第24話 俺を撃て!!


 ウィレ軍はモルト軍の総攻撃を前に次々と撃ち破られていく。モルト軍に属するキルギバートもまた西大陸での最後の戦闘に身を投じている。肉体と精神を蝕む疲労は限界に達していたが、それでも眠ることは許されなかった。


『少尉、少尉! 海です。戻ってきました』


 クロスが興奮気味に告げ、ブラッドが快哉を叫んだ。彼らモルト軍機動部隊はついに帰ってきた。


「ウィレ軍の抵抗火点を破壊する。一つも残すな」


 殲滅の命令を受けた以上、ウィレ軍の兵士に情けをかけることは許されない。暗視装置を通して映し出される殺戮に対して心は最早麻痺していた。


 自分が生み出した破壊と死であっても、キルギバートは昼間感じたような恐怖や吐き気を感じなくなっていた。先に引き金を引き、相手の息の根を止める。モルト軍の兵士として、一人でも多くのウィレ軍兵士を黄泉路へ送る。キルギバートだけではない。クロスも、ブラッドもそうであったし、ゲオルク・ラシンもまた先頭に立って実行した。義務を放棄したものはいなかった。


『戦艦が、敵の戦艦が遠ざかってます!』

『主力艦も距離を離しているみたいだな』


 クロスとブラッドの言葉に、キルギバートは海岸線を凝視した。瞬間、暗闇の向こうからチカチカと何かが瞬き、光弾が空へと打ち上げられた。


「敵艦隊より発砲を確認。艦砲、ミサイル斉射、来るぞ!」

『こんなところにいたら吹き飛ばされちまうぞ。どうする!』


 周りのグラスレーヴェン部隊が次々と後退していく中、キルギバートはフットペダルを踏み込んで機をさらに前進させた。


『隊長!?』

「浜辺に降りる、続け!」


 キルギバートは賭けに出た。ウィレ・ティルヴィア軍の将兵は今もな海岸線ぎりぎりで粘っている。ウィレ海軍がそれを把握しているならば、ならば、その地点まで肉薄すれば敵の砲撃は当たらないはずだ。


『歩兵の重火器が狙っています!』


 ウィレ・ティルヴィア陸軍の砲列が目の前に迫り、キルギバートは息を飲み込んだ。もしも自分がデューク隊長であれば、こんな時どうするだろうか―。


「構うな、突き崩せ! 俺たちで味方を浜辺に引き入れるんだ!」

―こうするはずだ。己の決断に対して隊長が臆したことはなかった。


 キルギバート機に次いで、クロス機、ブラッド機が跳躍する。地響きを立て、砂を噴き上げてグラスレーヴェンが着地した瞬間、背後で猛烈な爆炎が巻き起こった。夜だと言うのに、爆発の衝撃波が地上から半円を描き、空気を押し潰す様子が海岸からでもよくわかった。


「進め!」

『敵が撃って来ます!』クロスが喚いた。

「そんなもの、朝からずっとだ!」


 キルギバートは叫びながらディーゼのトリガーを引き続ける。コクピットに異様な音が鳴り響いたのはその折だった。ディーゼの砲身が限界を迎えていた。舌打ちし、機体の片膝を立てるようにしゃがみ込み、砲身を冷却するために砂浜へと突き立てる。海水と血が蒸発し、水蒸気が濛々と吹き上がった。火器が使えないとみたウィレ兵がキルギバート機へと殺到する。


「一歩も下がるな! ここで終わらせて帰るんだ!」


 機体の装甲を銃弾が雨のように叩き、火花を散らせた。砂浜に擱座している上陸艇をキルギバート機が掴み、盾のように掲げる。迫撃砲の榴弾が直撃し、至近で爆発してもキルギバートは退かなかった。肩口に装備された機銃で群がる歩兵と無人機を薙ぎ倒し、冷却の終わったディーゼを再び砂浜から抜き取って次々に敵を鉄の残骸に変えていく。


 キルギバートは機体を振り返らせた。夜の闇の中に幾つもの緑や赤の光―グラスレーヴェンのカメラアイ―が光虫の群れのように近づいてくる。


「よし、後続の部隊が到着―」息を吹き返すように呟いた刹那、キルギバートの背中を巨大な鉄槌で殴られたような衝撃が走った。


 コクピットの計器が瞬時に赤く染まった。被害を確認しようとキルギバートが腕を前へと伸ばしたとき、彼は機体が横転していると初めて知った。


「―撃墜された?」呆然と呟いた言葉が恐ろしいほど悠長に聞こえた。肯定するようにコクピットの電源が落ち、暗闇の中にキルギバートは突き落とされた。


「クロス、ブラッド、どうなってる?」グラスレーヴェンの通信機能が既に"死んで"いるので、キルギバートはヘルメットの側面を叩くようにしてパイロットスーツに仕込まれた通信機能を作動させた。

『少尉! 敵兵と無人機が機体の表面に群がってます!』

「……なんだと?」


 横転したまま動かないグラスレーヴェン。そして殺到する敵兵が装甲を踏み荒らし、叩くような音がコクピットへと這い寄って来る。全ての血が爪先へと下がっていくような倦怠感にも似たショックがキルギバートを座席に縫い付ける。この衝撃は、殺意だ。覚悟し、座席横に格納してあるブラスターを抜きながらクロスとブラッドに告げる。


「クロス、ブラッド、俺ごと撃て」

『何言ってんですか!?』ブラッドの声が裏返った。

『グラスレーヴェン2機で射撃を加えたら―!』


 クロスも同じように反駁したが、キルギバートは既にブラスターの安全装置を解除し、肚を括っていた。


「いいから撃て! 機体はもう動かない。このまま留まっていたら殺される。助かったら、機体を放棄して脱出し、こいつを自爆させる」


 クロスとブラッドが沈黙する。次に海軍の砲撃がないとも限らない。その場合、動かないグラスレーヴェンは格好の的になるだろう。

 彼らは兵士として危険を取り除き、問題を素早く解決する必要がある。感情は捨てねばならない。


「大丈夫だ。俺はグラスレーヴェンと、お前たちを信じる」


 さらに座席の横を手で探り、合成皮革の鞘に包まれた大小の鉈剣を抜き取って両腰にぶら下げる。これ以上、話している暇はない。


「撃て! クロス、ブラッド、俺を撃て!」


 数秒、僅かな沈黙があった。外の足音が止み、そして声が響いた。シュトラウス語だ。


<ハッチを開けろ!!>

「頼む、撃て、撃ってくれ!」


 さらに数秒の後、彼らがハッチの開閉レバーが収まっている装甲カバーを強引にこじ開けようと鋼鈑を叩く音が聞こえた。


 その直後、待ち焦がれていた衝撃がキルギバートを襲った。身体が四散しそうな衝撃が襲い掛かった。


 キルギバートは目を閉じる。


 戦友に撃たれている。それなのに、これほどうれしいのは何故なのだろう。


 外の悲鳴、そして殴りつける砲撃音の中で、彼は意識を失った。

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