第34話 後を継ぐ者
西門のグラスレーヴェン部隊は指揮官を失って後、勢いづいたウィレ・ティルヴィア陸軍部隊の前に壊滅した。ベルクトハーツ中央を守るオルク・ラシン、ライヴェ・ラシンは既に数多くの敵を返り討ちにしたが、弾が尽き、白刃を振るうだけの余力を失おうとしている。
『ベルクトハーツ指揮所より司令官機へ入電。西門陥落、ヴィート機通信途絶』
戦いは極まり、もはや宇宙港の周辺で交戦するモルト兵の姿はない。あるのはウィレ・ティルヴィア軍の雲霞の如き大部隊だけだ。アーミーはひしめき合い、戦車は霰の如き弾雨を浴びせてくる。
『全部隊へ。指揮所に残る全戦闘員は最後の打ち上げ時間確保のため突撃を敢行す。小官以下、諸君と戦えたことを至高の誉れとす。本時刻をもって通信を永久に終える。諸君らに、軍神の加護があらんことを』
決別電の後、通信は無音になった。
オルクは趨勢を見届けて頷いた。モルト軍が地上を征服する夢は潰えた。その夢の終わりと同時に、自分たちの役目も終えねばならない。将として、兵を夢へと駆り立てた以上は消え去る夢と共にしなければならない。
潮時だ。ここらが手じまいの時だろう。
オルクは大声をあげた。
「ライヴェ!」
ライヴェ機が振り向いた。その機体も満身に弾痕を刻み、ところどころから火花を散らしている。追いすがるアーミーのコクピットに白刃を突き通し、オルクは叫んだ。
「我らの命と主の命。どちらが軽きか重きか!?」
「答えるまでもない!」
「なれば――」
ライヴェ機にアーミーが襲い掛かる。その胴体の装甲の継ぎ目を狙い澄ませ、白刃で誤ることなく貫いた。
「シレン! お前は逃れよ!!」
「兄上!?」
「ライヴェ!」
「元より承知!」
「兄上、私も共に―」
シレンの純白の機体が地に降り立とうとする。
「たわけ!!」
すかさず、オルク機が制した。
「地に降るなシレン! お前は、今より我らの当主だ」
「兄上ッ!?」
悲鳴に近い声があがった。
兄ふたりはシレンを逃がすために、捨て石を買って出ているのだ。
「なりません、私のためになど!!」
ライヴェは追いすがる敵兵を薙ぎ払いながら、シレンに対して諭すように、しかし力強く告げた。
「シレン、この戦は負けだ。それでもお前が生き残りさえすれば俺たちにとっては勝ちだ」
「なりません、なりません! 兄上も!」
涙声で告げるシレンに対して、オルク機は抜刀した。
その切っ先を弟に向け、長兄たる男が咆哮した。
「見苦しいぞシレン! 次期当主の責務を果たすと、我らに述べた言葉は偽りであったか!?」
「決してそのような―」
「であれば行け! 無用の問答を長引かせ、好機を失い、これ以上ラシンの名に恥をかかせるな!」
なおも躊躇し、空中へ留まるシレン機に対してライヴェ機が前へと進み出た。火花は虚ろな炎となり、もはや機が果てるのも時間の問題だ。
「いいか、シレン。今やラシンの名は泥に塗れたが、その名誉を挽回できるのは父上とお前だけだ」
「あ、長兄上、次兄上……っ!!」
「今日よりはお前がラシン家の、真の後継者だ」
「忘れるなシレン。ラシンの名が絶えぬ限り、我々は死なぬ。常にお前と共にある」
歯を食いしばり、鼻水を啜って涙を堪えるシレンに対し、オルクとライヴェは深々と頭を下げた。
「御当主。ラシン家の武名、宇宙の果てまでもお挙げください」
純白の機体がゆっくりと上昇を始めた。
「承知したァッ!!」
声にならない雄叫びを挙げ、シレン機はベルクトハーツの宇宙港へと飛び去って行く。煙の濃い空へと消え、瞬く間に見えなくなっていく機影に目を凝らし、オルクとライヴェは呟くように言った。
「さらばだ、シレン」
感傷に浸る暇はなく、愁嘆場を演じるつもりもない。2機は共に白刃を抜いた。
周りには掃討にはやるウィレの大軍がひしめいている。
「兄上!」
「なんだライヴェ、愉快そうな声を出して」
「いつか父上がノストハウザンで言ったよな。"我らは一兵卒"と」
「……ああ。言った」
「今、父上の気持ちがわかった。こんな思いを独り占めしていたとは、ずるいと思わないか」
オルクは大笑した。彼の二十有余年の人生、最初で最後の大笑いとなるだろう。
「ああ。そう思う」
「ならば―」
背中合わせになり、白刃を構えた。
「これより我ら、国も捨て、名も捨て、一介の武人として存分に働こうぞ」
それぞれが駆け出す。重ねた背が離れた。
切り伏せ、撃ち倒し、2機の司令機は暴れ狂った。
最初にその時を迎えたのは、ライヴェだった。
三機のアーミーを相手に飛翔し、切り結ぶ。そして一機を切り払った瞬間、機甲部隊から猛烈な砲撃が浴びせられた。
「ぐあっ!!」
黄色のジャンツェンが背部に砲撃を受けてよろけ、そのまま地面へと落下する。胴体から着地した機体が地面を滑走し、振るわれる刃が止まったその瞬間。アーミーが四方からライヴェを押し包んだ。
「く……、まだッ――」
ライヴェが機体を引き起こした瞬間、凄まじい衝撃がコクピットを襲った。ジャンツェンの胴体に容赦なく機関砲が撃ちこまれる。飛行のために装甲を削ぎ落した機体は耐えきれず、蜂の巣のように全身を穿たれ、刃を杖にして座り込んだ。
「あー……、ごふっ。くそ、腹が千切れた」
「ライヴェ!」
「兄上、俺たちの当主は立派に育ったよな」
「……ああ、そうだ」
「よかった……安心した」
血を吐くような、否、そのとおりの凄まじい断末魔の喘ぎが通信に響いた。
「ッ、……ア、なあ、兄上、あの夜聴いたこと、覚えてるか」
「もちろん」
「俺、どうしようもないドラ息子だったけど、それでも」
黄色の機体が炎上する。炎は機を飲み込み、炎柱の中へと命を呑み込んでいく。
「俺は、今度生まれる時も、
それ以上の言葉が返ってくることはついになかった。
黄色の機体が地面へと倒れ伏した。片割れを失ってもなお、鬼神となった灰色の機体は止まらない。アーミーの喉首を掻っ捌き、刺し貫き、暴れ抜いた。
だが、終わりはやってくる。ついにオルクは独りきりとなった。愛機同様に肩口から右胸にかけてざっくりと裂け、左目は潰れている。圧壊したコクピットハッチは両足を押し潰し、もはや一歩も前へ進む事ができない。
オルク・ラシンは長く、長く息を吐いた。
「これまでか―」
刹那、轟音が走った。
振り仰ぐと、宇宙港から閃光、白煙と共に最後のシャトルが打ち上げられていくのが見えた。
「勝ったぞ……! ゆけ、シレン!」
左右からアーミーが迫る。押し挟まれ、その回転鋸で脇腹から首元までを刺し貫かれた。身体の中で何かが砕け、引き裂け、轢断される致命的な音がした。それでもオルクの瞳にはまだ光が灯っている。
「――死出の土産に、貴様らに良いものを見せてやる」
オルク機がヴェルティアを逆手に持ち変えた。
それを躊躇わず、機の脇腹に突き立てる。手早く力を籠め、動力炉を食い破り、背中まで突き通した。
閃光が周囲に走った。
左右にいるアーミーがたじろいだが、すぐに鋸刃を押し込んだ。
鋸の刃が、回る。
「シ、レン、ライ、ヴェ」
全てが鉄の塊に変わっていく轟音と衝撃の中で、オルクは笑った。
灰色の機体の腹部から桃色の閃光が走った。
「ちち、うえ」
光は七色に揺蕩い、灰の機と地に倒れる黄の機を包み込んでゆく。
光が膨れ上がった刹那、周囲を巻き込む大爆発が起きた。光は空へと駆け昇り、やがて収まった。
光の根元では怪物たちを抱えたまま、真っ白になって息絶えた鋼鉄の騎士が二体、寄り添うように佇んでいた。生き残った怪物たちはただ立ち竦み、遠巻きに彼らの最期を見届けることしかできなかった。
そしてこの日、ベルクトハーツ宇宙港は陥落し、東大陸の戦いは終わった。
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