第24話 ヒルシュ軍港陥落
大陸歴2718年10月15日午後6時。
ウィレ・ティルヴィア陸軍はヒルシュ軍港へ侵攻した。陸軍第一軍のラインアット・アーミーを初めとする機動部隊は、フォール岬方面から怒涛の勢いで進撃し、ついにモルト軍の南方前線の中枢に位置するヒルシュ軍港へと突入した。
軍港東方面から進撃するラインアット隊は、すでに黒煙たなびく軍港へと進撃したものの、戦闘はほとんど終結しかけていた。
「モルト軍は、撤退したようだな」
「そんな。本部をあっさり捨てて逃げたっていうんですか?」
カザトの問いに対して、ジストは火のついていない煙草をくわえたまま頷いた。
「いや、理にかなってる。お前も言ったろ、"勝ち目なんてない"ってな」
仕事がないと踏み、一息つくために煙草の火を着けにかかったジストに代わり、ファリアが溜息交じりに呟いた。
「戦力差を理解した上で撤退を決断したなら、そちらの方が厄介ね」
「敵は、どこへ逃げたんでしょう?」
「こちらが当たっていないということは北か西でしょうね」
「西じゃないか?」
リックが会話に加わった。彼もチューブに入った戦闘糧食をくわえながら一息ついている。周囲の砲声は減ってきている。夜には戦闘が終息するはずだ。
「どうしてそう思うんだ?」
「北にはこっちの戦力がわんさかいるんだ。無理して北を突破するより、西へ逃げるだろ」
「……くだらねえ」
やり取りを聴いていたゲラルツが吐き捨てた。
「弱ぇから逃げたんだ。そんな連中がどこへ行こうが、知ったことじゃねえ」
「ゲラルツ……」
「気に入らねぇ、気に入らねぇ、気に入らねぇ」
苛立たし気にゲラルツが呟く。コクピットを内側から蹴る音が何度も響いた。
「敵の大将はモルト最強の軍人一家だろ? そいつが戦わずに逃げた? 気に入らねぇ」
ジストはしげしげと紫煙を吹かせた。
「とにかく今日はこれでお開きだな。仕事は果たしたんだ。一息―」
そこで、通信が鳴った。「嫌な予感がしやがる」と苦い表情でジストが呟いた。
『アーヴィン! なに油売ってんだい。すぐ北へ向かいな!』
「ポーピンズのバ……中佐。何かあったのか?」
『ヒルシュのモルト軍部隊が陸軍の第52機甲師団と交戦中だ』
「奴ら、敵中突破にかかったのか?」
『そうだ。連中はハラウィールから中央突破し、北に抜けるつもりだ。まったくイカれてやがる』
ジストは煙草のフィルターを噛み潰した。
「了解だ。遊撃の仕事はきっちり果たす」
『そうしとくれ。それと―』
「なんだ?」
「お前、今アタシのこと何て言おうとしたんだい?」とポーピンズは言った。
「ポーピンズのババアって言おうとしたよな」とリックが呟いた。
カザトは、その時のポーピンズの表情と次いで出た言葉をしばらくは忘却できそうになかった。
結論から言えば、ラインアット隊はその日の夜のうちにモルト軍南部守備隊に追いつけず、ハラウィール南部で夜営となった。彼らが到着した折、すでにモルト軍は二十倍もの規模を持つ第52機甲師団を突破していたのである。
「アーヴィン、ロックウェルのガキンチョ、降りてきな!!」
『断る』
『何でオレまで巻き込むんだよ!?』
駐機場ではアン・ポーピンズがアーミーの足元をうろついている。「ババア」呼ばわりしようとしたジストと、暴露する形であれ「ババア」呼ばわりしたリックを締め上げるためだ。
―下の毛を全部むしり取って、モミアゲと眉毛をそり落としてやる
男としてこれほど御免被りたい制裁はない。
面倒に巻き込まれないよう、歩き出そうとした時。脇に駐機したラインアット・アーミーのコクピットから翳が差した。
「っ!?」
カァン、という高く、それでいて鈍い音がして地面から何かが跳ね返る。
「……ヘルメット?」
カザトは頭上を仰いだ。アーミーの脚部から、誰かが滑り降りてくる。
「ゲラルツ……!」
地面に着くなり、ゲラルツは上体をゆらりと起こしてカザトを睨みつけた。
「ンだよ、邪魔くせぇ」
「そうじゃない。危ないだろ。俺ならまだしも、下に誰かいたら―」
「当たる方が悪ぃンだろうが」
「ゲラルツ」と、カザトは彼の肩を掴んだ。
「たまには一緒に夕飯でも食べないか?」
「ンだと?」
「今日の戦い、お前の力がなければ勝てなかった。お前と―」
言いかけたカザトが前へとつんのめった。ゲラルツに肩を振り払われたのだ。片手を地面につき、片膝を立てて目の前にいる"仲間"を見上げる。その"仲間"はまるで""ゴミ"を見るような目でこちらを見ていた。
「うぜぇんだよ」
「ゲラルツ……」
「俺はテメェの力なんぞ借りなくても強ぇんだよ」
立ち上がり、歩み寄ろうとするカザトに対してゲラルツは背を向けた。そこにある異常なまでの拒絶感に対して、カザトは立ち竦んでしまう。これほどの拒絶を、今まで生きてきた中で受けたことなどなかったからだ。
「気安く近づいてみろ。テメェもモルト同様にぶっ殺してやる」
「ゲラルツ!」
カザトは呼び止めようとした。
だが、ゲラルツは振り返ることも、足を止めることもなかった。
「ゲラルツ……」
その背中を見送る。既に日は暮れて、辺りは夜闇に包まれようとしていた。
「カザト君」
カザトが背後から掛けられた声に振り向いた。そこに色素の薄い金髪を後ろに束ねた女性士官が立っている。
「ファリアさん」
ヘルメットを小脇に抱えたまま、ファリアは静かに微笑んだ。
「夕食なら、私が付き合うわ」
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