第14話 兵站参謀部の奮闘
時を、ひと月ほど遡る。
9月上旬、一気呵成のウィレ・ティルヴィア軍の大反攻は停滞を迎えていた。これには理由があった。物資の欠乏である。
東西南北の州にある四方面軍を全て動員し、陸空海軍を巻き込んだ大反撃は、政府と軍の想定以上の物資を消費した。この二か月で消費した物資は米麦1億9千万タルム(※)、燃料340億バーラ(※)、大小の弾薬1億2000万発分。これは最終戦争時代以前の、国家間戦争で使われる物資の総量を大きく超えている。
戦時体制は軍だけでなく惑星市民の暮らしをも直撃した。十分な燃料や衣料品、食料が供給されず、議会議員たちは休暇のために戻ったはずの地元で陳情に訪れる市民の対応に忙殺された。恐れおののいた議員らはシュトラウス議長に詰め寄り、結果最高議会は軍に一時停止命令を下したのだった。
「と、いうわけで―」
ヤコフ・ドンプソン少将はハの字眉を下げて顎を引いた。顎が首と同化した。
「何が、というわけで、ですか」
「……いや、本当に申し訳ない」
中佐の階級章をつけたシェラーシカ・レーテはじとっとした目で上官を見た。
「そんな目で見つめないでくださいシェラーシカさん、照れるじゃないですか」
「言ってる場合ですか。マールベルンまでならともかく、ウォーレまで進軍するのは無茶ですとあれほど進言したじゃないですか。おかげでスタッブ兵站参謀部長は過労で倒れちゃったじゃないですか!」
ノストハウザンからおよそ三か月。結論から言えば、シェラーシカはヤコフの信任に応えて見せ、初期の大反攻の兵站を見事に支えてみせた。だが、その後はモルト軍の予想以上に頑強な抵抗にあい反攻は押し止められている。9月に入ってシェラーシカは疲労でベッドに伏せがちになった兵站参謀部長のスタッブ大佐の代理を務めるようになった。
彼女の上司であり参謀部の大元締めであるヤコフ・ドンプソンとは師弟関係にあるものの、物資の供給という現実問題に関しては一歩も退かず、なんとか師匠とやり合うまでに成長した。
「なのでシェラーシカさん、貴方は兵站参謀部第一課長兼スタッブ部長の代理に昇進です。おめでとうございます」
「第一課……って」
「そうです。兵站参謀部の脳みそ。物資弾薬だけでなく輸送手段を一手に担う何でも屋」
「私よりも年長の適任者はいるはずです……!」
「ところがねえ、引き受けてくれる人がいなかったんですよ。なのであなたです。任期はスタッブ部長の復帰まで。これを掌握したら作戦参謀への復帰が見えてきますよ。まさか断ったりしませんよね?」
飴、もしくは人参ですかとじと目を細めるシェラーシカに、ヤコフはにたりと笑って見せた。あれこれと抗弁したところで、理論武装を終えてきているであろうヤコフに太刀打ちするのは難しいとシェラーシカは観念した様子で頷いた。
「……わかりました、お受けいたします」
「いやあ、ありがたい。なに、そんなに難しい仕事じゃないと思いますよ。あくまでも代理ですからね。ちゃんと兵站参謀の何たるかをきっちり覚えてきてくださいな」
その日のうちに彼女は兵站参謀部内のあいさつ回りを済ませ、荷物をまとめて課長席に着いた。大陸歴2718年9月10日午後のことであった。
翌9月11日。出勤したシェラーシカは参謀本部から与えられた命令書に目を通し、椅子から腰を浮かせるほど驚く羽目になった。
―南下攻勢開始は10月10日とし、兵站参謀部には物資供給の日程化、及び全陸軍部隊への供給体制を整えるべし。
「実質4週間じゃないですかっ!? すぐに兵站参謀の全ての部、課長を集めてください!」
シェラーシカにとって地獄の一か月が始まった。朝から夜まで策定会議をしながら、同じ部屋の中で立体映像をもとにした仮想現実で予想を立て、ウィレ軍の南下に伴う課題を予測していく。夜から翌朝にかけては短い仮眠を挟みつつ、日中に行った演算の修正を行っていくのだ。
兵站参謀部の年長者たちは当初こそ年若いシェラーシカを侮るそぶりも見せたものの、次第に彼女が何故ヤコフ・ドンプソンに目をかけられているのかを嫌でも理解することになった。
「……すごいな。あのお嬢さん」
「もう三日もぶっ通しで働いて、睡眠はこの部屋の腰掛でああやって……」
毛布に包まり寝息を立てる少女をしげしげと眺めつつ、参謀たちは彼女が起床した時に正確な状況把握ができるように演習を組み上げていく。そうして半時も仮眠を取ったかと思うと、シェラーシカはすぐに演習に取りかかるのだ。
「第二課長」
「はい、シェラーシカ中佐」
「戦時下の輸送課目は軍の管轄でしたね」
「はい、その通りです」
この頃のウィレ・ティルヴィアの陸路……特に鉄道と高速道は交通省の管轄から陸軍兵站参謀部に移っている。シェラーシカが数か月前、西大陸の戦いに敗れて鉄道で公都に帰還できたのも、この部分によるところが大きい。
「交通省に連絡してください。今回の大輸送計画には彼らの協力が必要です」
「すでに連絡済みです。
「了解です。お心配り、ありがとうございます」
この手に関しては先任の年長者が一枚上手である。やや隈が浮いているものの、いつもの爛漫な笑顔を第二課長に向けたシェラーシカは作戦演習用の机に向き直った。
「さあ、
※
タルム……1タルム=1000カンム(キログラム)分。すなわち1タルム=1トン。
バーラ……1バーラ=1バレル(1バレルは約160リットル)。1バーラはウィレ・ティルヴィアで流通しているアクスマン重工製ハイブリッド車の給油8回分。攻勢で使った燃料は自動車およそ2億1250万台分ということになる。
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