第16話 新兵器、見参
「博士、あれは?」
グレーデンの言葉でキルギバートは我に返った。
フィーナ・レーヴェンの立つ格納庫の向こう側に、もう一つグラスレーヴェンが収まる空間が隠れている。まさかとキルギバートが思うよりも先に、アルスト博士は答えを示した。
「もう一機、用意をしております。これもフィーナ=レーヴェンと同時期の完成になりますが――」
「どんな機体だ?」
「機動力を大幅に強化した機体です。ご覧になりますか?」
否応もない。グレーデンもキルギバートも即座に頷き返した。
博士は娘と、二人の軍人を伴って奥の格納庫へと移動する。そこにあった機体は、キルギバートらをさらに瞠目させた。
「赤い……」
血のように鮮烈で、艶のある赤色の機体だ。機影はフィーナ=レーヴェンに似通った重厚感を持っているが、いくらか従来のグラスレーヴェン寄りで、細身の印象がある。二つの鋭い眼は被膜が赤色なので、宇宙空間でもきっと深紅に輝く事だろう。この機体には腰部の放熱板がない。代わりに、あらゆる開口部に推進機構が覗いていた。
「機体名は
「赤い機動戦機……。だから赤い雷か」
アルスト博士は頷いた。
「試験運用では戦闘速度においてグラスレーヴェン改型"レーヴェン"の二倍を記録していますが、理論値では五倍まで――」
「五倍だと!?」
キルギバートが驚きっぱなしなのも無理はない。そのような速度を出せるとしたら、それはまさしく――。
「――化け物だ。搭乗員がもたない。加速圧で気絶するか、最悪死んでしまうぞ」
「それが理論値である理由です。この機体の加速力に耐えきれる頑強な試験搭乗員がおりませんので、この機体の正しい性能を測ることができないのです」
キルギバートは赤い機体を見上げた。
「いや――」
「少佐?」
「ただ一人いる。この機体を扱いこなせる、頑強で高速機動戦に向いた攻撃的な搭乗員がな」
キルギバートの言葉にグレーデンがにやりとした。
「確かに彼なら乗りこなせるかもしれないな」
銀髪碧眼の青年将校は大きく頷くと、アルスト博士の手を取った。
「きっと素晴らしい機体になる。どうか、よろしくお願いします」
☆☆☆
キルギバートとグレーデンは研究施設を退去した。アルスト博士は人の好い笑みを浮かべて、娘のレナを伴って彼らを見送ったものの、ついにレナはキルギバートらに笑みの欠片のひとつさえ見せなかった。
軍人二人を見送ったモルト至高の頭脳を持つ老人は、首を曲げてレナの方へと振り向いた。その動作がなんとも山羊のようにおっとりとしている。
「良い御仁だったなぁ。軍隊といえば粗暴なのが多いのだが、ああいう人もいるものだよ」
「それでも、軍人は嫌いです」
レナの返答はにべもなかった。
アルスト博士は微苦笑を浮かべて頷き、娘の肩を抱いた。
「これが我々の仕事なんだ。すまんなぁ、レナ」
レナは父親の胸に寄り掛かった。その動作だけが年相応の少女らしいところだった。
「お父さんのせいではない、です。私たちのしたかった仕事を、取り上げて、私たちのしたくないことを押し付けているのは軍ですから――」
「……だがなぁ、レナ」
「え?」
アルスト博士は愛娘の頭を撫でて、屈みこんだ。
「あの御仁たちならば、私たちのやりたかった事を、いつかやらせてくれるかもしれないな」
レナの目が、一瞬だけ丸く見開かれた。だが、最後まで晴れない表情で少女は口を開いた。
「……この国が、戦争に勝てば、です」
アルスト博士は言葉に詰まった。そうして周囲を見渡し身の安全を確めた上で、目を伏せ、静かに頷いた。
「そうだな。そのためにも、今は良い機体を造ろう。あの少佐が、生き残れる機体を。敵を退け、この国を守れるだけの、機体を」
レナは答えにいくらか
それでも、父親と同じように静かに頷いた。
☆☆☆
首都アースヴィッツの兵営にキルギバートが帰還した。
部下たちにとって、このところの彼は常に冴えなかった。難しい顔をして黙り込みながら帰営することが日常化していたが、今日のキルギバートは何かが違っている。
「カウス!」
「は、はいっ」
「皆を集めろ。皆で夕飯を食うぞ」
カウスは喜んで席を立っていった。ウィレの前線に立ち、皆と共に戦っていた頃の彼が帰ってきた。それこそがカウスの知る、尊敬すべき上官の姿だったからだ。
そして窓際で本を読んでいたクロスは項から目を上げて、ソファの上で寝そべっているブラッドに目を向けた。二人とも目が合った。
彼らはわかっている。自分たちの隊長が高揚し、張りつめているということは戦いの時が近いということだ。
だが、その方がいいのかもしれない。この月の神殿のような場所で政治や謀略に気を尖らせるキルギバートなど彼らしくはないのだから。
「ブラッドさん」
「ああ、わかってるぜ」
今度の戦いは今までとは違う。祖国防衛。宇宙を戦場にした果てのない防衛戦。その時、我々の隊長は誰よりも猛々しく戦うだろう。そうして、その時には多くの敵が恐れ、同時に殺意の矛先を彼に向けるはずだ。質量に勝るウィレ・ティルヴィア軍の猛攻の矢面に立つ。それこそがキルギバート、そしてその僚友である自分たちに課せられた宿命だ。それでも。
「あの隊長を支えようじゃねえか」
「ですね」
いつか『知らない人のことなど知らない』と言った楽天家の相棒の言葉に、今ならクロスも心の底から同意できる。自分たちが剣を捧げる相手は国でも元首でもない。上官にして、常に自分たちを守って戦い続けた
「負ける気がしねえよ」
言って、ブラッドは寝そべっていたソファから身を起こして、伸びをすると食堂に歩き出した。クロスもそれに続く。
ウィレ・ティルヴィアによる宇宙侵攻まで、あと12時間。
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