第6話 赴く朝に

 カザト・カートバージが戦場へ旅立つ朝が来た。荷物を持って、朝靄と冷えた空気に包まれる戸外へと出る。冷えて白くなった息は靄の中へと消えていく。帰って来た時と変わらない。しばらくは、こうした朝が続くのだろう。

 何の変哲もない、そしてあっという間の休暇だった。何があるわけでもなく、家で家族と他愛もない話をして、ひとりで過ごした日々だったが、それで良い、いや、それが良いのだと思った。


 自分たちが戦う事で、少なくとも公都シュトラウスでは他愛のない日々が続いていくのだと思うと、どこかほっとする心地すらある。こうした日々を守るために戦う。それで良いのだと、カザトは思った。


「カザト!」


 父の声に振り向いた。そこには母の肩を抱いて、目を凝らして自分を見つめる父親がいた。その顔は、子どもの自分が今まで見たこともないくらい歪んでくしゃくしゃになっていた。

 母が気丈に頷いてみせた。


「カザト。あなたなら大丈夫と信じてる。だけど――」


 カザトは俯こうとした。目を合わせるのがつらかった。


「必ず帰ってきて」


 きっと目の前の家族は泣いている。思い知らされ、打ちのめされそうになる。戦場へ向かうという事はそういうことなのだ。今まで自分が最期を看取った何人もの兵士も、きっとこうやって見送られて戦場に旅立ったのだろう。

 そして帰って来なかった。自分もそうなるかもしれない。それでも。


「大丈夫だよ。母さん、父さん」


 カザトはもう一度だけ家族の下へ歩み寄った。玄関先で固く抱き合った。


「行ってきます」


 東大陸南方州都、海軍総司令部ノストフォーバッハ。


 休暇を取ったのはラインアット隊の長であるジスト・アーヴィンも例外ではない。しかし彼は誰よりも早く休暇を切り上げると、いつものごとく煙草を口にくわえ、兵営の外でズボンのポケットに両手を入れて突っ立っていた。

 呼集の日となり、昼過ぎには僚友たちが次々と帰ってきた。誰よりも早く帰ったのはカザトだった。次いでリックとゲラルツが連れ立って帰ってきた。エリイ・サムクロフトは一日早く帰隊し、すでにラインアット・アーミーの整備に入っていたので、残るはファリアだけだ。


「ファリアさんが、来ない?」

「ああ、そうだ」


 カザト・カートバージは兵営で目を丸く見開いていた。ジストは辛気臭いというか、面倒臭そうな表情を浮かべて煙草を噛んでいた。


「遅れるとか、そういうことですよね」

「いいや、ファリアは来ない。あいつには西大陸の作戦からは外れてもらう」

「そんな! この間まで一緒に戦ってきたのに!?」


 カザトの剣幕に釣られてやって来たリックとゲラルツも事情を察したようで、さらに離れた所ではエリイが工具を手にして心配そうにこちらを見ている。彼女はちょうど、ファリア機の整備を終えたばかりだった。


「なんでですか、隊長!?」

「……うるせえ。俺が知るか」


 目を横に逸らすジスト。だが、付き合いもそれなりに長くなってきたこともあり、隊長の態度を見たカザトは確信した。


「絶対知ってますね! 教えてもらいますよ!!」

「ああうるせぇ、めんどくせぇ。だから言いたくなかったんだ……」

「オレにも教えてくれよ!」


 リックもすかさず被さった。ゲラルツの方は腕を組んで無言だが、横目でジストを見ている。無関心というよりも、続きを促すような態度である。いつもと違う様子の彼らに対して、ジストは僅かにたじろいだ。


「教えてください……!」


 ついにはエリイまでやって来た。工具を片手に、ジストに詰め寄る。


「皆揃ってのラインアット隊のはずっス」


 ジストは煙草を口元から離し、腕を組んだままそろりと息を吐いた。煙が消えかかる頃になって、やっとジストは口を開いた。


「あいつの本当の家族が、けさ死んだ」




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