第4話 共同作戦開始
アーレルスマイヤー率いるウィレ・ティルヴィア陸軍第一軍がモルトランツへ乗り込んだのは、この日の午後三時。すでにシュレーダー逃亡のシャトルは宇宙へ上がりきり、恐らくは猶予もない頃合いであった。
モルトランツ総司令部横の駐機場で装甲車から身を乗り出したアーレルスマイヤーはグレーデンに迎えられた。両者は敬礼を交わし、やがて握手を結んだ。
「反逆者だぜ、これで」
「そうですねえ」
ブラッドがにやつきながら呟き、クロスはにこにこと応じた。
「いいんですか大尉。これで」
「よくない」
キルギバートは肩を竦めた。
「とはいえ、無性に腹が立つ。悪くない気分なのがな」
その直後、キルギバートやラインアット隊も交えた作戦会議が開かれた。座長はグレーデンとアーレルスマイヤーであり、進行役をヤコフ・ドンプソンとケッヘルが務めるという何とも名状しがたい珍妙な光景だった。
「――ということだ。ラシン大佐。かくいう次第となった」
『ウィレ・ティルヴィア軍との休戦協定とは思い切ったことをなさいましたな』
シレン・ラシンは未だ北面で戦闘の最中だった。胸中複雑そうではあったが、もはや孤軍奮闘の類で事態が打開できないという事はシレン自身が肌身で体感しているらしく、グレーデンへの不服も出ない。元より、彼はグレーデンに忠誠を誓っているため、反対のしようもなかった。
ラシン家の武人としての忠節。その強みが今、最大限に発揮されている。
『しかし、それにしても――』
「すまん、大佐。北方州軍のことだろう」
アーレルスマイヤーは軍帽を脱いだ。
やはりというべきか、アーレルスマイヤーの戦闘停止命令に北方州軍が従わない。彼らはモルトランツ一番乗りの功績を奪われて怒り狂ったようにモルトランツへの攻撃を敢行していた。
ウィレ・ティルヴィア軍西大陸方面軍司令車輌では――。
「馬鹿なッ!! モルト軍との共同戦線だと!?」
ベルツ・オルソンは顔を真っ赤に染めて激昂していた。モルトランツ一番乗りの軍功は御破談となり、最大の餌であったシュレーダーには逃げられた。もはや内応工作で得ようとした旨味も消え去り、握っていた弱みを暴露するには機会が失われていた。
「アーレルスマイヤーめ、何を、何をッ! 図ったな、図りおったな……!」
くわえてベルツを激怒させたのは、彼が
「全戦力を北へ投入しろ!! モルトランツを轢き潰せ! アーレルスマイヤーがいようと構わん! 砲撃を加えて忌まわしいラシンの白鷹ともども吹き飛ばせ!」
顔面を赤黒く染めるベルツは狂ったように叫んだ。
「モルト人は根絶やしだ……! 許さんぞアーレルスマイヤー。敵に通じたのならば、お前ごとモルトランツを吹き飛ばしてやる……!」
と、ベルツ・オルソンの狂奔ぶりは戦局を見るに明らかで、そのことはアーレルスマイヤー大将も予測はしていた。
『この程度のことであればお任せを。いなして、守って、勝ってご覧にいれましょう』
シレンは事もなく言いきって見せた。アーレルスマイヤーは驚いたように目を見張ったが、グレーデンも事もないように平然としているのを見て、やがて微笑して頷いた。
「頼む。モルトの最精鋭たるラシンの武人の力、あてにしている」
『軍旗に誓って。それとキルギバート』
「なんでしょう、ラシン大佐」
『いささか疲れた。交代してくれてもいいのだぞ』
キルギバートらが笑った。
グレーデンは「会議が終われば楽をさせられるはずだ」とシレンを宥めると、そのまま軍議に入った。
「まず、我々が直面している問題としては"モルトランツへの核攻撃"だ。モルト軍将兵、及びウィレ・ティルヴィアに住む惑星市民の犠牲は断固としてこれを防がねばならん」
「ウィレ・ティルヴィア軍将兵も、その中にお加え願いたい」
半眼でグレーデンを睨むアーレルスマイヤーに対し、モルト軍きっての名将は怯まずに「失敬」と微苦笑で受け流した。
「――何はともあれ、我が軍はウィレより整然と撤退する。貴軍にはそのための作戦支援を願いたい。報酬は、無傷の西大陸州都。及び西大陸北部の工業地帯の明け渡し。惑星復興のためには十分すぎる置き土産となるはずだ」
「承知した。して、残された時間は?」
「三時間。日没までには親衛隊は衛星軌道上に達する」
「そこからどうするつもりだ」
「考えられるのは二つだ。大気圏内に直接核弾頭を投入する、もしくは――」
グレーデンは立体映像を映し出した。衛星軌道上図が投影され、そこに華の花弁のような形をした砲身が映し出された。
「神の剣、と呼称される衛星砲に核弾頭を装填し、狙いをつけたうえでモルトランツ上空に投下する。……恐らくこれが奴らの狙いだろう。衛星砲は親衛隊の支配下にあるから。これが作戦とみて間違いない」
アーレルスマイヤーは呻くように言った。
「核融合弾頭を撃ち込み、他の核弾頭と連鎖起爆させる。最終戦争の再現を西大陸でやる。ということか」
「ですが、疑問が残りますねぇ」
そこまで無言で話を聴いていたヤコフ・ドンプソン参謀長が肉に埋まった顎を撫でながら首を傾げた。
「核融合弾を爆発させたところで、よしんば起きて誘爆といったところでしょう。上空で大規模な爆発を起こせたとして、モルトランツは甚大な被害を被るでしょうが、西大陸全土への被害というのはどうなのでしょうか」
その言葉に、ファリアが頷いた。
会議では休戦の突破口として招かれた彼らも発言を許されている。当然、モルト軍の厳粛な参謀将校たちは良い顔をしなかったが、グレーデンが許している以上従わざるを得ない。
ファリアは許可を得て立ち上がった。
「連鎖爆発には一発の起爆よりもより強力な熱源が必要になるはずです。かつて水爆の起爆に原子爆弾が使われ、中性子爆弾の起爆に水爆による多段階起爆を使っていたように」
それを聴いていたグレーデンはケッヘルに目配せした。咳払いした幕僚官はファリアへと向き直り、ただ一言「可能だ」と告げた。
ケッヘルは衛星砲を指した。
「核弾頭に電子照準を連携させておき、地上への発射直後に続いて光熱・荷電粒子を照射すれば……」
「レーザーと荷電粒子の熱量による多段階起爆……!」
グレーデンは神の剣を睨みながら頷いた。
「理論上は可能だ。それも最上級の熱量が得られる。地上まで到達する百億度の熱をな」
アーレルスマイヤーは目を見開いた。その額には冷や汗が浮かんでいる。
「そんなことをすれば瞬時にこの地下の核弾頭すべてが起爆し、同時に起きる核融合で西大陸の北半分は消し飛ぶ。ウィレ・ティルヴィアの人間全てが死傷することになるぞ」
ウィレ軍の面々が青ざめ、ケッヘルが後ろ手を組んだ。
「それだけならまだしも、ウィレは大気にも大打撃を受けるでしょう。訪れるのは核による冬の時代です。何百年と続く、大気汚染を伴った冬が」
「そんなことを許すわけにはいかない……」
「核兵器を無力化するために取れる方法はただ一つです。宇宙に上がった起爆用核融合弾を無力化する事。つまりは、破壊――」
「しかしどうする? 全戦力を宇宙へ上げることは許されない。宇宙へは――」
そこまで言った時、グレーデンはキルギバートを見た。
「キルギバート大尉」
「は、グレーデン閣下」
「宇宙へ、上がってもらえるか」
キルギバートは息を呑んだ。グレーデンは頷き、衛星を眺めながら続けた。
「地上の守りはラシン家を。宇宙へは我が軍団の機動戦隊。二局面にモルト軍の最精鋭をもって、この難局を打開するしか道はない。キルギバート大尉。やれるか」
キルギバートは拳を握りしめた。グレーデンは彼をまっすぐ見つめ、キルギバートもグレーデンの灰色の瞳をまっすぐ見返して、やがて頷いた。
「やります。我々を、宇宙に上げてください」
「決まりだ。では、核攻撃阻止・モルトランツ明け渡しを目的とする最終作戦を開始する!」
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