第27話 時は今日も続いていく

 大陸歴2719年1月1日。

 西大陸モルトランツの真の解放をもって、モルト軍全部隊の撤退が完了した。


 その後に触れたい。


 ウィレ・ティルヴィア政府は地上戦を終結に導いたアーレルスマイヤーを元帥に任命した。彼は惑星二人目の元帥として、「シェラーシカ・ユルの後継者」として、この惑星間戦争の最終局面を指揮することとなる。そして、その傍らには常に作戦参謀本部長のヤコフ・ドンプソン中将、その第一課長となったシェラーシカ・レーテ大佐の姿があった。


 そして。ウィレ・ティルヴィア軍の勝利に貢献したラインアット・アーミーの試験運用過程が終了する。地上戦を戦い抜いたラインアット・アーミーは、歴史を変えた傑作兵器として名を成した。


 そのアーミーと共に駆けた者たちにも触れたい。


 惑星を救った狙撃手――ファリア・フィアティス大尉――の名は、後世に残した。カザト・カートバージ少尉、リック・ロックウェル少尉、ゲラルツ=ディー=ケイン少尉も英雄である彼女と共に戦い抜いた英雄として知られるようになる。しかし、その後しばらくの間、惑星市民が彼らの活躍を耳にすることはなかった。

 ジスト・アーヴィン大尉は昇進を拒否した。

 アン・ポーピンズ中佐はこの地上戦の終結を見届けた後に退役する。


 モルトに目を向けたい。


 モルトランツの戦いを終結に導いたヨハネス・クラウス・グレーデンは宇宙へ上がった直後、モルト国親衛隊により拘禁される。罪状は、「国家元首命令への不服従」。だが、親衛隊を率いるアルベルト・シュレーダーもまた「敵前逃亡罪」で国軍機動軍の陸戦隊により拘束される。

 モルト・アースヴィッツに内乱の暗雲が迫った刹那。機動軍将校団がウィレ軌道上を占拠し、親衛隊の専横と背信を弾劾する事件が発生した。モルト軍人の"反逆"を指揮した数多の青年将校の中に、傷だらけとなりながら最も猛々しく振る舞った銀髪碧眼のグラスレーヴェン戦隊長の姿があった。

 モルト国軍を支える青年将校に呼応しブロンヴィッツの戦争指導に不服を持つ将兵までもが結束する事態を重く見たベーリッヒ元帥はグレーデンとシュレーダー両名の救出による「軍内和睦」をブロンヴィッツに説得。内乱寸前の事態を収めることに成功する。

 しかし、鉄の結束を誇ったモルト軍の姿は、最早そこにはなかった。宇宙での戦いを前にしてモルト軍の宇宙支配は急激に衰退していくこととなる。



   ☆☆☆


 大陸歴2719年2月10日。ウィレ・ティルヴィア西大陸モルトランツ。

 東大陸へ帰還する、数多くのウィレ・ティルヴィア将兵たち。その中の、ある二人の将校の会話だ。


「行くのか」

「ああ。あたしの役目は終わった」

「嘘つけ。オルソンの差し金だろ、こうなったのは」

「誰かが泥をひっ被る必要があんだ。くそったれな政治の犠牲がババアひとりのクビで収まるなら釣り銭だけで家が買える。お前こそよかったのかい。万年大尉を脱却するいい機会だったろうに」

「うるせえ。俺は、これからも大尉でいく。昇進なんかくそくらえだ」

「そうかい」

「これまでも、これからも、俺はずっと変わらねえ。変わるには歳を喰い過ぎた」

「あたしも、この仕事を長くやり過ぎたね。どうもいけないよ、情が沸くってのは」

「中佐、あんた――」

「笑いなよ、鬼の眼にも涙ってやつさ」

「いいや」


 軍帽を脱ぎ、ジスト・アーヴィンは生まれて初めての最敬礼を"魔女"と呼ばれた将校に捧げた。


「アンタの戦いは俺が繋ぐ。ガキどもの事は、任せろ」

「頼めるかね」

「ああ」


 天を仰いで帽子を被り直すジストを見ることなく、アンは作法に則った「回れ右」をして歩き出した。


「全てあんたに託した。頼んだよ、アーヴィン」


 その背中に、ジスト・アーヴィンは敬礼を送った。

 どこにでもある、帰還の前の別れの光景だった。


   ☆☆☆


 西大陸州都モルトランツ。その運河のほとりに、子どもたちの声が響いている。

 子どもたちの楽園を奪ったモルトランツの宇宙軍港は取り壊され、新たな宇宙港がウィレ・ティルヴィア政府によって建設中だ。市民たちを脅かすことのない、モルトランツ南部郊外に建てられ、三年後には落成することが決まっている。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、こっちこっちー!!」


 子どもたちがウィレ・ティルヴィア軍のヘルメットを抱えて走り回っている。

 それを追いかける青年たちがいた。


「へぇ、ひぃ、はぁ……! なんでオレッち達より足速いんだよ!」

「うるせえリック、黙って走れ」

「くっそー、負けないっスよ!!」


 追いつ追われつ、くたくたになるまで遊び回る青年兵たちのすぐ傍。ちょっとした生垣の近くに息を切らせながら座り込むひとりの青年がいた。


「はっ……はっ……はあーっ……!」

「カザト兄ちゃん、おっそーい!!」

「ごめん……て、なんで俺の名前を?」

「だって名札つけてるよ!」


 青年は胸元に手をやって、ふと笑顔を浮かべた。


「これは認識票……まあ、一緒だよな」

「ぼくの学校の名札よりずっとかっこいい! いいな、同じのだったらいいのに」


 青年は少年の頭に手をおいて、くしゃくしゃと撫でた。


「大きくなったら、ぼくももらえる?」


 青年はきょとんとした後、目を泳がせながら頬を掻いた。


「あー、もらおうと思えば。うん。でも、もらえない方がいいな」

「そっかぁ」


 カザトと少年は目の前の平和を眺めながら、地面に足を伸ばし、座り込んだ。


「君は大きくなったら何になりたいんだ? 夢とか、あるの?」

「ぼくね、英雄になりたいんだ! 正義の味方みたいな!」

「――そっか。特撮みたいなやつ?」

「ちがうよー! ずっといっしょにいたんだよ!」


 少年は立ち上がって腕を広げ、飛び跳ねた。


「とーってもつよいんだよ! それにかっこいいんだ! ぼくらを助けてくれたし、いっしょに遊んでくれたんだ!」

「へええ」

「ウチュウジンのおにいちゃん! 銀の髪で、あおい目で、すっごくかっこよかったんだよ!」


 瞬間、青年の息が止まった。

 我に返って、再び時が流れだした時。

 そこにはもう、少年の姿はなかった。


 友だちと遊ぶ声に、その子のものが交じった。


「ようカザト、だらしねえぞ」

「息切らせといて、よく言うッス」

「るせぇ、エリイ」


 駆け寄ってくる仲間が手を伸ばす。

 そのうちの一人の手を掴んで立ち上がりながら、青年は彼方を見た。


「あの子は?」


 一陣の風が運河を吹き抜けていく。青年は風の吹く先を振り返った。そこには、薄い白金色の髪を風になびかせた女性が笑みを浮かべて立っていた。傷だらけで、包帯に巻かれて、松葉杖に寄り掛かるようにして、それでもしっかりと立っていた。


「隣にいた子よね」


 明るい声音で、女性なかまは告げた。


「サミーって、いうのよ」


   ☆☆☆


 同じ日、モルト・アースヴィッツでは。


 漆黒の制服に身を包んだ将校が長い長い通路をゆく。

 廊下は白亜、居並ぶ扉は赤樫に金縁。皇帝の大宮殿もかくやという豪奢な建物の中に、軍靴の音が甲高く響いた。その行きどまりである奥で、将校が立ち止まる。扉の前に肥満した大柄な軍人が後ろ手を組んで仁王立ちしていた。


「首席元帥閣下」

「――国家元首閣下の信頼を得たな。少佐」

「信頼?」

「貴官の反逆は、国家元首にとって"諫言"と受け止められたようだ」

「私には、そんなつもりは」

「ならば、これがただの謁見だとでも思っているのか」


 低い声で、モルト国軍を束ねる者のひとりであるベス・フォン・ベーリッヒは告げた。


「今や貴官はモルト・アースヴィッツ軍将校から仰がれる存在だ」

「私が……」

「貴官は、英雄となったのだよ。ウルウェ・ウォルト・キルギバート少佐」


 立ち尽くす将校の肩をベーリッヒが掴んだ。恐ろしいほどに強い力で。


「もう後戻りはできんぞ。反逆してまでグレーデンを助けたのだ。君にもその責任をとってもらう」

「ならば、責任を果たし通すまでです」

「よかろう。ならばゆけ、"猛き獅子"よ」


 合図のように両開きの大扉が開き、青年将校は中へと飛び込んだ。

 そして、見た。

 僅かに暗い、大広間の奥にはかつて夢として仰ぎ見ていた男が立っている。白く輝くその男に対して、銀髪碧眼の青年将校は手を掲げて敬礼した。


国家元首万歳ディア・フェリーザスト! 万々歳フラー!」


   ☆☆☆



 大陸歴2719年2月14日。


 ウィレ・ティルヴィア政府は宇宙への進出を決定。

 戦争の行く末をモルト・アースヴィッツの武力制圧と定め、その舵を切った。

 

 宇宙移民による自由獲得の大義を掲げて始まった戦争は、ついに"宇宙戦争"として燃え広がろうとしている。



第六章 英雄少年と守護聖女 -地上戦最終章-





2023年5月10日改稿

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