第24話 守護聖女の一擲
同刻、ウィレ・ティルヴィア西大陸州都モルトランツ北部。
夜空に迸った赤い光が満天を埋め尽くし、大地を焼くことなく収束していく。
「キルギバートだ――」
カザトが呟いた。
「あいつらが、やったんだ――」
「……そうね」
カザトとファリアは紅い光が収まった後の夜空に流星を見た。その直後、通信が入った。
『聴きな』
アン・ポーピンズの声だ。
『核弾頭は大気圏に突入後、南大陸上空で消失した』
「やぁったぜ!!」リックが快哉を叫んだ。
『最初の危機は過ぎたが、まだ次がある。神の剣が動き出した。すでに軌道投入角度に入って、軌道離脱しているらしい。予測通りならば二十分で姿を見せる。その後、一分内に片をつけなければ皆仲良くオダブツだ』
「一分って……!」
『一発撃つのに十五秒、計四発。ギリギリ必要な時間ってことだ。わかるかフィアティス、お前さんに与えられたチャンスは四回だけだ』
リックが喚くように言った。
「そんなの難し過ぎんだろ!! どうして――」
ファリアは首を横に振って、囁くように言った。
「いいえ、リック君。いいの」
ファリアの声はさざ波ひとつ立てず、いつもの優し気なままだった。
「中佐。結構です。やってみせます」
『頼んだ』
「ファリア」
それまで黙っていたジストが、静かに口を開いた。
「なんですか隊長」
「俺達はお前を信じる。何も気にするな。やってやれ」
「――はい!」
迷いなくファリアは頷いた。そうして照準を覗き込む。たった一つだけ残っている赤い点が不気味な黄色の光を帯び始めていた。ふと、ファリアは個別通信を開いた。
「カザト君」
「え、はいっ、な、何ですか?」
「ありがとう」
ファリアは引鉄に指を掛けながら言った。
「あなたに、私はいっぱい救われたわ。たくさん助けられもした。生きてるってこんなに素敵で楽しいことなんだって思うことができた」
「ファリア、さん」
「人間を、人をもう一度好きになることができた。全部、あなたのおかげよ」
目の前で赤い光が細長く、尾を引き始めた。
『――突入、突入! 時計合わせ始め』
「全機、動力起動! 大砲にありったけ送り込め!」
ジストが叫んだ。カザトも機を起動させる。その中でファリアは続けた。
「本当を言うと、すごく怖いわ。自信だってない。こんな事やったことなんてないし、正直上手く行くかもわからない。それでも――」
「ファリアさん」
「あなたがいてくれたから。それにエリイちゃん、隊長、ゲラルツ君、リック君。みんながいてくれるから、こうして立っていられるの。皆のためだったら私はどこまでも強くなれる。戦える。だから、この任務だけは私がやってみせる」
胸が震えるような鼓動をカザトは覚えた。
「カザト君、いつか言ってくれたわね。英雄になりたいって夢」
「――はい。ずっと、ずっと前ですけど」
「ずっとあなたが羨ましかった」
「え?」と返すカザトに、ファリアは小さく笑った。
「あの時の私は、どんな自分になりたいという夢さえなくて。だから、子どもみたいに夢を語るカザト君が、私にとってはずっとずっと眩しく輝いて見えたの」
「そんな。俺だって、皆を導いてるファリアさんがずっと眩しくて――」
「ありがとう。でも、あの頃の私には"そんなの自分にはふさわしくない"ってずっと思ってたの。それを変えてくれたのは、誰でもないあなたよ。カザト・カートバージ」
カザトの呼吸が、一瞬止まった。
「英雄になりたいって。笑われても否定されても、その夢を強く信じるカザト君が、私は好きよ。だから、あなたが私を信じるように、あなたも自分を信じて」
「……ファリアさん、俺。俺も……!」
ふ、と笑ってファリアは頷いた。
「その続きは、後にしましょう」
気恥ずかしさにカザトの顔が真っ赤になった。
その時、通信が入った。
『全機、特にフィアティス。聴け。連中の狙いが分かった』
「ポーピンズ中佐、どういうことだ」ジストが問うた。
『畜生め、抜かったよ。連中の狙いは別にある』
「……まさか」ゲラルツが苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。
『連中の狙いは公都シュトラウス! そこに落とすつもりだ!』
全員が息を呑んだ。
「どこまで……!」
カザトは呻くように言った。
「どこまで! 人の命をなんだと思ってるんだ!!」
『ガキンチョ。怒りはわからなくもないが、今はそれどころじゃないんだ』
「落下軌道か」
『そうだ。予測していたものとはかなり変わる』
コクピットのモニターに、当初の落下軌道が映し出された。神の剣は東大陸西部から南洋諸島を通り、そして北部に到達する。流れ星が夜空を一周し、そしてモルトランツ上空で視認できるようになる。というものだ。
『当初の予定では、神の剣を"迎え撃って射撃する"ってことだったが』
修正された軌道が映し出される。ほとんど深い軌道をとって東大陸上空を横切った神の剣は、そのまま西大陸北部を回ってウィレをおよそ一周した後でシュトラウスに突き刺さる。
『射程に入り次第、それを"追いかけて撃つ"』
「馬鹿な――」
ジストが呻いた。
「難しいなんてもんじゃない、不可能だ。空軍と弾道弾は?」
『突入角が深い。航空機じゃ接敵時間を稼げないし、何よりも近寄る前に衝撃波で粉々だよ。弾道弾で破壊するとしても時間が足りない。核で吹っ飛ばす話も出たが、そんなことをすりゃ、電磁障害で惑星の通信・交通・動力が終わる』
「やれ、ということか」
『そうだ。だから作戦を変える。西大陸からありったけの弾道弾を撃つ。その爆発と光が目印だ。弱らせるだけ叩いて砕く。フィアティス、お前さんは爆発の光を目印に照準し、ヤツに止めを刺せ』
「ま、待ってください!」
本部にいるエリイが上擦った声をあげた。
「もし、突入角が深くなるなら時間は――」
『シュトラウス到達まで十分。アタシらの上を通過するのに四十五秒。つまり、与えられた機会は"二発"だ』
「さ、最初の半分じゃねえか!?」
リックが素っ頓狂な声を上げた。
「無理だ」
ジストの呟きにアンが喉奥で嗤った。
『じゃあどうする。指くわえてシュトラウスが木っ端みじんになるのを見るかい。そうなりゃ明日から惑星公都はこの西大陸――というわけにはいかないんだよ。シュトラウスに落ちた神の剣はバカみたいな衝撃波と津波を生み出す。宇宙速度で突き刺さったデカブツは大陸沿岸の地殻帯を砕く。どうなると思う、惑星が死ぬんだ。そうなりゃ戦争は負けだ。降りる手はないんだよ阿呆共』
わななくように全身を震わせていたカザトは、為す術もなく座席にへたり込んだ。
「――やるしかねえ」
それまで押し黙っていたゲラルツが呟くように言った。
「やるしかねえんなら、俺はファリアさんを信じる。カザト、オヤジ、リック、エリイ、お前らは違うのか」
その言葉に、凍り付いていた場の空気に、一条のひびが入った。
「ファリアさん……!」
しばらくの間があった後、帰って来た言葉が彼らの氷を粉々に撃ち砕いた。
「大丈夫です」
祈るように俯いていたファリアは即座に顔を上げた。
表情に迷いはなく、声音はいつもの通り。
「私がやります」
ファリアの言葉に全員が頷いた。
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