第21話 ブリキの兵隊-2-

 ウィレ・ティルヴィア軍機甲部隊の到着は、ブルンナー機の撃破とほぼ同時だった。車中から空高く昇る爆炎を見たアクスマンは呻いた。


「間に合わなかった……!」


 4機のグラスレーヴェン―アクスマンは知る由もなかったが、ウィレ軍の戦線を食い破り続けた一機戦、二機戦の隊長機と、合流したクロス、ブラッドの2機であった―がこちらを見ている。


『大隊長! 目的は失われました、撤退を―』

「だけどブルンナーを……!」


 アクスマンは拳を握り込んだ。何もできなかったことへの後悔が彼をその場に踏みとどまらせている。


『我々の部隊まで死んだら、あの馬鹿どもの死を誰が伝えるんですか!』


 ブルンナーは死んだのだ。もう二度と分かり合うことはできない。


「……その通りだね。大隊、後退用意。2号車と3号車は我に続け。敵を引き離す」

『隊長、何を?』


 アクスマンは軍帽に跳ね上げていたゴーグルを装着した。皮手袋をはめ、こちらを向くグラスレーヴェンを睨み返した。


「公都近衛大隊は戦友を見捨てない」


 アクスマンは全18両の戦車部隊に手分けして砲撃準備の指示を飛ばし、自身は3両を率いて、わざとグラスレーヴェンの側面に回り込むように機動した。


 釣れた。果たして、喧嘩っ早そうな一機のグラスレーヴェンがディーゼを猛射して前へと踏み出してくる。アクスマンは地形の僅かな起伏を利用し、陰へ陰へと逃げ込みながら車体側面を乗り出した。素早く砲を向ける。


「照準!」

<照準良! 2、3号車これに同じ!>

「撃て!」


 別々の稜線から顔を出した複数の主力戦車が、同時に発砲した。砲火により地に生えた青草が千切れ飛び、土が舞い上がった。


<命中! 命中! 敵グラスレーヴェン転倒!>

「6から8号車、煙幕展開! 9号車、電子妨害!」


 言いつつ、陽動に当たった配下の車輌を逃がしつつ、アクスマンも遁走した。敵グラスレーヴェンは怒り狂ったように砲弾を浴びせてくるが、砲弾は全て手前で炸裂し、当たることはなかった。


「よし、これで!」

<隊長、敵グラスレーヴェン跳躍!>

「!」


 白煙を割って、グラスレーヴェンが躍り出る。空中で銃口をこちらに向け、照準を定めている。


「しまった、身を隠す場所が―」


 距離を詰められる。アクスマンが敵の痛撃を覚悟した、その時だった。空中のグラスレーヴェンが惑うように銃口を別方向、上へと向けた。その腕にいくつかの爆発が突き刺さる。


「なんだ?」

<隊長、公都所属の空軍飛行隊です! 今なら逃げられます!>


 羽虫に集られたかのように、グラスレーヴェンは火器を振り回して戦闘機を追い求めるが、やがて地面へと落ちていく。


 公都近衛大隊は後退を再開した。十数分をかけて森を踏み抜き、さらに数時間、洪水に湿った地面を跳ね、夕暮れ時に集結した場所まで逃げ延びた。


 車中で撤退を確認したアクスマンは深く息を吐いた。


「ブルンナー」


 思い返しても良い思い出など一つもない。彼とは衝突が絶えない仲だった。

 それでも陸軍に身を置き、今まで生き延びていた数少ない学友に、伝えたいことがあった。わかってもらいたいことがあった。

 出自も、優劣も関係なく、ウィレのために駒を並べる日が来ると信じている。そう伝えられる日がやがては来るだろう、そう思っていた。

 だが、そんな日は来なかった。同じ士官であり、一部隊の長でありながら、溝を埋められないままに別れた。そして死は平等に彼の命を飲み干した。そしてアクスマンは死神からの目こぼしを受け、今もまだ生きている。


―アクスマン、お前は―。


 ブルンナーの最後の言葉が脳裏をよぎる。今際の瞬間まで自分を嫌い続けていたのだろうか。最後まで憎み続けていたのだろうか。最早わからない。分かり合えないままに終わってしまった。虚しさに、アクスマンは肩を落とした。


<大隊長、全車撤収完了です>

「そう。……損害は」

<ありません。全員無事です>

「そっか。よかった……」


 頷き、アクスマンはおもてを上げた。何かを思い定めた顔に、笑みが戻る。


「公都シュトラウスへ繋いでくれるかい」


 大隊副官は意図を図りかねて惑った。その彼に、アクスマンは継いだ。


「ブルンナーの戦いを、彼女シェラーシカに伝えないといけない」


☆☆☆


 この日、モルト軍はガウストアーミィ部隊の殲滅に成功した。それほどの破壊を受けなかった機体は捕獲され、グレーデン師団によって即座に分解、調査が始まった。

 そしてウィレ軍新兵器の性能が白日の下にさらされるまで時間はかからなかった。


「この機体の通称はガウストアーミィ。グラスレーヴェンに対し腕部の火砲と右腕の鉄杭パイルによって重大な損傷を与え、撃破する構想の下作られたようです」


 戦闘の翌日。グレーデンはハッバート高地の頂にいるブロンヴィッツに対し、光速通信を使って報告を入れた。だが、国家元首たる男はさしたる動揺を見せなかった。


「腕部火砲はグラスレーヴェンの装甲を貫通可能で、脅威ではありますが、機体の反応速度が照準に追いついておらず、機動戦には不向きです。唯一の近接戦闘用の鉄杭も使用する機体の姿勢が安定し、かつ有効距離で使用しなければ、十分な威力を発揮できません」


 バラバラに、ネジの一本に至るまで分解されたガウストアーミィの画像を、ブロンヴィッツは「見るに値せぬ」と指で払った。


『言ったであろう。所詮は偽物。グラスレーヴェンの足下にすら及ばぬ』

「……は」

『ノストハウザンへ、全軍の進軍を再開させる。念のため、ガウストアーミィなる兵器の性能は数値化し、参謀部に送信せよ』


 ブロンヴィッツは心底の失望を隠そうともせず、画像を見て吐き捨てた。


『醜い粗錫ブリキの兵隊だ』


 ブロンヴィッツの顔に、初めて表情らしい表情が浮かんだ。それは嫌悪ただ一色に染まっていた。


『調査が終わり次第、全て破壊せよ』


 通信は終わった。後に残ったグレーデンは通信室を出ると、陣地の一角に広がる部品の山を静かに見つめ、腕を組んだ。


「これが、ウィレの隠し玉か」


 本当にそうか。であれば、この特殊任務はあまりに呆気がなさすぎる。


 グラスレーヴェンを語るには、敵の新兵器はあまりに急造品過ぎた。だが、この兵器を主軸に据え、本当にモルトへの反攻を狙っているとしたら―。


「こんな兵器で、我々に勝てると思っているのか?」


 グレーデンには、目の前にある新兵器を肯定することはできない。


「これが、ウィレの隠し玉なのか」


 グレーデンの自問は、兵器解体の喧騒の中に吸い込まれ、掻き消されていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る