第40話 顛末:次の戦いへ-ラインアット隊-

 ノストハウザンの戦いから一夜明けた東大陸は全土に渡って快晴となった。


 空は高く、青い。


「索具上げろ! ゆっくりだ!」


 かつて市街地があった焦土の窪地では早くも捜索と復旧工事が並行して行われていた。松葉杖をついた男が立っている。相変わらずぼさぼさの黒髪で、全てに疲れたような眼をして、煙草をくわえていた。


「ちゃんと張っておけよ、切れたら周りの人間全員が吹っ飛ぶぞ」


 ジストは言いつつ、危険の伴う作業をかなりの至近距離で見守っている。


「ポーピンズのクソババア、こんなガキどもを押し付けるとはな」


 わかってはいた。しかし、初陣は限りなく無様だった。初戦はグラスレーヴェン部隊を撃破し、隊員はそれぞれ撃墜数を挙げた。ケチがついたのはその後だ。敵の司令官を取り逃がし、さらに生き埋めにされた。足に負ったけがはその時のものだった。


 生き埋めにされ、最初に生還したジストを高笑いで出迎えたのは、彼らの上官だった。


―ウヒャヒャヒャ、今回も死に損なった気分はどうかいアーヴィン

―悪いが、埋まっているガキどもを助けたら、すぐに南に向かっとくれ。そうとも追撃だ。モルトの戦線をこの戦いで一気に崩す。休んでる暇なんかないよ。


―それと、お前たちの部隊名はそのまんまだ。ラインアット隊、戦線を穿つ者としてモルトのクソムシどもに地獄を見せてやんな。


「無茶を言いやがる」


 アン・ポーピンズに対して言い返した言葉を繰り返しつつ、ジストは空中を仰いだ。轟音と共に重機が鋼鉄の塊を地下から引き上げていた。


「やはりな」


 煙草をくわえたまま、ジストは口元を吊り上げた。


 外へと開いたハッチ、そしてコクピットからパイロットが一人転がり出てくる。地面にどさりと落ちた搭乗員は大の字に寝っ転がった後、上体を起こしてヘルメットに手をかけた。脱ぎ捨てたそれから、黒い髪が露わになった。


「死ぬかと、思った……」


 カザト・カートバージは生き残った。あの業火の中、崩落するノストハウザンの瓦礫に埋もれてなお、ラインアット・アーミーという鋼鉄の外殻に守られ、生還した。ジストにとっては予想し得たことであれ、こうもアーミーに対する期待が外れないというのは気分がいいらしい。


「お前も死にぞこないの仲間入りだ。カザト」

「隊長……!」


 ジストは作業を見つめながら煙をくゆらせている。やがて一本を吸い終えると、胸のポケットをまさぐり始めた。


「それより。お前、引き金を引かなかったな」

「はい」


 たっぷり時間をかけ、一本を選り抜くと火をつけた。カザトはそんな隊長の様子を見て緊張が解けない。現状、彼らの信頼関係はその程度のものだった。しかしそれでも生き残ったのだ。あのグラスレーヴェンを相手に圧倒し、都市の崩壊からも生還してみせた。


 ジストは横目でカザトへと振り向いた。


「なぜだ?」

「……撃てませんでした。彼らは?」

「先ほど、街外れの地下から胴体だけになった黒焦げのグラスレーヴェンが見つかった」


 カザトは口元を引き結んだ。ジストの言葉の続きを待っている。


「コクピットは空だった。逃げ出したと見て間違いない。逃げそこねて焼け死んだにしても、それらしい痕跡は今のところ見つかっていない」


 俯いたカザトに対し、ジストは地下へと伸びていく重機の索具へと目を移す。


「とはいえ、今となっては東大陸の西半分はウィレ軍の支配下だ。手負いの連中が戦闘後半になって、モルト軍の本隊と合流できたとは思えん」


「連中が逃げたとすれば南方州に繋がるデイロ山地だ」

「デイロ山地って、シュトラウス近辺では一番大きな―」

「そうだ。だから、今朝から山狩りが始まってる。ウィレ軍だけじゃない。惑星政府お抱えの賞金稼ぎバウンティハンターまで動員したモルト軍人狩りだ。逃げ切れるとは思えんがな」


 ジストは考えを巡らせる。敗走するモルト軍の兵士たちの悲惨さは、果たしてかつての自分たちの苦しみを上回るものだろうか。


 だとすれば溜飲も下がるが、この後味の悪さは煙草によるものではあるまい。


「隊長……」


 思いにふけるジストに、カザトが遠慮がちに声をかけた。



「なんだ」

「その、根拠は、ないんですが」

「はっきり言え」

「彼らは生きているような気がします。きっと、また会う気がしてるんです」

「なぜだ」

「いや、その……なんとなく、死んだとは思えないんです」


 ジストは何も言わなかった。ただ南にそびえ、広がっている緑の裾野を眺めていた。それから少しばかり目を閉じ、煙草を地面に落として足で踏みにじった。カザトへと向き直る。


「であれば、その時はわかっているな」


 カザトの首筋から肩が強張った。唾を飲み込み、静かな圧力の前に姿勢を正した。


「引き金を引かなかったツケはきっちり回収しろ。お前の手で、だ」


 一瞬の重苦しい沈黙を破るように、重機の轟音が鳴り響いた。カザトが目を見開き、ジストが疲れ切った瞳をわずかに細める。吊り上げられた紅い鋼鉄の機体が目に入る。轟音は僚機の生還の合図だ。


「今はともかく、祝ってやるか。お前たちが生き残ったことをな」


 ジストの目線が再び焦土へと向けられる。重機により吊り上げられたアーミーは4機。その全てが赤い装甲をしている。


 地上へと機体が据えられ、パイロットたちが引っ張り出された。ファリアは兵士たちの支えを借りながら地上へと降り立ち、リックは疲労困憊した様子で脱出装置を使って滑り降りた。ゲラルツはハッチを蹴り開けて救助が遅れた作業員を脅しつけている。


 カザトは助け出された仲間たちの元へと走っていく。その背中を見送りつつ、ジストは表情を消して空へと視線を送った。


 あのモルト兵の遺した言葉が忘れられなかった。そして、― 万一にも生き延びていればだが―その遺志を継いだであろう逃げ出した敵兵のことも気がかりだった。


「きっとまた、か」


 カザトの言った言葉が忘れきれず、ジストはもう一本の煙草に火をつけた。


 ふと、背後から吹いた風に気を取られ、ジストは振り向いた。その先にウィレ・ティルヴィア軍の高級将校の制服を着た数人が目に入る。一人はでっぷりと太った中年の男、もう一人は魔女のような痩せぎすで猫背気味の中年女性(その傍らに眼鏡を光らせる生真面目そうな将校が控えていた)だった。


 そして、その隣には亜麻色の髪を風になびかせた女性将校が立っていた。彼女はジストと目を合わせ、静かに頷いた。


 その表情を、ジストはよく知っていた。打ちのめされ、夢を一度破られた者。戦いに疲れ果て、困憊した人間のそれだ。だがあの少女だった軍人は、すでに次の戦いへ向かう意思を固めているようだった。ジストは彼女の瞳にある炯烈な光を見て、そう悟った。


 ジストは姿勢を正して敬礼する。背後で部下たちのやかましい声が聴こえているが、あえて気にしないことにした。


「さて、次へ進むか」

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