第32話 声は獄炎の中に消えた


「―初陣から大物だな」


 炎から、飛び出した5機の中央に位置していた紅い怪物のパイロット、ウィレ・ティルヴィア陸軍大尉、ジスト・アーヴィンは正対するグラスレーヴェン全機に睨みを利かせている。


「まさかだな。グレーデン師団の二隊だ。しかもこちらの位置を見抜いていたらしい」


 怪物の胸部にあるコクピットは、異様なものだった。鉄のように堅い印象を持つ内装の壁に様々なレーダーやセンサー類といった機器が埋め込まれている。中央にはパイロット用の座席があり、パイロットから見て正面の壁にモニターがある。およそシンプルにまとまっているグラスレーヴェンのコクピットに比べるとだいぶ混み入った感じになっている。


 これこそが、ウィレ軍の新兵器、ラインアット・アーミーのコクピットだった。


「各機、油断するな」


 ジストの声に、パイロットの一人が無邪気そうな声を上げた。


「へぇっ、こいつらびびらねえ……!」


 金色の髪をした少年が笑みを浮かべてグラスレーヴェンを凝視している。


「うるせえリック、黙れ」


 ひどく落ち着いた冷静な声が、そのコクピットに届く。

 金髪に茶色の目をした青年。ウィレ軍准尉のリック・ロックウェルはさらりと言い返した。


「おいゲラルツ、自分の心配をしたほうがいいぜ。こいつら、タダモンじゃない」


 言われた青年こと冷静な声の主。灰色髪と同じような瞳の色を持ち、精悍な顔をしたゲラルツ=ディー=ケイン准尉が顔に張り付いた前髪をかきあげた。


「俺はうるさい奴は嫌いだ」


 ゲラルツの声はよく通るが、それにも増してどこまでも低いものがある。青年らしい若々しい顔が、モニターに映る炎の橙色光で磨かれている。


「何度も聞いてる。それじゃぁ、行くぜ」


 ジストは若手二人の突進を呆れ気味に見送った。言って聴き分ける連中でないことは訓練の時からわかっている。だが、いざとなれば援護に入らなければならないだろう。


「あのクソガキども」


 ジストはぼやきつつ、手元の操縦桿を押し込んだ。機を前進させる。その正面に、片方の隊長機が立ち塞がった。バズソウを抜いて襲い掛かる。


「断ち切る」


 その斬撃を、敵隊長機は刃に触れぬように受け流し、素早く横へと受け流した。恐ろしく老練な動きだった。熟達したパイロットが乗っているのだろう。


「さて、どう来る?」


 もう片方の隊長機はヴェルティアを納めてディーゼを持ち直している。それを、先ほどの老練な方の隊長機が制し、脇へと移動させる。良い判断だ。


「カザト、ファリア。俺はこの機体に当たる。もう片方はお前たちに任せる。いいな」

「了解です! 引き受けます!」

「了解」


 ジスト隊の遊撃手を務めるカザト・カートバージが吼えるように答え、ファリアが短く受けた。


「頼むぞ」


 言い置くと、ジストは老練な指揮官機と、その直属らしき何機かを引き受ける。だが、それでも負ける気がしない。この兵器さえあれば―。


「カートバージ准尉。行きましょう。この"アーミー"ならやれるはず」


 ファリア機は長砲身の対機甲兵器用重火砲を構えた。砲撃、狙撃に特化した機体なのだろう。


「はい、フィアティス少尉。この"ラインアット・アーミー"ならいけます……!」


 カザト機がその両腕にバズソウを構え、さらに腕部から機関砲を引き出した。こちらは汎用型らしい。


「行きますッ!」

「ええ!」


 ウィレ・ティルヴィア軍正式機動兵器とグラスレーヴェン部隊。史上初の戦闘が始まった。



 ☆☆☆


『キルギバート、アイツは隊長機だ。俺と一機戦でちょこまかしてる奴らも可能な限り引き受ける! 2機は頼む』

「承知しました! 大佐、御武運を」

『お前もな』


 気付けば、このやりとりもこの日のうちに二回目だった。

 それほどの戦いなのだ、とキルギバートは覚悟を決めた。


「クロス、ブラッド―」

『はい大尉』

『なんすか?』

「生きて帰るぞ」


 ブラッドがけたたましい笑い声を上げた。


『この何時間かで無駄な男ぶりが上がったんじゃねえですか!』

「ああ。帰ったら、お前の頭を無駄口の数だけ引っ叩くのが楽しみでな」

『うげ、墓穴掘った』

『本当に入らないで下さいよ』


 僅かにキルギバートは表情を緩めた。そのまま、機を横転したカウス機のもとへ移動させ、背中からヴェルティアを抜き取った。


「カウス、もらうぞ」


 キルギバート機が再び、ヴェルティアを構えた。目の前に、重火砲を構えた機体と両腕に回転鋸を携えた機体が立ち塞がった。

 敵を得た。キルギバートの肚は決まった。


「参る!」


 キルギバート、クロス、ブラッド機が一斉に突撃する。


 ☆☆☆


 デューク機は、既に長時間にわたる戦闘で満身創痍だった。だが、彼の戦意は衰えない。


『良い動きだ! この戦争以来、はじめて良き敵を得た!!』


 きついモルト語でデュークは叫んだ。ジストと切り結べたのは、やはりデュークだけだった。


 彼らの攻撃、防御のパターンは奇しくもまったく同じだった。跳躍、加速から着地した瞬間。物陰、瓦礫を利用した遮蔽射撃。接近しようと距離を詰める瞬間を的確に狙った丁寧な攻撃は、互いに精密極まりない。しかし、どれも同じ行動の前に相殺されていく。


 互いに間合いを詰められないよう、牽制しながら攻撃の機を探る。


 刹那、デューク機のヴェルティアが閃いた。バズソウが回転し始める。だがその頃にはすでに、デュークの機は横飛びになって、ジストの死角を突いている。


「こいつ……」ジストは呻いた。


 このパイロットと戦うことは覚悟の上だが、無駄な時間などジストにはない。ラインアット・アーミーの戦闘稼働時間は書類上性能カタログスペックに過ぎない。加えて時間がかかるほど、敵に戦闘データをとられてしまう。


『ウィレのパイロット、聞こえるか。開放通信を繋げ』


 敵―デューク―の声に、ジストは応じた。


『―素晴らしい眼を持っているな。戦争以来、貴様のような良い敵にめぐりあったことがない』


 きついモルト語だ。だがモルト語であれば軍に長らく身を置く上の教養として、ジストも話すことはできた。


「そうか? 西では散々お前たちに痛めつけられたんだがな」

『その割りに落ち着いている! 手練れと見た。ウィレにまだこれほどの兵士がいたとはな。だがモルト軍の勇猛さはこんなものではない!』


 デューク機の背後から、彼の僚機が躍り出た。三方向からジスト機に襲い掛かる。


「ちぃっ!」


 1機目のヴェルティアによる斬撃を、ジストはその腕部の装甲を持って払いのけた。2機目のヴェルティアによる射撃は、左腕を突き出して応じた。


「プロンプト」 

『何!?』


 アーミーの腕部の中から、三連装の銃身が引き出された。それは回転しながら硬芯徹甲弾を次々に吐き出し、グラスレーヴェンを滅多打ちにした。3機目は右腕に持っていたバズソウを叩き込み、真っ二つに引き裂いた。


 二つの爆発が起き、グラスレーヴェン2機が瞬時に消滅する。


『サルト、バイムッ!』


 デュークが散った僚友の名を叫ぶ。だが、まだ1機が残っている。デュークもヴェルティアを振りかざし、ジストの正面、背後から斬りかかった。


『!?』


 僚機は、左右から現れた2機のアーミーーリック機、ゲラルツ機ーのバズソウによって切り裂かれた。


『まだだぁーッ!』

「くっ!!」


 両者は激突し、刃が一閃した。


 デュークのヴェルティアは僅かに届かなかった。ジスト機の腕部機関砲プロンプトと、バズソウがデューク機の右肩から左胴を深々と切り裂いていた。


 ごぶ、とデュークの口から鮮血が迸った。被弾による破片が鳩尾を貫いていた。

 デュークは深く息を吐き、目を閉じた。


―閣下、私の死に場所が、ついに定まりました。


☆☆☆


 ジストはグラスレーヴェンの胴体に食い込んだ回転鋸を振り抜いた。刃はあっさりとモルト最強の巨人のあばらを切り裂き、青白く光る推進材と燃料を血のように撒き散らした。


「降伏しろ」

<冗談、を……。だが残念だ。グラスレーヴェンはもうもつまい。君に敬意を表そう。同じ軍人として>


 瞬間、グラスレーヴェンの目に再び光が点った。獰猛なまでの深紅の眼光がジストを射抜く。


「何をっ……!」

<最後の道連れに、よき敵だ!!>


 衝撃にジストは自分の目を疑い、心の中で叫んだ。このグラスレーヴェンはまだ生きている。そしてそれはジスト機の懐に飛び込むや、両腕でアーミーをがっちりと抱え込んだ。


―組み付かれただと!


『オイ!?』

『何してんだよクソが!』


 リックとゲラルツがたじろいだ。グラスレーヴェンはジスト機の頭部に喰らいつくように張り付き、そのまま覆いかぶさっている。グラスレーヴェンの関節の節々から火花が上がり、機体の色が漆黒から灼熱の赤に輝き始めた。


<我、死に場所を―>


 デュークは満足気に叫んだ。


<―得たり!>


 デュークの顔から、見る間に生命の名残と呼べるものが抜け落ちていく。もはや彼は死兵と化した。その瞳の奥に数多の敵味方を冥府に送った火柱が轟々と燃え盛っている。


「貴様、死ぬ気か」


 ジストは叫んだ。


「今さらこんな行為になんの意味がある!」

<お前達には分かるまい! 私はこの地獄に、生きる意味と死すべき理由を見出した!!>

「それがモルト人だというのか!」

<閣下、お先に参ります。……キルギバートッ! 全てお前に託す!!>


 ブツッという切断音が唐突に鳴ると、グラスレーヴェンとの通信が消れた。グラスレーヴェンはもの言わぬ鉄の兵士となったが、敵の魂の絶叫が断末魔となり、衝撃とともにコクピットを揺さぶる。


 駄目か。彼は右手をヘルメットにかざした。


 その時だった。時が止まった。目の前の光景にある、すべての動作が静止しているのに、そのただ中でジストは生きていた。


「これは……」


 音が聴こえた。


―耳鳴り? いや違う、これは。


 声だ。何か歌のような響きを持つそれは、性別さえ定かでない。だが、ひたすらに美しい調べをもって響き続けた。


―何が―。


 静止した世界の中で、色が消えていく。光も色も取るに足らぬと思えるほど、何もかもが色を失っていく。


―何が起きている?


 ジストを置き去りにしたまま、世界の色が白と黒だけに抜けきった、その刹那。

 色のない世界に柔らかな虹色の光が差し込んだ。

 光は間違いなく、敵のグラスレーヴェンの心臓部付近コアから、急速に溢れ出したモノだった。

 光は爆心地に向かい、力強い風となって伸びてゆく。


 聴こえる。響く声とは別のーこれははっきりとわかるー男の声だ。


「敵の、声―」


 通信が途切れ、最早聴き取ること能わないはずの声が、光の向こうから響いた。


―馬鹿な。この男を救うだと? 俺の命も救うのか、俺の部下の命も?


―もしそうだとしても、この戦いは―。


―答えろ! まさかお前は―。


 閃光、爆発。


 全てが収まった時、そこにはジスト機と、ただ立ち尽くす僚友がいた。グラスレーヴェンは残骸の一つさえ残さずに消滅している。


『なんだ、今の!?』

『消えやがった……』


 ジストは声もなく、炎を伝うように空へと登っていった光を見送った。それは一直線に空の向こう、宇宙へと昇っていく


 自分が生きている、その実感が遅れてやって来る。それでも何故、あれほどの現象の中で生き延びられたのかが、わからない。


 ジストは耳をすませた。


「声が、まだ、聴こえる―」


 耳の中、遠くで響き続ける声。

 そして、ともに響いた敵の最期の言葉。


 それはジスト・アーヴィン大尉にとって生涯忘れぬであろう"何か"を残した。それが感情なのか、それとも多くの兵士が負う"傷"なのかもわからないでいたが。


<大佐……?>


 まだ終わっていなかった。モルト語のひび割れた声が開放されたままの通信から聴こえた。


<大佐……!>


振り向くと、路地の奥に片方の隊長機が銀色に輝く重刀を手に立ち尽くしている。


<デューク隊長!!>


 隊長機が吼える。その機体に、ジストは眼を見開いた。先ほど爆散した機体と同じように、機体の関節部が、開放部が僅かに光を帯びている。

 その色は、血のように赤かった。


<やっ、たな……!! き、さま!!>


 漆黒の機体が、炎を浴び、紅蓮に染め上げられていく。


<貴様あッ!>


 雄叫びを挙げ、隊長機キルギバートがジスト機に襲い掛かる。


 遠くで響いていた歌声が、途切れた。

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