第25話 英雄少年と守護聖女<前>

 稲妻のような光が地上から立ち上り、次々と轟音を立て、幾つもの光弾が煙と光の尾を引いて空へと登っていく。


『陸軍部隊より弾道弾の斉射開始! 海軍のファーネル提督の艦隊からも援護射撃がある! 叩いて砕く。フィアティス。後は任せる!』


 砲撃の轟音の中、ファリア・フィアティスは愛機を電磁砲の台架に収めた。機の腕や胸部に分厚いケーブルが接続されていく。照準を同調させるための設備が整い、砲座が旋回し始めた。砲身の真下にいる重機が支脚を持ち上げて仰角を稼ぐ。


 自分でも不思議と思うまでに、ファリアは冷静だった。


「了解です。ポーピンズ中佐。それと――」

『あん?』

「ありがとうございました」

『……けっ、何のつもりだい』


 ファリアは照準を覗きながら、微かに微笑んだ。


「私がしたかった戦いを、叶えてくれたことを」

『聖女になるかい、ファリア・フィアティス』

「そんな高尚なもの、相応しくないかもしれません。でも、仲間のためならどんなものにだってなってみせます。女神でも、聖女でも望まれるものになってみせます」

『よく言った。その覚悟をもって戦場に立つ女は、あのお嬢ちゃん以外にもういないと思っていたんだがね。思いつく限り、お前はいい女になった。フィアティス』

「魔女に褒められるなら、本望ですね」

『言いやがって。――来たね』


 東の空に明るみが到来した。

 それを砲の傍らにいるカザト・カートバージも見ていた。


「……朝?」

「んなわけあるか。まだ21時前だぜ」


 リックの言葉に、ゲラルツが呟いた。


「来るぞ」


 遠く水平線の彼方で、幾つもの白い光が瞬いた。アンの部下であるロペス・ヒューズが僅かに震えを帯びた声で告げた。


『第一波砲撃、敵衛星砲に着弾』

「衛星砲は?」ジストが明瞭な言葉で言った。煙草を、くわえていない。

『反応あり、なおも健在。フィアティス准尉、衛星と成層圏観測機からの観測情報を転送する。機体の照準と同調させるまでしばらく待て!』


 ファリア機のコクピットの画面に、それは現れた。

 全長2600メル、長大な砲身と巨大な砲塔尾部を連結させた鉄砲百合のような鋼鉄の巨体。モルト軍最強の火砲にして最凶の切り札。惑星ウィレに突入した「神の剣」は大気との摩擦熱に焼かれ、赤白色に発光しながら東大陸上空に出現した。


「大きい……」


 全員が息を呑んだ。ゆっくりと空を進むように見えるそれは、地表に暴風を巻き起こしながら最後の旅路に到達した。惑星一周、公都シュトラウス落着への一本道へと。


 ファリアはただ照準を覗き込んだまま、意識を集中させる。観測機がもたらす情報がじきに照準点を送信するはずだ。あとは決められた手順に従い、最適の仰角、最適の時機、そして距離を見て発砲するだけだ。


『電磁砲とフィアティス機の同期完了。砲弾の自己計算打込も終わっている。フィアティス准尉、照準と発砲は常と同様に行え。補えぬところはレゾブレが行う』

「了解」


 再び通信音が鳴った。ファリアは照準に重きをおきつつ、モニターを見た。


「エリイちゃん」

『……ファリアさん、その――』


 今にも泣き出しそうな顔で見つめるエリイに、ファリアは明るく微笑んだ。


「大丈夫よ、あなたの創ったラインアット・アーミーだもの。それに何よりも、私はあなたを、大好きな妹のあなたを信じるわ」

『……っぐす、ふぐっ、ファリアさぁん……!』

「待っててね、すぐに終わらせるから。そして皆で帰りましょ?」

『……っ、はいっ、あたし、信じてます……っ!』


 ファリアは引鉄に指を掛けた。

 そのまなざしの向こうで、第二波の支援砲撃が爆ぜている。


『砲台を旋回させる。フィアティス、照準点が見えるか』

「まだ送られていません!」

『くそったれ、観測が上手くいってないんじゃないだろうね』


 十字の照準は夜空を睨み続けている。そこに、観測機が合わせるべき"点"を表示するはずなのに、それが来ない。


『狙撃距離まであと二分』


 本部から緊迫したロペスの声が告げる。


『もういい、砲台を西へ向けな。突っ立って見過ごしたんじゃ話にならないよ』

「いつでも引鉄は引けます」

『ぶっつけ本番だ、フィアティス』

「――どうぞ」


 砲台が軋むような大音を立てて動き始めた。かつて宇宙から飛来するモルト軍部隊を迎え撃つはずだった巨砲が、その役目を果たすべく動き始めた。


『砲台の旋回時間を短縮する! ジスト、カザト、リック、ゲラルツ! 砲台を押せ!』

「聞いたな野郎ども」

「はい!」

「……やってる」

「おう!」


 動力用のケーブルに繋がれた紅いアーミーたちが砲台を押しながら、離され過ぎないように食らいつく。ファリアはひとり、砲の只中の愛機に身を置いてその時を待った。


「……来た」


 画面に緑色の照準点が表示される。


「上へずれてます。重機を下へ。下へ3、右コンマ1」

『静止してからじゃだめかい』

「それでは間に合いません」

『聴いたか重機係!』


 野太い声の、名もない兵士が告げた。


『へい、やってみせます!』

「お願いします」


 砲の旋回を行いつつ、照準点を合わせる。戦車の車体上に巨大な梯子上の支脚をつけた重工作車が砲身をじりじりと下げていく。


「行き過ぎです。上へ2、左にコンマ08」

『間もなく西大陸上空!』

「ファリアさん……っ!!」

「バッカ、泣きそうな声出すんじゃねーよ!」


 カザトとリックが機体の中で両手を組んだ。


「砲身が停まるぞ」


 低い声でジストが告げた。足先で何度も床を叩いている。

 そうして、砲が静止した。後は射撃の瞬間までこのままだ。迎撃が失敗すれば、ここが彼らの棺であり、墓標となる。


「照準は?」


 ゲラルツの問いにファリアはそろりと息を吐き出して告げた。


「ええ、ぴったりです」


 全員が安心したような吐息をついた。


『真上を飛んでいく標的を追いかけて撃つ。近距離から遠距離への修正射撃はばっちりだろうね』

「何度もやってきています。大丈夫です」

『よし。ジスト、野郎ども。動力になりな』


 ジストたちの機体が唸りをあげる。

 動力炉を全力で稼働させ、得た電力を全て砲台へと送り込む。


『充填完了! 砲弾装填、弾種、電磁射出式・硬標的徹甲榴弾』

「装填を確認。時計合わせまで待機」


 ファリアは画面を見た。

 白く発光する砲身が高度を下げながらゆっくりと中央大洋へと出ようとしている。

 そこへ、幾つもの光弾が突き刺さった。


『第三波攻撃の着弾を確認! 敵衛星砲に損傷を認む!』

「やれんじゃねえか!?」

「バカ言うんじゃねえリック」

「いや、砲身が……!」


 それは西大陸の手前で起きた。落下中の負荷と度重なる砲撃に耐えきれなかった砲塔尾部が次第に折れ曲がり始めたのだ。莫大な空気抵抗と損傷は、不朽の剣と謳われた巨体に多くのひびを生じさせる。


『陸軍及び海軍より入電だ。これ以上の支援砲撃は不可能。アイツに届く弾は撃ち尽くしたってことかい』

「大丈夫です、ポーピンズ中佐。あとは――」


 ファリアが呼吸を整える。

 その刹那、空気を揺るがすほどの轟音が鳴り響いた。


「なんだ!?」

「焦るなっ、やつの大気圏突入の衝撃波だ。今になってきただけだ」


 その直後に、頭の一寸上を特急列車が走るような轟音が鳴り始めた。


「来るぞ――」

『敵衛星砲! 西大陸上空に接近!!』


 刹那、夜空が真昼色に変わった。

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