第7話 モルトランツ総攻撃


 モルトランツは陥落寸前の危機にあった。

 すでにモルトランツの北部及び東部の戦線は崩壊している。元より、無いに等しい防衛線をたった一個部隊で守り抜いていたようなものだ。崩壊してから後は、あまりにも呆気ないものだった。


 ウィレ・ティルヴィア軍の西大陸方面主力軍もとい、北方州軍司令官ベルツ・オルソン大将は司令部の革張りの豪奢な椅子から戦局を見守っている。そこへ、情報将校が甲高い声で告げた。


「モルトランツ北部市街地に第六十九機甲大隊が到達!」


 ほくそ笑むベルツの脇から、眼鏡をかけた参謀長が腰を折って耳打った。


「これで決まりでしょうな。後は押し込むのみです」

「抵抗中の敵部隊はどうなっている?」

「今だ健在。シレン・ヴァンデ・ラシンの隊が粘っているようですが――」

「包囲しろ。ここで禍根を断て」

「戦力を分散させることになりますが、よろしいのですな」

「その戦力が無限だからこそ、できるというものだ」


 ベルツは手を打ち合わせた。


「シェラーシカの小娘の目の前であの男を討ち取ってやる。惨たらしく殺せ。兄たちのように生きたまま細切れにしろ」

「了解しました。……アーレルスマイヤーの部隊はどのように?」

「言ったはずだ。モルトの害虫もろとも吹き飛ばせ。容赦なく弾道弾を撃ち込み、敵もろとも粉砕しろ」


 ベルツの目は充血していた。参謀長は承知している。すでにこの戦は主人の遺恨を晴らすためだけの私戦と化している。ベルツ・オルソンという男の主義信条を具現化するためだけの戦いだ。

 だが、彼に従う者達――この参謀総長も含めて――はそれで満足している。


 彼らはいかっていた。

 最初は自らに劣る宇宙移民が国を築き上げたことに。

 そしてその宇宙移民が故郷の大地を侵したことに。


 その怒りはやがて敵だけでないものにも向けられた。

 宇宙移民との融和政策を図った政府に。その象徴たるシュトラウスと名家シェラーシカに。

 参謀長も理屈では理解している。これ以上の戦闘より、モルトランツを明け渡す方が損害は少なく済む。最終的に上層部おかみが講和を行うとするならば、手段としてはうってつけだ。


 元のようにウィレの民は水の惑星に住まい、モルトは月の惑星に帰り、互いに相関することなく――。


 参謀長は呟いた。


「そのようなこと、させるものか」


 故郷を破壊した連中への報復はまだ済んでいない。


「そうだ参謀長」ベルツ・オルソンが和した。「皆殺しだ」


 復讐者の軍を束ねる男は立ち上がり、宣言した。


「ブラケラド・アーミーを出せ。モルトランツのモルト人は――」


 その刹那、オペレーターが叫ぶように告げた。


「モルトランツ中枢部に敵部隊を確認。グラスレーヴェンが三機発進!」


 ベルツは傾きつつある陽光の方を睨んだ。




 そして。

 キルギバートは機上の人となった。機数は三。いつもの面子だ。


「隊長、おい隊長」

「うるさいブラッド。……どうした」

「そうだ、クロスもよっく見とけよ。地上から見る恒星フロイムも見納めだぜ」

「あ、そっか。この青空と恒星の組み合わせも、しばらく見られないんですね」


 キルギバートは空を仰いだ。すでにモルトランツの頭上に輝く太陽は傾き始めている。もう数刻で空は暗く、藍色に染まるだろう。


「クロス、ブラッド」

「おう」

「はい隊長」

「すまん」


 面食らったように黙り込む二人に、キルギバートは頭を下げた。


「こんな遠くまで付き合わせた挙句、俺はお前たちを散々な目にしか合わせられなかった」


 ブラッドとクロスは通信で互いに顔を見合わせ、思いっきり苦笑いを浮かべた。


「なんだよ今更。言うのが半年とちょっと遅ぇんだよ」

「確かに。ノストハウザンのあたりで言ってほしかったですよね。でも無理か」

「言う機会を逃したわけじゃない。俺は本当に――」

「もういいよ。俺達はずっと一緒だろ?」

「生きるときも死ぬときも」

「約束は果たしやがれ。さて、そんじゃいきますか」

「いきましょう、大尉」


 キルギバートは何も応えなかった。代わりに息を吸い込んだ。


「おおおおおおおぉぉぉーッ!!!!」


 吼えた。グラスレーヴェンの咆哮が夕空にこだまし、モルトランツを震わせた。


「っ、しゃあーーーーーッ!!」

「おおーッ!!」


 ブラッドとクロスが呼応した。

 弾丸のように三機のグラスレーヴェンが飛び出し、夕空に舞った。


「来たな、キルギバート……!」


 その様子は市街地で絶望的な抗戦を続けるラシン隊にも確認できたらしい。シレン・ラシンは流石というべきか、ラインアット・アーミー部隊の攻撃を次々に捌きつつ、退いては押し返すという鮮やかな防衛戦を展開している。


「者ども、あと一息だ! 抜かるでないぞ!」


 応、の声が轟く。

 生き残ったラシン家の近習たちがグラスレーヴェンの腰に佩かせた長剣を抜き連れ、反撃に出ようとした刹那。けたたましい警報音が響いた。


『御屋形様、敵弾道弾、来ます!』

「おのれ、ベルツ・オルソンめ……! 市街地ごと我らを――」


 真昼の空に流星が煌めいた。

 それは音もなく建造物の乱立するモルトランツ市街地へと吸い込まれるや、方々で爆炎を吹き上げ、衝撃波の壁を四散させて破壊をもたらした。


 白い機体の頭上で、流星が煌めいた。


「ぐっ……!!」


 その爆炎は空中にあるキルギバートたちの目前で高く噴き上がった。


「これは……!」

「多弾頭型です! ウィレの攻撃部隊め、民間人ごとモルトランツを陥落させるつもりです」

「くそったれが、ここまでやるってのかよ……!」


 ブラッドが吼えた。クロスは覚悟を決め、キルギバートは剣を抜いた。


「――サミー……!!!」


 そうして、爆炎は濛々たる煙に変わり、その中から奴らがやってくる。


「隊長、来ました。黒いアーミーです……!」

「どこからだ!」

「あらゆる方向から、市街地へ雪崩れこんでいます」


 キルギバートは頷いた。


――間違いない。今までのウィレ軍の攻勢とはわけが違う。これは総攻撃だ。


「切り抜けるぞ。何としても、宇宙へ上がる!」


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