第15話 フィーナ=レーヴェン

 人形のような少女―レナ・アルスト―はすぐにキルギバートと距離を取り、その保護者であるゲイツ・アルスト博士の下に身を寄せた。背中に隠れるようにして、キルギバートとグレーデンを伺っている。父であるアルスト博士は困ったように眉尻を下げた。


「これ、レナ」


 なにか不快な思いをさせたのかと戸惑いっぱなしのキルギバートに対して、アルスト博士は眉尻を下げ人の好さが滲んだ笑みを浮かべて頭を下げた。


「申し訳ございません。軍属ではあるのですが、その――」

「軍服を着た者が苦手なのだそうだ」グレーデンが繋いだ。


 「あ」と思わずキルギバートは声をあげた。事情が分からないにせよ、自分の出で立ちは軍人そのものだし、そういうことであれば初めて出会った時の彼女の反応も何となくではあるが腑に落ちた。いきなり腕を掴まれたら、それは怖いだろうとキルギバートは申し訳のない気持ちになった。


「あまりお気になさらず、少佐。軍務局に遣いに行ってもらうなどしておりますし、いずれは慣れます」


 思えばその"遣い"の帰り道に自分と出会う事になったのだろう。キルギバートは頷くと気を取り直して口を開いた。


「アルスト博士、閣下。例の新鋭機、とは――」


 はやるキルギバートに、レナが少しばかり眉をひそめた。


「ええ。用意しております」アルスト博士は頷いた。

「ただ、まだ実戦では使えません」


 グレーデンの目が瞬いた。


「元首閣下、ベーリッヒ元帥からは受領できると聴いていたが」

「駆動系にも、推進部にも課題が残っております。この状態で出すことは――」

「なんだと……」


 グレーデンはすぐに気付いた。

 恐らくは新鋭機の実戦投入を急がせたい上層部の思惑と現場が食い違っているのだ。


「戦隊で引き取り、調整を済ませれば出られると聴いていましたが」


 グレーデンが咎めるような声音で制止した。


「少佐」


 キルギバートもようやく気付いたようだった。

 困り顔のアルスト博士の様子に、キルギバートは苦虫を噛み潰したような顔になった。こういう事があるからモルトは地上戦でウィレに遅れを取ったのだ。


「そう、ですか。無理を言いました。博士」

「いえ……」


 とはいえ、配備を急ぐのも事実だ。「まだ出来ておりません」と言われ、回れ右で帰るわけにもいかない。気を取り直したグレーデンが博士の方へと首を曲げた。


「ひとまずだ、博士。実物を見ることはできるか」

「ええ、外装はほぼ完成しています。内部機構がまだですが」

「わかった。姿形の把握だけでもしてはおきたい」


 そういうことであれば、と老紳士めいた博士は穏やかに頷いてキルギバートたちを案内した。レナも父親である博士にぴったりとついてふたりの軍人を先導する。


「大きいな」施設を歩くうちに、キルギバートは思わず心の声を漏らした。


 グレーデンも頷いて肯じた。それほどまでにアルスト機関は巨大だった。天井までの高さもおよそ人の三倍はあるし、通路も軍用車がすれ違うに充分の広さがある。キルギバートは似たような景色を思い出した。昔、グラスレーヴェン搭乗員になりたての頃に見学したグラスレーヴェン工廠のそれにそっくりだ。


「研究所というより、一個の大工廠だ」

「この戦争が始まる前からグラスレーヴェン、荷電粒子技術の研究所として運用されております。国内の技術開発機関としてはそれなりに大きい方ですな」


 なるほど、と キルギバートは息をついて軍服の胸ポケットに手を当てた。

 ふとクロスの顔が脳裏に浮かんだ。ウィレにいた頃、新しい知識をもたらしてくれたのは常にクロスだった。部下をもつ手前、恥をかかないようにメモを取っていたが、なるほどモルトの内部でも知らないことはまだまだ多いのだ。


「メモは取るなよ、アルスト機関内部の全てが機密だからな」

「え、ああ、はい」


 「図星だったか」グレーデンは微苦笑を浮かべた。


「工場見学とは違うからな」

「申し訳ありません」キルギバートは耳まで赤くなった。


 アルスト博士はふたりの様子に目を細めながら、十数分ほどかけて複数の区画を歩き続け、奥まったところの隔壁の前で足を止めた。他の区画よりも少しばかり照明が抑えられていて薄暗い。隔壁の隅には扉があり、そこから人が出入りするようになっている。


「ここです」


 キルギバートは唾を呑んだ。扉は人が入れるほどの小ささだ。そして扉が据えられている隔壁は明らかにグラスレーヴェン一機が通れるほどの巨大さがある。


 この奥に、新鋭機がある。


 アルスト博士が扉に手をかざす。生体認証によって扉の主の認識が完了する。

 呆気なく感じるほど軽い空気音を立てて、扉が開いた。向こう側には暗闇が広がっている。


「どうぞ」


 微笑む博士の笑みをなぜか空恐ろしく感じながら、キルギバートは扉を潜った。グレーデンもその後に続く。扉が閉まり、通路の明るさがすぐに遮断された。真っ暗闇となった空間の中でキルギバートは何かを既に察知していた。


――いる。


 この空間の主の存在を、キルギバートはまず嗅覚で察知していた。グラスレーヴェンに施される塗料の独特のにおいや、内部駆動などのモーターの灼けたようなにおい。そして、関節部、油圧部などに施される油のにおい。これはどうあっても隠せるようなものではない。


 においはキルギバートの正面から漂っていた。見上げるが、目が暗さに慣れていない。バツン、と大きな音がして目の前が真っ白になった。


「……!」


 照明がついたのだった。

 明るさへの幻惑が終わった瞬間、目の前にあるものが像を結んだ。


「これは――!」キルギバートがその蒼い瞳を丸く見開いた。

「おお……!」グレーデンは感嘆の声を漏らした。


 アルスト博士が頷いて、目の前に現れた"巨人"の名を告げた。


「2720型モルト国汎用戦術人型兵器第四試作機"フィーナ・レーヴェン"です」


 黒地に銀色の塗装を施した、濡れたように艶のある装甲。すらりとしたフォルムだが、半面その手足はがっしりとしていて地上で扱っていたグラスレーヴェンから見てもより強靭な印象を与えている。

 グラスレーヴェン特有の二つの眼は、鋭さを残した多角形でどこか"大きな二重瞼"のようにも見える。

 目を引いたのは腰部だった。鎧の草摺か、あるいは腰巻のようながっしりとした装甲板が腰元から人で言うところの尻のあたりをぐるりと覆っている。その上、左右には長大な金属板が一枚ずつ取り付けられていた。


「これは、放熱板か」


 グレーデンも同じところを見ていたようで呟いた。


「そのとおりです。閣下。この機体は荷電粒子砲を主兵装にしていますので」

「荷電粒子砲を!?」


 キルギバートが思わず声を上げた。荷電粒子砲といえば、それこそ飛行母艦などの巨大兵器にしか搭載できない大砲だ。それをグラスレーヴェンの兵装にするなど――。


「あり得ない……」


 否定的な言葉さえ感嘆詞になり得る。

 底知れぬ力を持った人型兵器が目の前に在る。


 感想が出てこない。語彙力の全てを目の前の巨人に奪われたまま、キルギバートはしばらく"フィーナ・レーヴェン"を見上げていた。



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