第16話 "大陸路"を越えて-1-
公都シュトラウスより東に1600カンメル。北方州前線。
陸軍准尉、カザト・カートバージは格納庫の片隅で溜息を吐いていた。どんよりとした雰囲気を肩にまとわせつつ、壁に手をついて落ち込んだ様子で微動だにしない。戦線が膠着して以降、新兵器の名を冠したラインアット隊の戦果は精彩を欠いていた。グラスレーヴェンの頑強な抵抗にあい、敵の機動兵器の駆逐という戦術的勝利はは果たしても、戦線を穿つという戦略的目標には失敗し続けている。
理由は単純だった。
「あのクソみたいな連携はなんだ」
乗機から格納庫へ降り立ったジスト・アーヴィン大尉はヘルメットを地面に転がしながら吐き捨てた。
ラインアット隊の戦い方は非常にシンプルだ。隊の"ワルガキ"ことリックとゲラルツの二人が前衛として切り込み、カザトとジストが中衛として敵を駆逐し、ファリアが後衛として掃討するというものだ。
それが上手くいかない。撃墜数は伸び悩み、徐々にアーミーの凌ぎ方を覚えて来たグラスレーヴェン隊は人型兵器が埋まるほどの塹壕を築いて足留めを食らわせるようになっている。
「カザト!」
「は、はいっ」
じめじめとした空気を切り裂くような隊長の声にカザトは我に返った。振り向いた先に冷たい瞳をした鬼のように恐ろしいジストが立っている。
「俺たちがラインアットの中心だろうが。持ち場を守る気があるのか」
「す、すみません……」
「ファリア! あんな散漫な支援射撃をしていたらみんな揃ってあの世行きだぞ」
コクピットから降りて来た色素の薄い金髪の女性士官は片方の腕を腰に当ててうなだれている。言い返したいところは多々あるが、詮無いことだと諦めているらしい。
「だが、一番の原因は―」
コクピットハッチが乱暴に開く音がした。すでにアーミーを降りて機体の足元で足を投げ出して座り込んでいるリックがびくりとして上を見上げた。皆、コクピットハッチを足で蹴り開け、傲然と立っているゲラルツを見上げている。
「おい不良少年、こっち来い」
「……んだよ」
ゲラルツは首をねじ曲げた。他のクルーは皆して小さくため息をつき、少し後方に座るリックは半目で格納庫の天井を見ている。
「分かっているだろうが」
彼は、特段いつもと変わらぬ口調でそう切り出した。その変わらぬ調子の中に、抑制されたものを感じ取ったのはカザトやファリア、リックだけではないはずだ。
「運が悪ければ、全員死んでいるところだ。一人の過失でな」
「わかるだろ」と言いたげなジストはゲラルツへと視線を刺した。
リック曰く"ガンの飛ばしあい"である。
「そいつ一人がおっ死ぬのなら救いだが」
そして一人の男を見つめた。
「なぁゲラルツ」
「そうであります、隊長」
ゲラルツは定型文を発した。そして首を横に振ってゴキゴキと鳴らした。彼も負ける気などない。ジストは彼と目線をずらさず続けた。彼の周りは凍りついているか、厄介事に巻き込まれるのは嫌だと目をそむけている。
「だがお前一人では死ねないんだよ。みんな、お前に振り回されて殺される」
「そいつは気分がいいナァ。オレがそんな力を持ってるんなら、こいつら全員オレが引っ張り回してやったっていいよな」
ゲラルツは半笑いの顔のまま、キツイ眼光でジストを睨んでいる。ぎょっとしたリックはそそくさとカザトとファリアのいる方へと這って行った。血の雨が降りかねないと察したからだ。
「そンでも、オレに頼らざるを得ねえだろ? オレは死なねぇよ。オレはてめぇより強い」
最後の一言に力を込めてゲラルツは言った。稚拙で青臭いが、大人さえ殺めかねない怒気が後戻りできないことをジストに告げる。これがゲラルツのやり方だ。この隊に配属される以前から、彼がとってきた方法なのだ。
一人で道を切り拓くという、孤高の自負。部隊など知った事ではない。誰かが後れを取ろうが、死のうが、それはゲラルツに言わせれば「ソイツが弱い奴だから」だ。
彼なりの美学のつもりだった。だが、ジストはそれを聴くと首をかしげて鼻で笑い捨てた。
「その割には、今日のアレは随分と無様だったじゃないか」
彼の頭の中でせき止められた暴流が一気に奔流となった。
「あ゛あッ!?」
その瞬間、ゲラルツの拳が振り上げられ―。
「おせえんだよ」
―る暇もなくガッチリと上官の手がゲラルツの右腕に食い込んでいた。一瞬彼は、当惑したように眼を開いた。次の瞬間、ゲラルツは床に転がっていた。何が起こったのか、ゲラルツは分からなかった、目の前の人間を殴って倒すはずが、自分一人だけ転がっているのだ。
ゲラルツはすぐに立ち上がり、隊長へ殴りかかった。
「死ね、クソオヤジが!」
血管が浮き出た若々しい腕がジストに迫った。それも、ポールのようにあっさりと受け止められていた。
「お前の勤め先は国だ。金を払ってる以上、ルールに従ってもらう」
隊長は彼の腕を悠々と掴んだまま、冷酷に言った。ゲラルツはそれでも、狂犬の獰猛さを含んだ笑みを崩さない。上官であるジスト・アーヴィンも結局、理不尽を投げつける大人にしかすぎなかったのだ。ゲラルツの人生において出会ってきた『大人』と呼ばれる者と何らも変わる事のない、彼が常に背を向け、かつ越えようとした壁でしかない存在だ。
だからゲラルツは、目の前の大人に言い放った。
「てめぇが必要なのはアーミーだ。オレたちなんて死のうがどうでもいいんだろ?」
時が凍り付いた。ジストの笑顔は崩れなかった。
ゲラルツは勝ったと確信した。そして大人は、彼の腕を振り放した。
だが、今度は彼のスーツの首元を掴んできた。ゲラルツが大人の手を両腕で掴んだ時、目の奥で火花が散った。頭突きされたのだと気付くのに数瞬、それまでに鼻の奥から錆び臭い嗅ぎ慣れた臭いがした。
大人はゲラルツの眼を正面から見た。そして、腹の底から響く声でこう言った。
「お前が選んだ生き方でがたがた抜かすんじゃねえ」
緊張がよぎり、ゲラルツの振り上げた拳が揺れた。
ジストは彼の首根っこを放し、床に転がした。
「お前たち何をしている!」
格納庫の向こうから苦労の絶えない幸薄そうな顔をした上官が現れる。
「ひねくれたガキに折檻をな。それよりヒューズ中佐、何か?」
ジストは言いつつ、襟元を直している。
「第一軍司令部より、お前たちに公都シュトラウスへ召還命令が出ている」
「俺たちに?」
「そう、隊員全てにだ」
ついに来たかとジストは頷き、命令を肯じた。
「よしお前ら、いくぞ」
「何しに?」
リックの言葉を聴いたジストは火のついていない煙草をくわえて口元をゆがめた。
「クビになりに」
ジストの言葉を聴き、カザトの胃がひっくり返りそうになった。
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