第25話 少年たちにも悩みがある
ファリアとの夕食を終えたカザトは、己の乗機へと戻っている。
兵舎はない。今は愛機の操縦室こそが彼らの寝所であり、生活の場だ。
「……ファリアさん」
ハッチを開いたまま、座席にもたれかかり、頭の後ろで腕を組んで星空を見上げる。
夕食の際、彼とファリアは多くを語ることはなかった。ファリアは元々物静かなだし、カザトはそんな彼女を憧れに思っている。今日の夕食にしてもそうだ。ファリアは常に彼女らしく振舞った。
カザトは、ラインアット隊においてファリアが一人の敵も作らず、なぜ衝突しないのかがよくわかった。大概の人間は彼女と話せば、彼女のことが好きになる。ただ、少ない一言ひとことが思いやりに満ちていて、カザトは彼女のことがますます好きになった。
だからこそ、毎日毒を吐き、荒れ狂っては人に敵意を向けがちなゲラルツもファリアを攻撃することはしないのだろう。
―ゲラルツ君も苦しんでいるわ。
食後、水筒に入れた紅茶をカザトに手ずから淹れてやりながら、ファリアはそう言った。わかるようで、わからない。ゲラルツの苦しみとは何なのだろう。人に敵意を向けざるを得ない性格に苦しんでいるのか、それとも―。
【―知っている。君がモルト人であるということも】
アーレルスマイヤー将軍の言葉と、激昂したゲラルツの表情が鮮明に蘇る。ゲラルツがあれほど我を忘れた姿をカザトは見たことがなかった。荒れている時でもどこか冷静で、相手の方が高ぶっていると思わされることがほとんどなくらいだ。ゲラルツが喧嘩相手を完膚なきまでに叩きのめすことができるのも、そうした「冷めている」ところが彼にあるからだろう。
彼の苦しみは、逃れられない出自によるものなのか。それさえわからない。
結局、カザトには知らないことが多すぎるのだ。軍人や隊というものがどういうものか。そして仲間たちのことさえ。
それにしても―。
「ファリアさん、綺麗だったなー……」
「当たり前だろ」
カザトは座席から跳ね起きた。目の前でリックが悪戯っぽい意地悪な笑みを浮かべていた。
「リック、おまっ!? 勝手に入ってくるなよ!」
「じゃあ戸締りくらいちゃんとしとけよ」
「アーミーに戸締りも何もないだろ!」
「網戸くらい着けられるんじゃね?」
頭をぼりぼりと掻きながらカザトは項垂れた。カザトはリックのことが好きではないが、嫌いでもない。
「何しに来たんだよ」
「ゲラルツが荒れてて巻き添え喰いそうだから離れてきた」
「なあ、リック。ゲラルツとよく一緒にいるけど、そんなにいて大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
「いや、俺のゲラルツに対する印象って、喧嘩しているか、何か物を壊しているかのどっちかだからさ」
頬を掻くカザトに対して、リックは「にゃはは」と笑いながらハッチの横にあるフレームへもたれかかった。
「とばっちりばっか受けてるんじゃないかって?」
「まあ……そんなところ、かな」
「逆に訊きたいんだけどさ。お前、それ以外にゲラルツの何を知ってる?」
「えっ」とカザトは言い淀み、そのまま黙り込んだ。確かにゲラルツについて何か言えと問われても、カザトはそれ以外に彼のことを言い表す術を持たない。
「だからじゃねぇか。ゲラルツがお前のことをウザがってるのはさ」
「あ……」
「自分のことを何も知らないのに、色々と世話を焼かれたって誰だって困るだろ?」
―うぜぇんだよ。
―気安く近づいてみろ―。ぶっ殺してやる。
カザトの脳裏で渦巻いていたゲラルツの罵倒のような言葉の一つひとつが、ゆっくりと動きを止めて意識の水底へと落ち着いていく。
「ゲラルツもさ、アイツも疲れてんだぜ。本当に時々だけど、そういう時があるんだよ」
リックはフレームから足を垂らして、ぶらぶらと揺さぶった。
「でもそういう時、慰めでもしたらぶん殴られるから、どうにもできねぇんだなこれが」
やれやれ、とリックは呟いた。
「オレのこの部隊での立ち位置って何なんだろうなー」
「へ?」
「いや、自分探しなんてダセェこと言わないけどさ。ゲラルツはあんなだし、お前は英雄オタクだろ。ジストの親父はベテランだし、ファリアの姉貴は落ち着いてるし」
リックは腕を組んで星空を見上げた。
「ホラ、オレって何の取り得もねえじゃん? バカだし。家柄だってフツーの……ちょっと違うなら兄弟がたくさんいて、その下の方っていうどこにでもいる奴じゃん」
「へえ、何人いるんだ?」
「6人」
「思ったより多いんだな……」
「ああ。オレはそこの四男だよ。下に弟と妹がいる」
「ほんと、オレって何なんだろうなー」と言いながら、考え込むように首をかしげるリックに対して、カザトは口をぽかんと開いたまま彼を見つめていた。カザトがリックに抱いている印象が、少しだけ変わった。
いつも軽薄で悪ぶって、ふざけることが好きで、何の悩みもなさそうなリックにも思い悩むところがあるのだ。
「俺は、今のリックのままでいいと思う」
「え」
「俺はリックにはなれないよ。お前の真似をしてゲラルツに近付いても、殴り飛ばされるのがオチだろ」
「ん、まあな」
それがリックなんだよ。と、カザトは言った。他に上手い言い方もあるのだろうが、未だ少年のカザトにはそうしたものが思い浮かばない。
「バカでも、ちょっといい加減でも、それがリックなんじゃないのか? 自分で思っているより、リックにはリックらしいところが沢山あると思う」
「なんだよそれ」
リックは苦笑いして首を横に振った。
「やっぱり英雄オタクじゃアテになんないぜ」
「悪かったな」
「で、何の話だったっけ?」
「お前なぁ……だからゲラルツの―」
その時だった。通信画面に着信が入り、カザトはコンソールに手を伸ばした。スイッチを入れて映し出されたのは、切迫した少女の顔だった。
「エリイ、サムクロフトさん?」
『カザトさんでしたっけ!? すいません、すぐ来てもらえませんか?』
「どうしたんです?」
青ざめたエリイの顔に、悪い予感が募っていく。
『あの
全て聴く前にリックが機体から飛び降りた。
カザトも慌てながらその後に続いた。
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