第9話 そして少女は西へ行く
「シェラーシカ大尉」
司令部を出かける直前、後ろから掛けられた声に振り向いた。
「エドラント将軍!」
声をかけたのはウィレ・ティルヴィア軍准将の制服を着た壮年の男だった。くすんだ金髪を短く刈り込み、背は低めだが体格はがっしりとしていて逞しい。
スミス・エドラント陸軍准将。シェラーシカ・ユルの部下にして、シェラーシカ・レーテの士官学校長を務めた人物だった。
「その様子だと、相当にオルソンとやり合ったようだな」
「いえ……。将軍、ありがとうございました。貴方の情報がなければ、きっと―」
「私がヤツとやり合うより、君がやった方がと思ってな」
「ひどいです、将軍。私みたいな十七の若輩者をオルソン大将にぶつけるなんて」
違いない、とエドラントは苦笑し、シェラーシカも肩を竦めて笑った。
「シェラーシカ大尉」不意に、エドラントの表情が引き締まった。
「何でしょうか、将軍」
「私も西大陸行が決まった。しかも防衛軍司令官だ」
シェラーシカは絶句した。
「そう驚くことはない。私も軍人だ。この非常時に将官である以上、責任は果たさなければならない。それが―」
「それが、軍人である者の使命なら、ですか?」
「そうだ。君には何度も話したな」
「で、あれば私もお供します。というより、もう決まってしまいましたけど」
エドラントが制止の言葉を舌に乗せ、やがてそれを飲み込んだ。「ヤツめ」と毒づいたが、最早どうすることもならないのだ。ベルツが、議会が、ではない。状況がそれを許さない。
「……間違いなく、過酷な戦いになる。明日がどうなるかもわからん」
シェラーシカは頷く、というよりも顎を引いて同意した。
「それでも、君の父上はお認めになるのだろう」
「はい。きっと父こそ西大陸に赴きたかったはずですから」
エドラントは頷き、踵を返した。
「ではな、大尉。また出発の日に会おう」
「ええ、将軍も。御武運があらんことを」
シェラーシカは、再びひとりになった。
気付けば夜空には星が瞬いている。肌寒い風が頬を撫でた。ふと、戦地にいるだろう、かつて許嫁であった敵将に思いを馳せた。
"あの人"は、大丈夫だろうか。
自分もいつか、戦うことになるのだろう。
「いつか、私は、その時に―」
自動車の前へと戻る。眠りこけている運転席の部下の肩をそっと叩いて起こす。慌てる部下にシェラーシカは微笑んでいった。
「待たせてしまいましたね。帰りましょう?」
夜空が白めば新たな一日が始まる。
そしてシェラーシカ・レーテは西へと旅立つのだ。
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