第6話 混沌のモルトランツ

 同刻。モルトランツ。


「――たった今、連絡があった。1200時発射のシャトルにシュレーダーが乗り込み、機は奪取された。シャトルにはリンディ上等兵が乗っている」


 キルギバートは、司令部のグレーデンからもたらされた報に表情を曇らせた。


「やはりカウスは……。閣下、すぐに我々を宇宙に上げてください。シュレーダーを追います!」

「手は打ってある。第五十六擲弾兵団をシャトルに潜り込ませた。隊長は君と戦ったフォーゼンの上官にあたり、名うての歩兵屋だ。彼らであれば温室育ちの親衛隊に引けは取るまい」

「擲弾兵団の指揮官は?」

「リタ・ベイトワースという大尉だ。君と同じように西大陸で孤軍奮闘し続けた者のひとりだよ。軍内では"戦争狂"と呼ばれている」

「戦争狂……」


 おかしな話だ。剛毅で知られ、すでに多くの戦争に慣れ親しんだモルト人にとって戦というものは既に"どうというものではない"はずだ。戦闘民族のモルト人に今更戦争狂とは大した渾名だ。

 しかし、キルギバートは慄然とした。その男が、そう呼ばれるに足る何かを持っていることを、その一言で悟ったからだ。



 リタ・ベイトワースという男は、恐らくカウス・リンディが人生で出会った軍人の中で最も奇異な人間だった。


「はは、ははははは」


 銃弾の雨霰の中で糸切歯を見せて哄笑するリタの背後で、カウスは頭を押さえたまま屈みこんでいた。リタは同じモルト人同士の戦闘に躊躇なく踏み込んでいる。彼の部下たちも嬉々として銃を手に親衛隊員らを血祭りに挙げていた。


 宙を舞う無数の血の球の中でリタは嬉々として振り向いた。


「楽しいか上等兵。最高だな。国家元首の懐刀と言われる親衛隊と切り結ぶ機会など滅多に訪れないぞ。上等兵、命令だ。操縦室を押さえろ。シュレーダーのいる指令室は私がやる」


 今まさに銃弾が殺到する部署を指差し、リタが首を捻じ曲げた。

 その首筋をブラスターの光弾がかすめ、カウスのそばで跳ねた。


「ひぃっ! 殺されます、死んでしまいます!」

「なんだ、怖いのか上等兵? なら私がもっと恐ろしい目に合わせてやろう」


 軍帽の下にある凶相の目が、点のようになってカウスを睨み据えている。


「ひぃ、し、従います。従います!」


 カウスはこの日、シレン・ヴァンデ・ラシンを上回る恐怖を知ったのだった。


「よろしい。擲弾兵団、全員聴け」


 リタが手を振り上げた。発砲が止まり、兵士たちが隊長たるリタの顔を見た。この宇宙空間で宇宙服スーツも装甲服も着こまずに、小身短躯のモルト軍人は部下たちを睥睨して口を開いた。


「グレーデン閣下の命令はシャトルの制圧。裏切り者たちの拘禁だ。だが、私が君たちに伝えるべき命令はたった一つだ。――"殺せ。皆殺しにしろ"」


 その声は銃撃戦の弾雨の中ではっきりと響き渡った。


「モルトの軍法において、敵前逃亡は死刑。それを取る者が誰であろうと、その者はもはやモルト軍人ではない。それが国家元首閣下の覚えめでたき腹心殿であろうが、高貴な国家元首親衛隊であろうとも、この掟からは逃れられない」


 リタは息を吸った。兵士達が銃を構え、鉈を抜いた。

 カウスは歯をがちがちと噛み合わせて覚悟を決めた。


鏖殺おうさつしろ。殺せ」


 リタが吐き出した命令と共に戦闘が再開される。その中でカウスは操縦室へと向かう通路に飛び出した。兵士たちと共に銃を乱射し、泣き喚きながら吶喊した。


 そして操縦室は落ちた。



「シャトルの制圧は終わった。だが、シュレーダーを捕らえることはできなかった」

「どういうことです?」


 宇宙からの報告を受けたグレーデンにキルギバートが問うた。


「奴はシャトルが制圧される直前に機外へ逃げた。救命艇の制圧が遅れたのが祟ったらしい」

「愚かな。逃げ場など――」

「いや、ある。神の剣だ。あれは親衛隊の管轄にある。奴が逃げ込んだとなれば、まずいことになるだろう」


 青ざめるキルギバートに対して、グレーデンはその肩を掴んだ。


「キルギバート大尉、すぐに宇宙港へ向かってくれ。モルトランツの命運は、どうやら地上からだけでは決せないらしい」

「わかりました。すぐに――」


 その時だった。司令部に切迫した報告が響いた。


「敵主力動き出しました! ベルツ・オルソンの本隊です!」


 グレーデンは顎を引いた。


「動いたか。状況を報せよ」

「敵主力はモルトランツ北部から攻勢に出ます」

「狙いは宇宙港だな。シレン・ラシン大佐は動けそうか?」

「釘付けとなり、迎撃は困難」


 敵の主力が動くという事は――。


「――黒いアーミー部隊を確認! 数およそ三百!」

「多いな。……キルギバート大尉」


 キルギバートはその間にクロスとブラッドを呼び寄せている。


「わかっています。切り防ぎながら、宇宙港へ」

「頼む。宇宙で会おう」


 キルギバート達は作戦室から飛び出した。そのまま司令部を駆け抜け、側面にある格納庫へと走る。流れていく全ての景色が見納めとなるものばかりだった。食堂へと向かう大広間も、石造りのファサードも、全てが後ろへと流れていく。

 途中、大広間の石柱の陰にデュークがいたような気がした。あの頃はたくさんの戦友がいた。今では戦隊の戦友はもう三人しか残っていない。


「くそったれ、こうも名残惜しくなるとは思ってなかったぜ」


 ブラッドが鼻を啜った。


「全て見納めですねぇ。でも、またいつか」

「……ああ、そうだな。帰ってこられるといいな」


 後ろも見ずに駆け抜けた。

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