第25話 今度生まれてくる時は


 オルク・ラシンが全てを語り終えるまで、ライヴェは何も言わずに空盃を膝に置いて聴いていた。オルクは自身の命を糧にしてラシン家を生かすつもりだ。かつて嫡子であった自身が故国に忠義を誓って死ぬとなれば、父の冤罪を晴らすに十分だろう。どのような形であれ、この戦いの後のモルトにオルク・ラシンという人間の居場所はない。それを無視してでも帰国するならば、父祖が千年に渡り守り抜いてきた軍神ラシン家は絶える。


 元よりオルク・ラシンに生還するつもりはない。守将となったからには死守という任務を全うする。そうでなければゲオルク・ラシンから受けた薫陶そのものを、そして己の人生自体を否定することになる。


「私はむしろ誇らしいのだ、ライヴェ」


 オルクは結ぶように言った。


「最後まで任務を全うすることが、誇らしい。ようやく、父上に顔向けができる。不肖の息子がお返しできる忠孝としては出来過ぎかもしれないがな」

「……なるほどな」


 ライヴェは目の前に盃を置いた。

 それからおもむろに酒瓶を取り、兄と己の分を注ぎ始めた。


「明日の出撃、しんがりには俺も出るよ」

「ライヴェ、お前――」

「モルトに捧げる首が要るなら、一つじゃなくて二つの方がいいだろ」

「いかん! お前は生きよ。生きてシレンを導く務めがあろう!」

「確かに、と言いたいが。兄上、本当に己の首だけでラシン家が守れると思うか」


 オルクは動きを止め、ライヴェは頷いた。


「俺も兄上も、表向きには廃嫡の身だ。この場合、許されるだけの代償をとブロンヴィッツ元首が望むならば、それはシレンの首が適当だろう。でもそうしなかった」

「まさか」

「だろうな。元首は、未だラシン家の生殺与奪の権を握りたがっている」


 ライヴェは腕を組んで続けた。


「元首だけで物事を考えるべきでもない。今の上層部にとって、ラシン家は目の上のたんこぶだ。そういう連中に対する首切り斧を隠し持つつもりだろう」

「……一理あるな」

「元首というか、国家の指導者としては正しいと思うがね。力の均衡という点でラシン家はあまりに力を持ち過ぎた」


「出る杭は」そう言って、ライヴェは拳を持ち上げ。

「打たれる」オルクと共に膝を軽く打った。


 オルクは静かに微苦笑した。


「お前はそういう奴だったなライヴェ。政治に敏い。だからあちこちの飲み会に顔を出しに行ったんだろう。父上が苦労しないよう、ラシン家の"政治の目"となるべく」

「今更気付かれたって遅いけどな」


 冷えた鼻を指でこすりながらライヴェは照れた笑いを浮かべた。


「お前は抜け目がない男だ。喧嘩の時も、いつだって逃げ道を用意してた。だから私はいつも母上に叱られた。父上にも」

「弟の特権ってヤツでな。兄上には悪い事をしたと思ってる。もっとも、その特権もシレンが生まれた時に取り上げられちまったがな。とはいえシレンは兄弟喧嘩などあまりしないし、させなかった性質だったが」


 しっかり者だ、というオルクに対してライヴェは同意した。だからこそ、ラシン家の跡継ぎは彼でなくてはならない。直情に走り廃嫡された長兄と、軽慮に走って廃嫡された次兄であってはならない。


「お前とこうやって飲めてよかった」


 オルクは盃を持ち上げた。


「やっと人並みの兄として、こういうことができてよかった。シレンとこういう事ができないのは残念だが――」

「ああ、そうだな」


 オルクとライヴェは共に空を見上げた。


「シェラーシカ殿とシレン、いつか結ばれてくれればよいな」


 ライヴェの言葉に、オルクは静かに笑った。


「人の夢とは儚いものだ」

「だからこそ叶ってほしいと思わずにはいられん、そうだろ?」

「ああ、そうだな」


 ライヴェ、とオルクは呟くように言った。


「お前に問いたい。軍神の加護があり、次に生まれるその時はどうしたい」

「……そうだな」


 ライヴェも盃を持ち上げた。


「来世でも、喧嘩をする兄弟として、兄上やシレン、父上と会いたい」


 紡がれた言葉と、しばしの静寂の後。

 オルクは酒瓶を空いた手に持ち、盃を掲げた。


「つごう」

「ああ」


 涙はない。

 兄弟の姿をただ涙のように青い月だけが照らし出していた。


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