋艦ルース撃沈!』

『誰がやった? 敵の戦艦か?』

『違う、グラスレーヴェンだ。黒いグラスレーヴェンがいる!』

『たった一機に何をやっているんだ。押し包んで――』


 通信の向こうで悲鳴が上がり、遥か前方で次々と小爆発――先ほどの巡洋艦の爆発に比べてだが――が連鎖した。アーミーがやられている。たった一機のグラスレーヴェンに。


「カザト――」


 ワイレイが呟くように言った。


「すごいのがいる」


 ワイレイの言葉にカザト・カートバージは唾を飲み下すように頷いた。


「こっちは初めてなんだぜ!? 発進してすぐ化け物がいるなんて聞いてねえよ」

「泣きごと言うんじゃねえリック。宇宙での戦闘はモルトの方に分がある。言ったとおりだろ。予想通りなだけだ」リックとゲラルツも傍にいて、敵がもたらす破壊の残光を見つめている。


 しかし、カザトらとは別に動じず、かつ戦場を見通している男がいる。


「まさかな」


 ジスト・アーヴィンだ。彼はこの宇宙でも煙草を噛んでコクピットにある。ヘルメットは喫煙の邪魔になるため被っていない。


「隊長、ヘルメットを被ってください!」


 エリイが見たらきっと卒倒するだろう。そんな整備長を務める少女の姉役であり、部隊の補佐役であるファリア・フィアティスは白金色の髪をしっかりとヘルメットの中に納め、隙なく宇宙服を着込んでいた。


「悪いなファリア。歳なもんでな。ハゲるのは嫌なんだ」

「嘘。全然気にしてないでしょう?」

『何をやっておるか!!』


 通信に怒声が飛び込んだ。現宙域の艦隊指揮官である将校からのものだった。


『目の前のグラスレーヴェンを排除しろ! グラスレーヴェン殺しの仇名は飾りか!?』


 切迫しているとはいえ、凄まじい剣幕にファリアらは肩を竦めた。唯一、ジストとワイレイだけが平然と受け流した。


「狭い宙域での会戦だ。弾は飛んでくるし、当たればああやって爆発する」

『なんだと……?』


 小型トーチを使ってのんびりと煙草に火を着けるジストに、艦隊指揮官は色を失った。それに対して、細面に人の好い笑みを浮かべたワイレイがヘルメットのバイザーを下ろしながら取りなした。


「ま、任せておきなさいよ。きっちり退治しますから。行くぞ、ジスト」

「わかってるさ。……カザト、ファリア、リック、ゲラルツ。前進するぞ」

「「了解」」


 03隊のラインアット・アーミーは編隊を組んで爆発の起きる方向へと進み始めた。前方をリックとゲラルツが、右翼をカザト、左翼をワイレイ、中心にジストで固め、後方をファリアが守っている。遊撃戦において空軍戦闘機部隊が取る王道の陣形だ。


 グラスレーヴェンがこちらに気付いた。その刹那、カザトは言い知れぬ寒気を覚えた。敵機のカメラアイから漏れ出した、気圧されるような何か。殺気とも敵意ともとれぬ、一言で表せない心臓に突き立った無形の刃物。その正体はすぐに明らかになった。


『――赤い機体。聴こえるか』


 敵機から届いた声に、カザトは目を見開いた。その声を忘れるはずがなかった。


「キルギバート!」

「ああそうだよなァ!!」ゲラルツが吼えた。

「一番にお出ましとはな」


 ジストは煙草を吹き捨てて火器を構えた。そうして問答無用とばかりに乱射する。だが、回避運動さえも織り込み済みで放たれた複雑な火線は難なく交わされ、黒いグラスレーヴェンは宇宙空間を飛び跳ねるように機動した。


『やはりお前たちだったな。来ると思っていた』

「キルギバート、俺はお前と――!」

『共に戦っただろう、とでも言いたいのか? それはもう過ぎた話だ』


 まるで一点を見透かされたようだった。カザトは言葉に詰まり、口を結ぶ。通信の向こうから僅かに溜息のような吐息が漏れたような気がした。


「どうして――」

『理由が必要なのか。わかった、くれてやる』


 キルギバートがディーゼを乱射した。その砲弾は真っ直ぐ、カザトを狙って放たれた。カザトは操縦桿を引き倒し、機体を捻るようにして、辛うじてかわした。一瞬でも油断すれば、きっと青白い爆発光の仲間入りを果たしていただろう。


『ここは戦場で、俺とお前は敵同士だ。簡単だ』

「そんな簡単に割り切れるか! お前と俺は――」

「カザト!? あまり敵と話すなっ!」


 ワイレイの鋭い叫びと、どちらが早かっただろう。もう一度、今度は乱射ではない。狙い済ました斉射があった。カザトはそれをかわし、損ねた。装甲板を数発の砲弾が直撃した。弾体は分厚い装甲の前に弾けたが凄まじい衝撃がカザトを揺さぶった。


「ぐ、あっ!?」

『割り切るさ。この宇宙が俺にとって母なる故郷だ。そこに踏み入ったなら、容赦はしない』

「オレたちの故郷をめちゃくちゃにした奴らがいうことかよ!」


 リックの叫びに応じるように、キルギバートの背後から僚機が飛来した。


『また会いましたね』

『容赦しねえぞ……!』


 キルギバートの両脇を担っていた黒髪と、金髪の青年将校だとすぐにわかった。


「問答はここまでのようだな」ジストが引鉄に指をかけた。

『ああ、そのようだ』キルギバートは抜剣した。


 「くそ」。淡い希望だった。そんなことはわかりきっていたはずだ。それでもカザトは何度も繰り返しながら操縦桿を握り締めた。


『お前たちがウィレを守り抜いたように。俺たちにも故郷を守る矜持がある』

「キルギバート――」


 音のない宇宙空間に一瞬の静寂、そして隠しようのない殺意が充満した。


『モルト軍が最精鋭の部隊がひとつ。第二機動戦隊がお相手する』


 カザトらは武器を構えた。


『いざ参る!』

「くるぞ!!」

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