第301話 八月を突破せよ。

―――レイヤー8

 駅前の光景はさらにひどくなっている。


『……本当に別世界って感じだな』

【オレらにはもう関係なくなる世界だ。気にするな】

『グレン、体の方は大丈夫か?』

【あぁ、大丈夫だ。ヒカルの方こそどうなんだ? いつでもティアを受け取るぜ】

『俺も大丈夫だ。終わらせに行こう』


―――レイヤー9

 また一段と体への負荷が強まった気がする。


『……ここまで来ると……なかなかキツくなるな』

【へっ……。情けねぇ声を出すな】


 薄くなる酸素、強まる重力、異常な気温。味わったことのない感覚が俺たちを襲う。こういうときには意識をして呼吸をするんだ。目をつぶり息を吸う。体の中で肺が膨らむイメージをする。そして息を吐く。たったこれだけを繰り返すだけで落ち着くんだ。俺は再び目を開いた。


『……よし。グレン……?』


 グレンの様子がおかしい。フラフラして、誰もいない方向にしゃべりかけている。


『おい! グレン!』


 グレンはゆっくりと振り返った。


【ヒカル……そこにいるのか……?】

『あぁ、そうだ。グレン、もしかして……』

【バレちまったかな……。もうほとんど目が見えてねぇんだ】


 俺は声を出すことができなかった。


【あと1歩だったんだけどな……。デゼスプワールのヤツにぶっ飛ばされたのが効いてるかもな……。へへっ……】


 グレンは手探りで俺を探していた。その手を俺が掴んだ。


『グレン、俺はここにいるぞ!』

わりぃな……。あとは頼んだぜ】

『あぁ、任せろ』

神々谷院コウゴウヤイングレン、よくやってくれました。貴方あなたの言葉は、仲間を勇気づけてくれました〉

【褒めてくれてありがとよ、カミサマ……。ヒカル、このクソみたいな8月をぶっ壊してくれ】


 そういうとグレンは顔を横に向け咳き込んだ。大量の血がそこに広がった。俺が声をかける前に、グレンは言った。


【もうなにも言うな。耳も遠くなってやがる。とにかく、あとは頼む。8月を……8月を突破してくれ】


 俺は無言でうなずくと、粒子集中りゅうししゅうちゅうを始めた。グレンはピクリとも動かなくなっていた。


 轟音ごうおんが、段々と近づいてきていた。

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