第29話 反逆の元帥

 赤く、多大な熱を帯びた光の柱が空と大地を突き抜いた。その光は地上で反射するように跳ね返り、今度は空へと立ち上る。東大陸の空が深紅に染め上げられ、熱と炎がウィレ湖の水面を舐め、灰となって降り注ぐ。

 光は宙に舞い上がり、やがて大気と結びついて巨大な火柱へと姿を変えた。膨張した空気は爆風となって周囲を薙ぎ払った。やがて熱風に煽られた建造物が次々に発火し、膨れ上がり、爆発した。


「これ、は―」


 エルンスト・アクスマンは爆風で横転したウィレ軍主力戦車のハッチを押し上げ、地面へと転がり出た。大気が焼ける異様な臭気と、熱波室サウナに放り込まれたような熱風が肌を襲う。見上げた先では、まるで戦場を押し潰すような丁字の火柱が伸び上がっていた。


「核、兵器?」


 では、ない。光はまっすぐに夜空彼方―宇宙―から伸びている。


「モルト軍の新兵器―」


 アクスマンは立ち上がった。それから車内に取り残されている大勢の部下の救出に取りかかった。目前にはモルト兵がいる。だが、彼らも戦闘を忘れ、消えた僚友を呼び、泣き叫び、呆然と夜空を見上げていた。


「味方ごと吹き飛ばしたのか!」


 本営にあって惨劇を目にしたアーレルスマイヤーが、シェラーシカが、そして光の落着地点より僅かに逸れた場所で戦っていたグレーデンが。陣営を問わずほとんどの指揮官が時を同じくして驚愕の声を上げた。


「火力が高すぎたな」


 ただひとり、ブロンヴィッツだけが表情を崩さなかった。


「我が、元首……。我が元首……!」


 ベーリッヒ元帥が満面に脂汗を浮かべて呻いた。その呻き声はすぐに絶叫に変わった。


「将兵を殺したのですぞ!」


 背後で、扉が蹴破られた。


 元帥杖を手にしたゲオルク・ラシンは光の柱を見つめながら歩み寄った。


「我が元首。これが、我らが長年かけて作り上げた"神の剣"でありますか。このような事に使うための兵器だったのですか」


 ゲオルクの元帥杖が床に落ち、重たい物体が固い床を転がる歪な音が響いた。


「我が元首、この一射で、我らは我らの子たる兵を手にかけてしまったのですぞ」


 ブロンヴィッツはゲオルクに対して目を向けず、ただ無表情でノストハウザンを見つめている。

 やがて、口を開いた。


「必要な犠牲だ」


 ベーリッヒと、ゲオルクは雷に打たれたかのように硬直した。


「これで市街地周辺のウィレ軍は叩けた。士気も挫いた。市街地に入ったグラスレーヴェン部隊は幾らか健在であろう。押し出させよ」

「我が、元首―」

「必要ならば二射、三射、四射を撃ち込むまでだ。先よりも精度は上げられよう」


 「グローフス・ブロンヴィッツ」と声が上がった。ゲオルク・ラシンだった。


「貴様、正気か。これが、革命のさらなる未来になし得たかった行いか。この破壊でモルトとウィレの一統が成ると思っているのか」


 ゲオルクの顔にある表情は憤怒、ただ一色だった。彼は静かに歩き出した。ブロンヴィッツに向かって真っすぐに歩き始める。


「いかん!」


 ベーリッヒが立ちはだかった。肥満体を押し付けるように、ゲオルクの巨躯を全身で押し止める。


「離せい、ベーリッヒ」

「ならん!」


 ベーリッヒは踏みとどまった。自分がゲオルクを押し止めねば、彼はブロンヴィッツを殺すだろう。


「我が元帥よ、何をもって醜態を晒している。何を怖気づいている?」


 ベーリッヒの背後で、凍えるほどに冷たいブロンヴィッツの声が響いた。


「覇剣ならば今抜くより他にあるまい。我らはこの剣をもって、今こそウィレを下す。それだけであろう」

「ブロンヴィッツ!!」


 ゲオルク・ラシンが吼えた。


「我らはこの攻撃で、宇宙を敵に回すことになったぞ!」


 ブロンヴィッツは初めてゲオルク・ラシンに向き直った。満身で呼吸する巨躯の元帥に、ブロンヴィッツはたおやかな笑みを浮かべて頷いた。


「ゲオルク・ラシン、貴様を本国に送還する」


 その言葉を待っていたかのように、ブロンヴィッツの背後にある扉が開いた。シュレーダー率いる親衛隊の兵士たちがブロンヴィッツの周りを固め、そしてゲオルク・ラシンを取り囲んだ。


「動くな、裏切り者」シュレーダーが甲高い声で威圧した。

「シュレーダー、獅子身中の虫め」


 ゲオルク・ラシンは静かにベーリッヒから距離を取った。


「すまぬな、ベーリッヒ。これまでだ。革命に理想を見た我らの元首はいなかったのだ」


 シュレーダーが侮蔑一色に染まった笑い声を上げた。


「そう思うのは貴様だけだ。ゲオルク・ラシン。軍神の末裔の名に胡坐をかいた貴様の眼が曇っているだけのことだ。我らが祖国で謹慎し、今一度その眼を磨くことだ」

「シュレーダー、貴様に参謀総長は務まらぬ。この戦争はこれで宇宙を不要に巻き込む泥沼となった。この始末をつけられるものならつけて見せよ」

「去れ、裏切り者!」


 ゲオルク・ラシンは踵を返した。

 そして本営を去り、二度とノストハウザンの指揮に戻ることはなかった。


 呆気なく、モルト軍の指揮系統は瓦解した。

 

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