第28話 第二次衛星軌道攻防戦
同刻、ウィレ・ティルヴィア上空。衛星軌道上。
キルギバートは戦艦「ヴァンリヴァル」から戦場の虚空に機体を進み出させた。漆黒のグラスレーヴェンには吹き飛ばされた腕が再びついている。応急処置を間に合わせた整備員に感謝の打電を済ませ、ヘルメットを固く被って部下達をまとめながら戦場を見渡した。
「見えるか、あの光点が」
機体の指でウィレを指差した。水平線からはみ出した無数の光点がはっきりと見える。ウィレ・ティルヴィア宇宙艦隊が放つ推進光だ。
「敵艦隊だ。あれを叩き落とす」
キルギバートはフットペダルを踏み込み、操縦桿を大きく押し込んだ。
「指揮下全機、作戦開始!」
その瞬間、彼を一とする二十数機は流星に姿を変え、光芒渦巻く戦場へと突入する。水平線が光った。無重力の空間であるにも関わらず、ざぁっと音を鳴らすように無数の対空砲火が炸裂した。
「うわわわっ、だ、弾幕が!?」カウスが悲鳴をあげた。
「これくらいモルトランツ、ノストハウザンに比べりゃマシだろうが!」
「展開中の各機へ。火力の厚い中央は我々が引き受けます!」
ブラッドとクロスの声が聞こえ、隊は作戦に則って散開を行う。青く輝く星が大写しとなった。同時にグラスレーヴェン部隊だけではなくモルト艦隊も戦場へと突入する。グレーデンらも後方に身を置かず、まっすぐに敵艦隊と殴り合うべく突入する。
「旗艦ヴァンリヴァル、支援砲撃を開始する」
グレーデンは大きく唇をゆがめた。
「コロッセス艦長」
「……はっ」
それだけ答えるとコロッセスはすぐに敵味方の艦がひしめく宙域をブリッジモニターで確認する。しばらくして彼は声を上げた。
「艦首回頭」
その言葉と共に、巨大な砲弾のような戦艦が後部の大推力と、各部に配置されたスラスターでゆっくりと艦首を巡らせていく。もっとも、動くもの全てが宇宙速度に近き戦場である。艦自体も音さえ優に置き去りにした速さで機動していることは言うまでもない。
「目標。本艦より見て二時方向敵巡洋艦。上部第一砲塔から順番に砲撃せよ」
ウィレ巡洋艦が、こちらに気付き狙いを定めるために艦を回頭させ始めた瞬間。敵艦の動きが鈍った一瞬を見逃さず、コロッセスは腕を振り下ろした。
「撃て」
その言葉と共に前上部の主砲から荷電粒子による光弾が放たれる。放たれた亜光速の砲弾は敵艦の装甲に突き刺さると内部で飛び散ってプラズマを発生させ、内部の電気系統、弾薬、推進剤を次々に引き裂いた。艦後部のブースターは機関損傷により出力を失い、噴射炎が消える。
そのまま敵艦隊は速度を落としながらも慣性によってゆっくり進み続ける。しかし制御を失った艦から、次々と脱出艇が飛び出しているのが艦橋からも確認できた。
「敵艦、大破」
「とどめを刺せ」
艦の左右に設けられた射出口から、噴射光の稲妻を曳いて誘導弾が飛び出す。健在ならば回避の仕様もあっただろう。だが、もはや回避もままならず、撃ち出された弾頭は全て命中した。小さな爆発は残る推進剤に引火し、さらに凄まじい大爆発を生んだ。一瞬にして巡洋艦は後ろ半分を分解させ、前半分も爆発に押し出されるように四散した後、回避運動を取っていた別の巡洋艦を爆発と破片の散弾に巻き込んで大爆発を起こした。
「報告いたします。敵巡洋艦を二隻撃沈」
その言葉に艦橋内が沸きかえり、グレーデンは席から腰を浮かせて沈みいく敵艦を凝視した。
「見事だ」
「……これからです」
グレーデンは少しだけ微笑を見せると、再び戦場へと目を移す。コロッセスのがっしりとした口元は真一文字に結ばれ緩む事がない。
「ヴァンリヴァルが二隻沈めたぞ」
「さすが艦隊司令、やりますねえ」
この宙域で戦うキルギバートからも敵艦の轟沈は確認できた。グラスレーヴェンを駆ってディーゼを放ち、ヴェルティアを振るいながら、上がってくる敵艦隊を擦れ違いざまに叩いている。刹那、カウスが切羽詰まった声音で告げた。
「隊長、敵、直掩のアーミー部隊、来ます!」
「上がりきる前に出鼻を挫く」
キルギバートはそれだけを言うと再び機を加速させて敵の隊列へと乗り入れる。対策は前哨戦で経験済みだ。押し出してきた数機のアーミーを回り込んで回避するとこちらを探して向き直ったところで正面から砲弾を浴びせて叩き伏せる。
「ここを抜かせるな!」
ブラッドとクロス、カウスらも一斉に敵へと襲い掛かる。巨大なクジラに襲い掛かる凶暴無比な猛禽のように、グラスレーヴェンはウィレ宇宙艦艇に牙を剥くべく襲い掛かった。
そこへ、警報が鳴った。散開を叫んだキルギバートの声とどちらが早かっただろう。ブラッド、クロス、カウスもそれに従って上昇し、四方へと散った。わずか一、二秒の後で彼らのいた場所を猛烈な光芒が覆い尽くした。
「敵の対空砲火です!?」カウスが上擦った声を挙げた。
「気をつけろ、レーザーだ! よく統制されてやがる!」
「来ます、来ますよ」ブラッドに被せてクロスが叫んだ。「敵の大艦隊です!」
無数の光点がそれを覆い尽くして余りあるほどの激しい砲撃を繰り返しながら引力を振り切ってウィレ上空へと上がってくる。まるで地球に降下した時の自分たちの姿を逆再生したものを見ているような錯覚にモルト軍搭乗員らは陥っていた。
『全機、聴け。西大陸上空に敵第一宇宙艦隊を確認。旗艦は戦艦「アークリッド」。周辺の艦艇と護衛戦力は強大。注意せよ!』
大型艦艇が占める主力艦隊は、そのたぐいまれな推力を活かしてモルトが衛星軌道に被せようとした"蓋"を容易く押し上げ、こじ開けようとしている。キルギバートは機を第一艦隊の前に立ちはだからせた。
「くっ――、!?」
鋼鉄の巨体が壁のように迫りくる。巡洋艦の比ではない。視界に大映しとなった惑星すら覆い尽くしそうな威容の前には、グラスレーヴェンなどちっぽけな小人でしかない。艦首がキルギバート機を轢く勢いでかすめた。機のバランスを崩したキルギバートは立て直す。
「化け物め……!」
「すごい、まるでクジラだ!」
クロスの叫びにキルギバートは前面に広がる絶望的な風景を見渡した。確かに、惑星の水平線を海面に見立てれば、ウィレ宇宙艦艇は水面から飛び上がった巨鯨に見える。
「こんなところで、お前の"すげー"がまた聴けるとは思わなかったぜ」
ブラッドが投げやりに叫んだ。艦艇だけでも物量はモルトのそれを圧倒的に超えている。しかし、本当に恐ろしい光景が展開されるのはこれからだった。鋼鉄のクジラの群れはまるで連なるように、柱のようにウィレから伸びている。その艦腹、甲板、後部の開放部が開いた。
「まさか――」
その暗闇から赤い光が覗いた。機械仕掛けの戦闘生命体に授けられた二つの眼が放つ、不吉な光だ。ウィレ・ティルヴィアが反射する恒星の光を受けて、眼の主が姿を見せた。
「アーミーだ。アーミーが来ます!!」
キルギバートは髪の毛が逆立つような感覚を覚えた。一隻から出てくる機影は少なく見積もっても十数機。それが数百隻ともなれば、衛星軌道上の機動戦力は一瞬で逆転してしまう。しかも――。
「あれは――」
編隊を組んだアーミー。赤い機の敵。
キルギバートはすぐに空いている左手にもディーゼを持たせた。
「見つけた」
キルギバートは叫んだ。
「やはり来たな。
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