第31話 怪物-ラインアット・アーミー-


 ノストハウザンが燃えている。空を覆う赤い光が、電気が遮断された街並みを深紅に照らし出している。


「何が、起きたんだ……」


 キルギバートはコクピットの中で目を覚ました。少しして、自分と機体が仰向けに倒れていることに気付いた。


「大佐、クロス、ブラッド、カウス―!」


 戦友の顔が真っ先に脳裏に浮かんだ。機体を復旧させる。四肢は無事で、機体の各所に小さな損傷はあるが、電気系統も健在だ。


 機を、立たせる。


「皆、どこにいる!?」


 カメラが復旧し、息を飲んだ。ノストハウザンの街並みは、見渡す限り火の海になっている。グラスレーヴェンの多くが瓦礫に埋まり、あるいは爆風によって吹き飛ばされ、ビルに突き刺さっていた。


「なん、なんだ、これは―」


 足元で瓦礫が動いた。反射的にディーゼを向ける。


『た、たい、大尉―!』


 瓦礫からクロス機の上半身が、がばりと起き上がった。


「無事だったかクロス! ブラッドは?」

『……生ーきてる、ぞぉ……』


 ブラッド機は遥か後方で、ビルに背中からめり込んでいる。


「カウス、カウスは?」

『そこに!』クロス機が指で指示した。瓦礫に下半身が埋まり、頭部は爆風を受けて頭頂と頭蓋に当たる部分が吹き飛んでいた。 

「カウス!!」

『大尉!?』


 クロスの制止も聞こえず、キルギバートは思わずコクピットから飛び出した。そのまま着地し、瓦礫の山を登って行く。


 何かを踏みつけた。モルト軍の装甲服に包まれた兵士の腕が瓦礫から植物のように伸びていた。指先が燃えている。あの海岸を思い出し、喘ぎ、慄いたがそれでもカウス機のコクピットへと辿り着く。強制開放用のレバーを引き出し、コクピットハッチを開く。


 炎によってコクピットが照らし出される。内部に損傷はなく、カウスはシート上からはみ出すように倒れていた。


「カウス!」


 顔面が血で染まっている。出血が夥しいが、頭部に欠損はない。恐らくぶつけて失神しているのだろう。


「聴こえるか、カウス! 目を覚ませ!」


 キルギバートはカウスを引っ張り起して頬を引っ叩いた。衛生兵がいたらどやしつけられていただろう。


 やがて、カウスの眼が開いた。


「気付いたか、カウス」

「あ、あ、あぁ!」

「カウス!?」


 カウスの顔が恐怖に引きつった。


「うわあああぁっ! 火、火があぁっ!?」


 キルギバートは凍り付いた。戦闘時恐慌パニックに陥っている。しかも戦場のど真ん中で、だ。


「い、いや、やだ、もういやだぁ! 死ぬ、死んじゃう!! 助けて!!」

「カウス!!」


 キルギバートはその顔を力いっぱい引っ叩いた。声が止み、カウスが文字通り、鞭打たれたように硬直した。


「た……大尉……?」

「無事か、カウス」


 キルギバートは身体の力が抜けていくのを感じた。何も解決しておらず、何も状況はよくなっていないのに、何故か「もう大丈夫だな」などという言葉が口をついて出た。


「大尉……もう、もう、俺無理です……戦えません……」


 カウスが声を上げて泣きだした。その声は恐怖に耐えきれなくなった少年のそれだった。


「ああ、もういい。カウス」


 キルギバートはカウスの背中に腕を回して抱きしめた。頭を撫でてやりながら、諭すように「もういいんだ」と繰り返した。

 カウス機は大破した。もう戦える状態にない。


「カウス、いいか。よく聴いてくれ」


 キルギバートは身体を離して、カウスの両肩を持って言葉を継いだ。カウス機は最早戦えない事、そしてカウスを後送できる状況にないことを静かに告げた。


「カウス、お前はこの戦場を徒歩で離脱しろ。走って、走って、グレーデン閣下の元を目指せ。そして戦局を伝えてくれ」

「い、い、嫌です! 皆さんと一緒がいい。俺には無理です!」


 カウスの両肩をキルギバートは押さえつけ、揺さぶった。


「お前にしかできないんだ!」


 キルギバートはカウスの眼をまっすぐに見つめた。


「お前を外に出すまで、守ってやりたい。でも、それは無理だ。誰かグレーデン閣下への使者に立てたいと思う。でも、ここを離れられない。だからお前しかいないんだ。わかるな?」

『カウスさん、頼みます』

『頼む、カウス。行け!』


 やり取りを黙って聴いていたのだろう。クロスとブラッドも声をかける。ほとんど、哀願に近かった。


「でも、俺、俺みたいな新米じゃ役に―」

「できるさカウス。お前が、他の誰かがどう思おうが、俺たちはお前を信じる。行ってくれ、頼む」


 その背後で、銃声が響き始めた。爆発を地下でやり過ごしたウィレ兵が生き残ったモルト兵に射撃を始めたのだ。


 装甲板を銃弾が叩く。跳弾がキルギバートの足を掠めた。


「っ、ちぃ!?」

「大尉!」

「早く行け!!」


 カウスをコクピットから引きずり出し、瓦礫の山から蹴り落とす。


「頼んだカウス! こいつらは大丈夫だ!」

「大尉!」

「走れ! カウスッ!!」


 カウスは泣き声を上げて走り始めた。両手を振り回すように、一目散に東へと走り去っていく。


「よし、それでいい―」


 そのキルギバートの左腰に、ばすん、と弾丸が着弾した。


『大尉ッ!?』


 クロスが悲鳴に近い声を上げた。


「よせ、クロス、大声を、あげるな。カウスに、気付かれる……!」

『ん、の、野郎ッ!!』


 ブラッドが路地に躍り出たウィレ軍兵士たちにディーゼを浴びせた。人影は砕け、炎、そして灰となって消えた。

 キルギバートは左腰を押さえた。血が、腿と脛を伝って爪先まで濡らしている。痛みはあまりない。関節も動く。弾はどこかで止まっている。


 転がり落ちるようにカウス機のコクピットから脱出すると、キルギバートはそのまま足を引きずって自機へと戻り、コクピットハッチを閉めるスイッチに手をかけた。


 その隙間に、再び弾丸が飛び込んだ。弾はキルギバートの右こめかみをかすめた。


「ぐぁッ!?」


 血が噴き出した。コクピットの側壁と、手元のコンソールが夥しい血で濡れた。


 ハッチが閉まり、起動までのわずかな合間だった。


『ガウスト、直上!!』


 クロスの声が飛んだ。起動に間に合わない。カメラが生き返り、腕部連装砲を突き出したガウストアーミィがこちらをビルの上から見下ろしていた。


―やられる!?


 キルギバートは覚悟し、操縦桿を握る手に力を込めた。


 その瞬間、炎の向こうから白煙を引いた噴進弾がガウストアーミィの背中に突き刺さった。ビルから真っ逆さまに落ちたガウストアーミィは瓦礫の狭間で大爆発を起こして四散した。


『大尉、大丈夫か!』


 デュークの声だ。第一機動戦隊のグラスレーヴェン数機が、キルギバート機と敵兵の間に割って入る。


「無事、です。助かりました」

『お前、怪我を?』


 デュークの声に、キルギバートは首を横に振った。


「……大丈夫です」

『見た限り、大丈夫じゃなさそうだがな』

「それでも戦わない限り、生きる道はないでしょう」

『その通りだ』


 キルギバートは目をしばたかせた。激痛で何度も気を失いそうになる。

 顔面を伝う血が目に入り、しみるように痛む。


『大尉、ここはどうやら地獄の釜だな』

「ただの賭博都市と思ってましたが……ここから脱出を―」


 その背後で、市街地の外縁を囲むビルが、爆発した。


『なんだ?』


 ビルの中ほどで一文字に爆発が連鎖し、やがてビルの上半分が横倒しに落ちてくる。東面、西面、南面、北面、全ての路地のビルが真っ二つになって降ってくる。

 何秒後かに、ビルが地面へと落下し、地響きを立て、濛々たる埃を噴き上げた。


 カウスの無事が気がかりだった。だが、今はそれどころではない。


『どうやら、簡単には逃れられそうにないな』

「ウィレ軍は我々を閉じ込めるつもり、ですか」

『議論の余地はない。多少危険だが、北へと突っ切る』

「北へ?」

『シレン・ラシン少佐率いるゲオルク・ラシン軍直属部隊が戦闘に入ったらしい。北部にはそれなりの戦力が生き残っていると言うことだ。そこに合流して郊外へ抜ける』

 

 デュークの言葉で議論は決した。合流した一機戦と二機戦は北へと抜ける大路地に機を向けた。


「!」


 キルギバートは機を止めた。大路地の先にあるカジノの向こうで、巨大な炎が揺らいでいる。あれが"爆心地"ということだろう。


『どうした、あんなものに目を取られるなよ』

「違います、大佐。あれ……あれは何だ」


 機を止めた理由は、もう一つあった。炎の中に何かの影が見える。デュークも、気付いた。


『クロスッ、窒素弾を撃ち込め!!』


 クロス機が無反動砲を構え、躊躇うことなくカジノへと引き金を引いた。白煙を引きずった弾頭がカジノに突き刺さり、そして全ての窓が割れ、閃光と共にビルが膨れ上がり、粉々に砕け散った。瓦礫の代わりに、何かが雨のように降り注いだ。賭博用のメダルが、黄金の雨を作っている。


 残った瓦礫と炎に向かって、グラスレーヴェンはさらにディーゼの弾を浴びせた。壁が吹き飛び、炎が弾け、音を立てて崩れていく。その中から、何かが弾かれるように飛び出した。


 炎を割って、それは現れた。


「なん、だ。こいつ!?」


 紅の鋼鉄に身を固めた甲殻類。数は五機。それらが、火器の様な物をこちらに向けた。


「来るぞ!」


 キルギバート達は、引鉄を引いた。


 ディーゼの砲口から吐き出された砲弾が、大路地を舐め上げ、引き裂いていく。弾幕は寸分たがわず、炎の中から現れた深紅の巨大な甲殻類兵器に突き刺さった。


「な、に!」


 キルギバートは言葉を失った。


 撃った弾のことごとくが、得体のしれない怪獣の深紅の装甲に弾かれていた。今までにこんな事はなかった。一発放てば、土煙と共に敵を屠った武器が効かない。必中の精度を持ち、必殺の威力で標的を貫く砲弾が、わけもなく弾かれているのだ。


『大尉、どうします……!』

「散らばるな。様子を見る。大佐―」

『正解だ、キルギバート。集団で当たるぞ』


 虫か、蟹か、小人のような鋼鉄の兵器が動き出した。銀白の重刀ヴェルティアを抜く。駄目だ、捉えられない。


「速い!?」


 5機のうち、2機が距離を詰めてくる。その腕が伸ばされる。背後から現れたのは、巨大な回転鋸バズソウだ。その刃が回転する。唸る駆動音が聴く者の心臓を縮めさせる。


「なんてもの、使ってる……!」


 キルギバートはヴェルティアで回転する刃を受け止めた。まず一合……とはならなかった。重刀は火花を散らせ、打ち合うことも叶わずに弾かれる。


「な、んだ、と!」

『キルギバート、避けろ!』


 デュークの鋭い声が飛んだ。紅い怪物は、なおも加速して突っ込んでくる。間一髪、垂直に跳躍してキルギバートは回避した。


「こいつ、間違いない」


 空中に躍り出したキルギバートの全身が粟立つ。訳の分からない震えが身体を襲う。


「こいつだ。ウィレ・ティルヴィア軍の新兵器!」

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