第28話 紅蓮の閃光

 同刻、ノストハウザンより西、12カンメル。

 ウィレ・ティルヴィア陸軍本営。第二作戦参謀部。


「作戦参謀!」

「何か?」

「ノストハウザン内敵軍全機、包囲完了。全部隊、目標に達しています」


 自分の発する言葉に驚くように、オペレータの男は情報を読み上げた。それから、己の主である作戦参謀部次官に向け、顔を上げた。


「承知しました。ですが、我々の役目はこれからです」


 長い亜麻色の髪を後ろでまとめ、白い参謀用の制服に袖を通したシェラーシカがそこにいた。確認すると、彼女は素早く次の行動を示した。組んだ両腕の右脇にボードが、その中には作戦指揮用の液晶端末が留められ、薄明かりの中で彼女を照らしていた。


「各部隊に発令。規定ルートへ臨戦態勢スタンバイ

「は。各部隊、5番街遊戯施設カジノ"エクルス"に着かせます」


 精鋭部隊を、地上において人質に取られた航空艦隊は、地上を狙うことができず、加えてウィレの戦闘機編隊にも戦闘行動を妨害されている。また、包囲した側のガウストアーミィも陸軍は十分に実戦を行う事ができず、結局性能は発揮できぬままだ。

 これでいい。モルト軍をノストハウザン郊外で消耗させ、作戦遂行を諦めさせてウォーレまで押し返す。衛星を奪われ、空からの眼を失ったモルト軍がシュトラウスに再度侵攻する力はない。


 すでに惑星ウィレ全土を戦場としたこの戦争で、モルト・アースヴィッツ軍の兵站も、戦線も、全てが手に負えなくなっている。


 ハッバート高地の戦いで、モルト軍が最も得意とする電撃戦に必要な突破力、攻撃力は削がれている。だからこそ、ここでモルト軍を押し返しさえすれば戦争は終わるのだ。ブロンヴィッツの描いた戦線図は内側から崩壊していく。


 ガウストアーミィの性能がグラスレーヴェンに劣っていることは承知済みだ。だが、グラスレーヴェンの長所を全て奪う局地に投入すればどうだろう。ガウストアーミィがグラスレーヴェンに勝てないにしても、歩兵がグラスレーヴェンに対し優位に立てないにしても―。


「―負けない戦いをするまでです」


 交戦規模を下げたまま、モルト軍を消耗させ、ウィレ軍の戦力を温存させる。両軍の刀は抜かれずして戦闘を終えた時、そこには戦力を温存したウィレ軍と尾羽打ち枯らして疲れ切ったモルト軍が残る。戦争の行方は論ずるまでもない。


 ノストハウザンという局地に、シェラーシカはこの戦争の命運を託した。果たして、彼女の策は成った。


「全部隊、臨戦態勢」

「アーレルスマイヤー司令官の作戦に則り、投入は5分後です。この投入をもって、モルト軍を―」


 刹那。


 その言葉を遮るように、窓もない作戦参謀部の一室に赤い光が飛び込んだ。


「なに―」


 次いで、バン、という巨大な炸裂音がしたかと思うと部屋全体が大きく揺れ始める。


「地震―!?」


 途端、参謀部の壁が大きく歪み、室内の全員が歪んだ壁とは反対側に吹き飛ばされた。電源がショートし、埃が濛々と立ち込める。付近で大規模な爆発が起きたと認識するまでに何秒かを要した。


 床にうつ伏せに倒れていたシェラーシカは両手をついて起き上がった。頬がぬるりとした。血が出ている。

 誰かがドアを叩いている。歪んでいて開かないのだ。


 それを蹴破って、ウィレ軍の士官が飛び込んだ。


「無事か!!」


 副官のアレンだった。彼はシェラーシカを本営の外へと連れ出した。朦朧としていた目の前の世界が赤く染まる。


 我に返ったシェラーシカの栗色の瞳が収縮した。


「なん、ですか、あれ……」


 遥か上空から、赤い光の柱がノストハウザンの市街地に突き刺さっていた。

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